がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
567)臨床試験の結果は信頼できるのか?
図:医師は医薬品を用いて患者を治療する(①)。医師は医薬品や治療法の情報を学術雑誌や学会から得ている(②)。製薬会社主催の説明会や講演会などからも医薬品の情報を得ているが、製薬企業は販売促進に有利な情報を与える傾向にある(③)。学術雑誌には広告の名目で多額の資金が製薬企業から入っている。医学雑誌の編集委員医師にも製薬会社から金銭が渡っている。学会も製薬企業の資金が入っており、製薬企業の思惑に沿った内容の論文やガイドラインが作成されることも多い(④)。医師(謝礼)や大学(研究費)にも製薬企業の資金は流入している(⑤)。製薬企業の販売促進費は研究開発費の2倍以上、あるいは売上高の20から30%という報告もある。製薬企業は利益追求のために販売促進を積極的に行っているので、大して効かない高額な抗がん剤が多く使われている。
567)臨床試験の結果は信頼できるのか?
【巨大製薬企業(Big Pharma)は連邦政府の最大の詐欺師】
ランダム化比較対照試験で有効性が示されていれば、その結果を信用するしかありません。しかし、それが真実と言えない場合もあることが指摘されています。
米国では、巨大製薬企業の犯罪行為が問題になっています。
以下は米国のPublic Citizen(パブリック・シチズン)のHealth Research Groupからの2010年12月16日の報告書です。
Rapidly Increasing Criminal and Civil Monetary Penalties Against the Pharmaceutical Industry: 1991 to 2010 (製薬産業に対する刑事罰および民事罰による罰金の急増:1991年から2010年)
Public Citizen(パブリック・シチズン)は、1960年代に企業の製造者責任を追及する消費者運動を主導した市民運動家のラルフ・ネーダー(Ralph Nader)が、公益を追求するロビー活動組織として1971年に設立した非営利団体です。
このPuvlic Citizenの1部門のHealth Research Group(健康調査グループ)は1972 年発足以後、偽医者、効果のない医療品、不必要な外科手術、食品添加物などの問題に取り組んでいます。このグループからの2010年12月の報告書です。以下はまとめの部分の日本語訳(抜粋)です。
まとめ:
米国の処方薬に対する支出は1990年の400億ドルから2008年には2,340億ドルに増加した。
この薬品コストが急激に増加した時期において、支出が増加した原因の一つは製薬企業の違法な活動によるものである。世界最大規模の2つの製薬企業のイーライ・リリーとファイザーとの最近の10億ドル規模の和解は、この不正行為が巨大な規模であることの証拠を提供している。
これらの違法かつ潜在的に危険な活動の全体的な規模、多様な性質、潜在的な影響については、これまで分析されていない。これらの問題に取り組むために、1991年から現在までの製薬会社に対する連邦および州の刑事訴訟および民事訴訟の動向を調べた。
主な所見:
- この20年間に165件の和解が認められ、総額で198億ドルの罰金が課された。これらの和解の73%(121件)、罰金の75%(148億ドル)は過去5年間(2006〜2010年)に発生した。
- グラクソ・スミスクライン、ファイザー、イーライ・リリー、シェリング・プラウの4社は、1990年から2010年の20年間に製薬会社に課されたすべての金銭的罰金の半分以上(53%あるいは105億ドル)を占めた。これらの主要な違反者は、世界最大規模の製薬企業であった。
- 防衛産業の詐欺を防止するために1863年に制定された虚偽請求取締法(False Claims Act)に基づく連邦政府の最大の違反業界は最近まで防衛産業であったが、最近は製薬業界が防衛産業を大きく上回っている。
- 虚偽請求取締法に基づく連邦政府に対する詐欺行為に対する支払総額において、製薬業界は防衛産業だけでなく、全ての産業のトップになっている。
- 医薬品の違法な適応外使用は、過去20年間に連邦政府が課した金銭的罰則の最大の原因になっている。このような行為は、患者の健康への重大な悪影響の可能性があるため、刑事犯罪として起訴される可能性がある。
- 州保健プログラムは主にメディケイドにおける詐欺に過度の罰金を課しており、この詐欺は州政府に対する最も一般的な違反行為であり、これらの行政によって課せられた罰金の最大の原因となっている。 このタイプの違反は、製薬会社と州との和解の件数が大幅に増加している主な要因になっている。
- 製薬会社の元従業員やその他の「内部通報者」は、最も重大な違反行為を暴くうえで重要な役割を担ってきた。このような告発は過去10年間における連邦政府と製薬企業の和解を開始する最大の理由であった。1991年から2000年までの間、内部告発のケースは政府が課した罰金額のわずか9%を占めるに過ぎなかったが、2001年から2010年にかけては罰金の総額の67%を占めた。
結論:過去20年間、特に過去10年間に、製薬企業と政府との和解の数とそれに伴う罰金の規模の両方が著しく増加している。これらの増加の理由は、製薬企業による違反の増加と、連邦政府および州政府の取り締まり強化の相乗的な結果によるものである。
公共の安全への危険と、これらの違反に伴う州および連邦政府の経済的損失に対して、政府はより堅固な対応を必要とする。
犯罪的行為によって得られた製薬企業の利益と比較して現在の罰金が比較的小さいことを考えると、罰金の増加と会社の経営者に対する適切な刑事訴追は、製薬業界の違法行為をより効果的に抑止することができるかもしれない。
以前は虚偽請求取締法(False Claims Act)の違反は防衛産業が最も多かったのですが、今や製薬会社がそれらを追い越していることが判明したという報告書です。「巨大製薬企業(Big Pharma)が連邦政府の最大の詐欺師である」ということです。
ファイザー社は2009年に違法なマーケティングのために23億ドルの罰金を支払っています
2012年7月にはグラクソ・スミスクラインは、抗うつ薬・パキシル(一般名:パロキセチン)、Wellbutrin(ブプロピオン)のオフラベル(適応外)での使用についてのプロモーション活動と、糖尿病治療薬・アバンディア(Avandia、ロシグリタゾン)での安全性データの隠ぺいを認め、米司法庁の求めに応じ、約30億ドルの和解金支払いに応じています。GSKに対するペナルティには医者へのキックバックや接待による買収や医学研究の操作も含まれていました。
自社の医薬品の販売を促進するために、臨床試験の結果を操作することも珍しくないと言われています。
【製薬企業がスポンサーの臨床試験は肯定的な結論を出す傾向にある】
治験や臨床試験において、医師あるいは製薬企業などが新薬承認申請などに自分たちの都合の良いように症例データを書き換えたりすることが以前から起こっています。
製薬企業がスポンサー(資金提供)の臨床試験は肯定的な結論を出す傾向にあることが報告されています。以下のような報告があります。
Industry-funded breast cancer trials show more positive results.(企業からの資金提供をうけた乳がんの臨床試験は肯定的な結果を出しやすい)Int J Health Serv. 2007;37(3):591-3.
【要旨】
乳がんの臨床研究の製薬業界スポンサーシップに関する新しい研究では、業界から資金提供された治療試験は、他の資金源によって支援された研究よりも良い結果を示す傾向が高いことが示された。 製薬会社が資金提供者である場合には、試験デザインにも大きな違いがある。
Pharmaceutical company funding and its consequences: a qualitative systematic review.(製薬企業の資金提供とその結果:定量的系統的レビュー)Contemp Clin Trials. 2008 Mar;29(2):109-13.
【要旨】
この論文では、臨床試験の結果と製薬企業の資金提供との関連に関する研究論文を系統的にレビューした。結果は明らかである:製薬会社のスポンサーシップ(資金提供)はスポンサーの利益に有利な結果と強く関連している。
「業界の資金援助による臨床試験はそのスポンサーに都合の良い結果を生む傾向が非常に高い」ということです。
以下の報告はコクラン・コラボレーション(The Cochrane Collaboration)によるレビューです。
Industry sponsorship and research outcome.(企業のスポンサーシップと研究の結果)Cochrane Database Syst Rev. 2017 Feb 16;2:MR000033. doi: 10.1002/14651858.MR000033.pub3.
【要旨の抜粋】
研究の背景:医師が医療を行う際に影響を及ぼす臨床研究は、医薬品や医療機器を製造している企業による資金提供が益々増加している。以前の系統的レビューでは、製薬産業が資金提供者(スポンサー)となった研究は、他のスポンサーシップの研究と比較して、資金提供企業の製品により好都合な結果を出す傾向が高いことが判明した。このレビューは、以前のCochraneレビューの更新版であり、スポンサーシップと研究成果の関連性に関する実証的研究を含んでいる。
目的:業界がスポンサーとなった医薬品と医療機器の研究が、他のスポンサーシップの研究と比較してより好ましい結果をもたらし、バイアス(偏り)のリスクが異なるかどうかを調査する。
調査方法:今回のアップデート(更新)では、MEDLINE(2010年〜2010年2月)、Embase(2010年〜2015年2月)、Cochrane Methodology Register(2015年、第2版)、Web of Science(2015年6月)を検索した。加えて、検索した論文中の引用文献リスト、以前の体系的レビュー、著者ファイルを検索した。
選択基準:業界からの資金提供による医薬品または医療機器の臨床研究と、他のスポンサーシップによる臨床研究とを定量的に比較した横断的研究、コホート研究、体系的レビューおよびメタアナリシスを選択した。言語制限は行わなかった。
データ収集と解析:2人の査定者が抄録をスクリーニングし、関連する論文を特定して解析に含めた。2人の査定者がデータを抽出し、追加の未発表データについては論文の著者に問い合わせた。
2人の査定者は、解析した論文の偏見のリスクを評価した。二分法データ(95%信頼区間を有する)に関するプールされたリスク比(RR)を計算した。
主な結果:このアップデートには27の新しい論文が含まれ、この系統的レビューには合計75の論文が含まれている。 企業以外の資金提供による臨床研究に比べて、企業がスポンサーになっている臨床研究では、有効性がより高く(RR:1.27(95%CI:1.17〜1.37))、有害性のデータも好ましいもので(RR:1.37(95%CI:0.64〜2.93))、より好意的な結論(RR:1.34(95%CI:1.19-1.51))であった。
スポンサーシップと結論の関連性において薬物と医療機器の研究の間に差は見られなかった。
業界が資金提供する臨床研究では、企業から支援されていない研究と比較して、結果と結論の一致がより少なかった(RR:0.83(95%CI:0.70-0.98))。
著者の結論:製造会社による薬物および医療機器の臨床研究のスポンサーシップ(資金提供)は、他の資金源によるスポンサーシップよりも、より好ましい有効性の結果および結論につながる。私たちの分析は、標準的な「バイアスのリスク」評価では説明できない業界バイアス(industry bias)が存在することを示唆している。
コクラン・コラボレーション (Cochrane Collaboration) というのは、治療や予防に関する医療技術を評価する世界各国の研究者が参加しているプロジェクトです。無作為化比較試験を中心に、世界中の臨床試験の結果を収集し、試験の質的評価を行い、統計学的に統合して、その結果を医療関係者や医療政策決定者、さらには消費者に届け、合理的な意思決定に供することを目的としています。
Cochrane Database of Systematic Reviewsと呼ばれるデータベースは、過去の多くの臨床試験などの論文からエビデンスレベルの高いものを集めて吟味する「システマティックレビュー」の手法を使い、その時点での最良の治療法のエビデンスを提示しています。つまり、Cochrane Database of Systematic Reviewsでの結論は、その時点での最も信頼性の高い情報と言えます。
つまり、この論文の「製薬企業が資金提供している臨床試験は、より好ましい有効性の結果および結論を出す傾向にある」という結論は、非常に信憑性の高い情報だと言えます。
【研究開発費よりマーケティングの費用の方が多い】
製薬会社は、「新薬の価格が高いのは、研究開発に莫大な費用がかかるからだ」と主張しています。販売促進に費やしている費用に関してはデータがほとんどありません。データがあっても、マーケティングの費用は少なく申告されていると言う指摘があります。
製薬会社は販売促進の費用をできるだけ少なく公表しようとしており、それは薬の販売促進に莫大な費用を使っていることが明らかになると非難されるからです。
しかし実際は、販売促進のための費用が研究開発の費用より多いことが報告されています。つまり、高額な新薬の代金には、製薬企業の莫大な宣伝費や販売促進費用が上乗せされているのです。
以下のような論文があります。
The Cost of Pushing Pills: A New Estimate of Pharmaceutical Promotion Expenditures in the United States(医薬品の販売促進のコスト:米国の医薬品販売促進費の新しい見積り)PLoS Med. 2008 Jan; 5(1): e1.
米国では、販売促進を目的にした説明会や講演会の数は1998年の120,000回から2004年の371,000回に増え、2000年には314,000回の販売促進のための講演会や会議で19億ドルが使われています。
この論文では、2004年の製薬企業の販売促進のための費用を推定しています。
米国国内売上高の2,354億ドルのうち、売上高の24.4%を販売促進、13.4%が研究開発で消費していると推定しています。他にもいくつか報告があり、売上げの20から30%くらいを販売促進に使っており、研究開発費よりも多いというのが結論です。販売促進費が売上高の30%以上という報告もあります。
この論文の結論は、製薬企業が販売促進に費やす費用は、研究開発費の2倍くらいと言っています。
製薬企業は研究開発費に多くを使っていると主張していますが、実際は販売促進の費用の方が多いのが事実のようです。
【臨床試験論文におけるデータ捏造とゴーストライターの存在】
新薬を開発するために、製薬企業は治験や臨床試験を医師や病院などに依頼しています。昔は、治験を担当する医師が、データを企業の都合のよいように捏造する見返りとして、製薬企業から多額の謝礼や研究費名目での寄付をもらったりすることが横行していました。
そこで、医薬品の臨床試験の信頼性を高めるため、厚生労働省は従前の「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP:Good Clinical Practice)」という通達を1997年4月から省令として改正施行し、法的拘束力をもつようになりました。
省令GCPでは、治験の質の確保、データの信頼性確保、記録の保存などについて基準を定め、違反した場合には、罰則が科せられるようになりました。しかし、製薬企業は利益を追求するためには法に違反することも厭わないようです。
臨床試験の結果を論文にまとめるときに製薬企業が関わると、その製薬会社に有利な結果を導く可能性があり、極めて問題です。しかし、論文作成において企業が様々な形で関わっていることは、この業界では常識です。
企業主導で作成された論文なのに、医師が書いた体裁となって販売促進の材料として使われ、医師がその薬の処方を増やし、患者にとって不利益になる場合もあります。
高血圧治療薬のディオバン(一般名:バルサルタン)の臨床試験にノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与し、データを改ざんして自社に有利な結論を導いたという事件がありました。
このように捏造したデータを元に医師に論文を発表させれば、客観的データを装ってその薬の販売を促進することができます。
論文そのものを社員が下書きする場合もあります。今年の7月15日の毎日新聞の報道に以下のような記事がありました。
医師名論文、社員下書き 「倫理指針違反も」 外部調査
(毎日新聞2017年7月15日 東京朝刊)
大手製薬会社のバイエル薬品(大阪市)の社員が、アンケートに答えた患者のカルテを無断で閲覧していた問題で、同社は14日、アンケートを基にした医師名の論文は社員が大部分を下書きしていたとする外部専門家の調査結果を公表した。医師が中心となるべき研究に社員が当初から深く関与し、研究計画書もなかったとして「国の疫学研究に関する倫理指針に違反する可能性が高い」と認めた。
問題となったのは、同社が2012年に発売した血栓症の治療薬「イグザレルト」を巡る患者アンケート。同社は宮崎県内の診療所に協力を依頼し、結果をまとめた論文も診療所の医師名で発表された。
外部専門家によると、宮崎営業所社員3人は、最大で298人分の患者情報を同意を得ずに閲覧し、データを転記・集計した。この行為は「個人情報保護法違反の可能性が高いが、本社の指示があったとは認められない」と結論付けた。
論文については作成の大部分に社員が関わり、その後の医師講演会などでの発表資料も社員が作っていた。調査した垰(たお)尚義弁護士は「直接の法律違反はないが、社会一般から見て信頼を裏切った。倫理的な非難は免れない」と指摘した。
ハイケ・プリンツ社長は「結果を真摯に受け止め、再発防止に取り組みたい」と謝罪。役員報酬を3カ月間10%自主返納する考えを示した。
臨床試験の結果をまとめた論文には厳密な科学性が要求され、その著者は開発企業からは独立した中立的な立場の研究者であることが必要です。
企業が主導した臨床試験には、企業関係者が大なり小なり、その論文化にも関わっていますが、それらの関係者の名前は伏せられ、「ゴーストライター」になっていると言われています。
以下のような論文があります。
Ghost and guest authors: you can't always trust who you read.(代筆著者と招待著者:あなたが読んだ論文の著者がいつも信用できるとは限らない)Pain Med. 2015 Mar;16(3):416-20. doi: 10.1111/pme.12579. Epub 2014 Oct 23.
【要旨】
臨床医と教育者は公開された医療情報に頼っている。彼らは、オリジナルな研究や解説的レビューや体系的なレビューは信頼でき、論文は記述された著者によって書かれていると信頼している。しかし、これは必ずしも正しくは無い。
ほとんどの雑誌は著者による利害対立の開示を求めている。しかし、この開示は代筆や名前だけの著者を明らかにできない、
代筆(ゴーストライター)や名前だけの著者(ゲストオーサー)の存在は、患者の治療に直接的または間接的な影響を及ぼすため、学問的興味以上の問題がある。
したがって、読者がこの問題を認識し、論文の著者が代筆や名前だけの著者であることもあるという指摘に注意しておくことが重要である。
このような違法行為を排除する立場を取ることが重要である。
産業界や大学や研究センターや専門医協会は、これらの違法行為を明白に非難しなければならない。
違法行為を調査し、必要に応じて違反を処罰するためのプロセスが必要である。
専門家の立場と倫理的な理由、さらに最も重要なことに、最良の患者ケアを実践するために、我々全ては努力しなければならない。
つまり、臨床試験の論文が大学の研究者や権威ある専門家が著者になっていても、代筆(ゴーストライター)や名前だけの著者(ゲストオーサー)である場合も、この業界ではかなりあるということです。
この論文が「違法行為を排除しなければならない」 と提言しているのは、論文の代筆が広く行われていることの医療関係者の危機感を示しています。それくらい、製薬企業による販売促進は巧妙になっています。
【製薬企業は都合の悪いデータを隠すことができる】
製薬企業は様々な手段を使って研究者を利用し、薬の販売促進に利用しています。一般的には患者を治療している臨床医がターゲットになりますが、基礎の研究者もターゲットになっています。製薬企業を医薬品開発に不都合なデータを隠すこともできます。以下のような総説があります。
How Basic Scientists Help the Pharmaceutical Industry Market Drugs(基礎科学者は医薬品の販売をどのように助けているのか)PLoS Biol. 2013 Nov; 11(11): e1001716.
【論文の日本語訳の抜粋】
研究者が特定の企業の活動に深く関与すると、研究者としての責任と、企業の研究に携わることによる個人の金銭的な利益とが衝突・相反する状態が必然的・不可避的に発生する。こうした状態をconflict of interest(利益相反、利害の衝突)と言う。
生物医学の領域における利益相反に関する論議は、産業界と医師または臨床研究者との関係に焦点を当てている。しかし、基礎科学の研究者も、研究や論文発表において産業界の影響を免れるものではなく、マーケティングメッセージの制作や普及において基礎科学研究者も産業界にとって重要なものになる可能性がある。
産業界への依存:
産業界は生物医学研究の最大の資金提供者であり、2007年に連邦政府(33%)の約2倍の研究費(58%)を払っている。 この資金の大半は臨床研究に使われている。 医薬品や医用機器産業の前臨床研究への支出は、1998年の約半分(55%)から2010年の4分の1(25%)に減少している。
2007年の3,080人の生命科学分野の学術研究者の調査によると、半数(53%)が業界とある種の関係を持っていることが分かった。 大学や公的研究機関の1,663人の研究教員のうち、42%の基礎科学者が業界との関係を持っていた。
NIH(アメリカ国立衛生研究所)から最も多くの研究資金を受けた50の大学では、2176人の生命科学研究者のうち43%が1990年代後半に研究に関連した理由での贈答を受けたと報告している。その贈答には、試薬や合成物質 (24%)、自由に使える資金(15%)、実験機器(11%)、学会参加時の旅費(11%)、学生の支援(9%)、その他(3%)などであった。
研究者は、贈り物の代わりに何かが期待されていることを知っていた。その贈り物が意図した目的のために使用され、論文や出版物でその成果が示される事をスポンサーは期待していた。
企業の資金提供が研究結果に影響する:
臨床研究では、企業の資金提供を受けていない研究者に比べて、企業の資金提供を受けている研究者は、スポンサーの製品の販売に有利な結果を公表する傾向がある。高品質で体系的なレビューを作成して出版することで有名なコクランコラボレーションは、スポンサーシップに基づいた薬物や医療機器の研究結果を比較した48の臨床研究、系統的レビュー、メタ解析を分析した。
この系統的レビューは、企業がスポンサーでない研究と比較して、企業がスポンサーの研究では、薬物または医療機器の好ましい有効性結果を報告し、有害性は低く報告し、その治療法が有益であると結論付ける傾向が高いことを明らにした。
試験デザインと結果報告のバイアス(偏り):
動物実験で治療薬の有効性が認められても、臨床研究で有効性が証明できないことはしばしば経験される。動物の種の違いが重要な原因となっているが、誤った実験デザイン、報告バイアス、分析バイアス、出版バイアスもまた重要である。
最近の神経性疾患治療薬の候補に関する160件のメタアナリシスに含まれる4,445件の動物実験の分析では、多くの研究(1,719件)が有効性を示す結果であったが、臨床試験で有効性が示されたのは約半数(919件)であった。
言い換えれば、企業によって研究支援されている基礎科学の研究者は、その企業に好意的な結果を出す傾向にあった。
選択的な出版:
都合の良いデータだけ学会発表や論文報告で公表することは企業の重要な戦略である。
抄録とポスター発表は、発表する前の審査されることはなく、発表の時点まで簡単に変更することができるので、このような抄録とポスターを使って、学会でマーケティングメッセージを伝えることができる。
ポスターと抄録は、前臨床試験、症例報告、または臨床試験の予備試験によく使用される。
予備的結果が有望であれば、その結果はポスターとして発表され、さらに論文で公表されるかもしれない。しかし、研究の最終結果が商業的目標を支持しない場合、その研究は公開されない可能性が高く、あるいは、インパクトファクターが低い誰も読まないような学術雑誌に発表されて、結果が広く公表されないかもしれない。 どちらの場合でも、最終的な臨床試験で効果が示されなかったことは知らせれないまま、研究者はポスター発表からの情報で、治療について肯定的な印象を持つ可能性がある。
会議の抄録とポスターの大部分は決して論文発表されることはない。 否定的な研究よりも肯定的な結果を示すポスターと抄録が公開される可能性がはるかに高い。
79件の報告をまとめた2007年のCochraneの体系的レビューでは、学会で発表された29,729件の抄録の半数以下(44%)が完全な研究論文として発表された。
スポンサーの薬の有効性を示す研究を選択的に発表することは、明らかな商業的利益をもたらす。製薬会社の元役員の話によると、
『マーケティング目標をサポートする特定の研究者を選択的に支援し、選択的な論文発表を促進するのは企業にとって有益です。』
研究者に研究の発表を強制させることはできない。 研究を書くには時間と労力が必要であり、特に、ネガティブ(否定的)な研究結果が肯定的な研究結果よりも影響が少ないと考えられる場合、研究者は否定的なデータを公表する意欲が低いかもしれない。
業界から資金を受けた研究のネガティブな結果が公表のために論文投稿される可能性が低いため、企業から資金提供された臨床試験全体が公表される可能性は低い。
546件の薬物臨床試験の分析によると、研究完了後2年間で、全て(32%)または部分的(39%)に企業から資金提供を受けた研究の約3分の1が出版された。 対照的に、政府が資金提供した臨床試験の半分(54%)、非営利団体/非政府団体から100%の資金提供を受けた臨床試験の56%が論文発表された。
基礎科学の研究に関しては情報は少ないが、懸念する理由はある。
著者らは、出版バイアスが、系統的レビューで報告された有効性の約3分の1を占めていると推定している。 言い換えれば、否定的な研究が発表されていないと、系統的レビューは、治療法が実際よりも有益であると誤って結論づける結果になる可能性がある。
研究者は、多くの正当な理由で論文を提出しないことがある。
特定の薬物が特定の集団において安全であるか有効であるかを決定することが目標である臨床研究とは対照的に、基礎科学の多くの目的は作用メカニズムを明らかにし、生物学的プロセスを解明することにある。
ネガティブな結果の完全な公表は、基礎科学の研究者によってあまり面白くないと見なされるかもしれない。
企業のスポンサーに利益になることが論文発表の意思決定に影響を与えるかどうかという問題は、倫理的に重要な意味を持つ。
資金提供の企業は、肯定的な研究を発表するための援助や励ましや賞賛を与える。
否定的な研究結果の発表を行うとき、資金提供の中止という暗黙の脅威を研究者が認識すると、論文を発表するインセンティブはほとんどないかもしれない。
基礎科学のマーケティイングへの使用:
前臨床試験は、副作用に関する懸念を解決するために実施されるほか、ヒトにおける有効性がまだ示されていないか、または反証されている状態にある市販薬の販売を促進するために用いられる。
薬物のプロモーションは、まだ動物実験の段階で、規制当局に承認申請する7〜10年前から開始することがある。前臨床試験を使用して、市場に販売される前から広告に利用されている。
いったん薬が市場に出ると、それは「オフラベル(適応外)」、すなわち、その薬が承認された適応疾患以外で処方することができる。 医師が薬物を適応外(オフラベル)を処方することは合法であるが、製薬会社がオフラベルの薬物使用を宣伝することは違法である。医薬品のオフラベル使用は一般的であり、処方のうちの約1/5を占めている。 どの程度のオフラベルの医薬品使用が製薬企業の販売促進によるものであるかどうかは不明である。
製薬会社は、医薬品のオフラベル使用を促進するために有償の講演者、コンサルタント、研究者を使っている。 例えば、抗てんかん薬Neurontin(ガバペンチン)の販売を促進するために、Parke-Davis社の社員は、「講演によってNeurontinを強力に宣伝をする医師と、地域においてNeurontinの効果を宣伝するユーザー」を使って宣伝した。
さらに、薬を宣伝してくれる主要な講演者には研究資金を提供し、一連の講演会シリーズを構築した。Parke-Davis社は、多くの継続的な教育プログラムに直接的かつ間接的に資金を提供し、「世界の医学文献を通じて情報をできるだけ広く普及させる」という出版戦略を使用した。
同様の戦術が、ホルモン剤が閉経後女性の病気を予防することを処方者および患者に説得するために用いられた。
更年期ホルモン治療薬Prempro(ウマエストロゲンと酢酸メドロキシプロゲステロン)のメーカーであるワイス社(Wyeth)は、このPremproが心血管疾患を予防し、更年期の女性の認知症を予防する目的のオフラベル(適応外)使用を広めるために、多くの講演会を開催し、ワイス社からお金をもらった医師が講演した。
真の疾患エンドポイントで評価した無作為化臨床試験では、この使用の有効性を示していなかったので、講演者は観察研究や代用エンドポイント(つまり、コレステロール低下)での臨床研究や動物実験、さらには細胞培養研究まで言及してオフラベル使用の妥当性を講演した。
2000年代初頭のいくつかの学会で、ワイス社に雇われた講演者が、エストロゲンの存在下および非存在下で培養した脳細胞を比較する実験を報告した。
エストロゲンを含まない培地で培養した脳細胞は死滅し、エストロゲン含有培地で培養した脳細胞は活発に増殖した。 しかし、生きた女性の脳では、エストロゲンは悪影響を示した。
65歳以上の女性7,479人を対象としたWHIMS(Women's Health Initiative Memory Study)は、ホルモン療法が認知症および認知障害のリスクを高め、認知機能全体を低下させ、脳萎縮をより多く引き起こすことを明らかにした。
それにもかかわらず、2010年のニューヨークタイムズの記事では、2人の基礎科学者を含むワイス社と関連のある何人かの研究者のコメントを引用して、脳の健康のためにホルモンの使用を宣伝していた。 彼らの利益相反は明らかにされていない。
WHIMSは、50-79歳の2万6000人の女性における更年期ホルモン療法の大規模で長期的な、NIHが資金を提供する決定的なランダム化比較試験である Women's Health Initiative (WHI)の一部であり、WHIの研究では更年期ホルモン療法の有害性は利益を上回ることを明らかにしている。
ホルモン剤は心血管疾患のリスクを低下させるために市販されていたが、ホルモン剤は健康な女性に対して心臓発作を予防するのに効果がなく、脳卒中や血栓のリスクが増加することWHI研究は明らかにした。
ワイス社と関連のある専門家はWHI研究を批判し、高脂肪食を与えられた動物の血管損傷をエストロゲンが予防することを示す動物実験の結果を持ち出して、WHI研究の結果を否定しようと試みた。
ゴーストライティング(Ghostwriting)とゴーストマネージメント(Ghost-Management):
企業主導の臨床試験や企業が雇った講演者やゴーストライターが執筆した論文を使ってオフラベル(適応外)使用を推奨した違反で企業は数十億ドルの罰金を支払っている。これらの販売促進活動では、臨床試験が存在しない、あるいは否定的な結果に終わっているのに、臨床的な有用性を主張している。このような間違った情報が臨床家に伝わるリスクを抑制するために罰金が課せられている。
例えば、2012年6月、グラクソスミスクライン社は、Avandiaに関連する有害事象を報告しなかったこと、抗うつ薬Wellbutrinとパキシル(パロキセチン)の適応外使用を促進したことに対して、米国政府に対して過去最高の30億ドルの罰金を支払うことに合意した。
この和解合意によって、グラクソスミスクライン社がゴーストラーターを使って事実と異なる論文を作成したことが明らかになっている。例えば、パキシルの青少年うつ病の安全性と有効性が実証されているという論文が作成されているが、それが引用した臨床試験では有効性は実証されていなかった。さらに、有害性も過少に記述されていた。
多くの製薬企業は、「医学教育と通信の会社」を利用して、医師および科学者を募集し、企業が下書きした出版物を「著者」として出版する。多くの論文は医学専門のライターによって代筆されている。
実際に自分で論文を書く場合でも、企業に統計的分析や論文の編集を依頼する「ゴーストマネジメント(ghost-management)」が横行している。
多くの医薬品がゴーストラーターによって執筆された論文を販売促進に使用していることが明らかになっている。
基礎科学の研究者がゴーストライトの記事にどの程度関わっているかは不明である。
医学研究を行う研究機関では、自分が書いていない論文に著者として名前を連ねている事実に注目し始めている。しかし、2010年において米国のトップ50の医学研究の研究機関で論文のゴーストライト(代筆)の禁止しているのは13(26%)しかない。
米国ではまだ、論文の代筆(ゴーストライティング)で処罰された研究者はいない。
たとえ研究者が、スポンサーに論文を代筆することを許可しないとしても、スポンサーによる記事の企業レビューでは、研究者が広告として認識しない微妙なマーケティングメッセージが挿入される可能性がある。
マーケティングメッセージには、対象となる医薬品名が記載されていない場合もある。そのかわり、その医薬品の適応疾患が過少に診断されていること、その薬の作用メカニズムが特にすばらしいこと、そのクラスの医薬品は独特の利益を有すること、競合する他の医薬品には重大な欠点があることをマーケティングメッセージに主張するかもしれない。
マーケティングメッセージは、調査研究、症例報告、レビュー、解説、レター、医学学会での講演やポスターなどで広められている。
結論:生物医学研究者は企業に依存している。 スポンサーの贈答品や統計解析や論文編集において「支援」を受け入れることで、試験結果がコントロールされたり、検討した薬物に有利な結果に誘導したり、競合する他薬に不利な影響を与えることができる。
論文発表やポスター発表において代作(代筆)やゴーストマネジメントに加担することは倫理的に受け入れられない。同様に、特定の研究結果を、論文投稿するか、学会発表するか、発表せずに済ますか、あるいは一部のみを報告するかという決定において企業からの助言を得る行為も倫理的に受け入れられない。
否定的な結果や得られた結果の誤った報告は、生物医学文献を歪め、治療法を実際より良く見せ、研究者と臨床医の両方に謝った情報を与え、市民の健康に悪影響を及ぼす可能性がある。
科学者が研究を正確に報告し分析するべきであることは言うまでもないが、否定的なデータを公開することもまた、科学界への義務とみなされるべきである。 ネガティブな研究結果の公表は、治療の利益とリスクを評価し、さらなる研究が必要かどうかを判断する上で極めて重要である。
前出の製薬企業の元幹部は次のように言っている:
「企業は基礎科学研究の主要な資金提供者であり、学術界と産業界のパートナーシップ(協力関係)と公共と民間のパートナーシップが普通に行われるようになっている。これらのパートナーシップは、学術研究者が企業パートナーに利益のある仕事をし、医薬品開発プロセスを助けるためのインセンティブ(動機)となっている可能性がある。 学術的使命の混乱の可能性は明らかである。」
臨床医および医学研究機関は、臨床医学への企業の影響を把握しているが、この問題は基礎科学では広く議論されていない。 基礎科学の研究者たちも、企業に関連した研究を行うときは、倫理的および科学的な有害性に関する検討を開始する時期にきている。
つまり、製薬企業は開発した医薬品の販売促進のために、臨床試験のデータを改ざんしたり、不利なデータを隠したりすることができ、実際にそれが行われているということです。査読のある学術雑誌に掲載された論文でも、あるいは複数の論文のメタ解析でもその結果は真実で無い可能性があるということです。
企業は様々な形で治験に関わった研究者や臨床医に利益供与を行うことがあります。
昨日の新聞報道でも、『治験に関わった医師がシンガポールの医療機器メーカーから未公開株などの提供を受け、うち1人は株の売却益が1億円超になったと認めた』という記事がありました。
【一流の学術誌に報告されていても正しいとは限らない】
新薬の開発では、動物実験などで有効性と安全性が証明されたものが臨床試験に入ります。しかし、臨床試験が成功するのは18%という報告があります。(Trial watch: Phase II failures: 2008-2010. Nat Rev Drug Discov. 10(5):328-9. 2011)
特にがん治療薬の臨床試験の成功率は、他の領域の薬に比べて極めて低いことが指摘されています。
がんという疾患自体が治療困難であり、動物実験で有効性を認めても、それが人間で効くとは限らないという理由があります。
さらに、基礎研究の段階で十分な根拠が無い段階で、臨床試験に入っているものが多いことも指摘されています。
特にがん治療薬の場合は有効な薬が少なく、がん治療自体が他の領域よりも遅れているため、前臨床試験から臨床試験へ移行するハードルが低いという指摘もあります。
ハードルが低くても、前臨床試験で有効性と安全性に関して強固な根拠があれば臨床試験で成功する確率は高くなりますが、前臨床試験の研究には、再現性の無い研究報告が極めて多いことが問題になっています。
薬物開発の基礎研究の段階で、新規で有用な発見があれば、それを元に臨床試験を計画します。しかし、問題は、このような基礎研究の論文では再現性の低い実験結果がかなり多く報告されていることです。
再現不可能な実験結果の論文の存在は、何十年も前から指摘され、問題になっていました。臨床試験の失敗の数の増加に伴って薬物開発のコストが増大しているため、この問題は最近大きな注目を集めています。
研究者が学術雑誌に投稿した論文は査読によって審査され、掲載の可否が決められます。査読(peer review;ピア・レビュー)というのは、同分野の専門家による評価や検証のことです。
査読論文とは、ピアレビューされた論文のことで、ピア(peer)は同業の審査者を意味し、レフリーともよばれます。投稿論文を受け取ると、編集事務局は1〜3人程度のレフリーに論文の審査を依頼します。
レフリーは、実験方法は適切であるか、統計処理は正しいか、研究の目的と結果と結論に整合性があるか、などをチェックして、掲載の可否についての意見を添えて事務局に送り返します。
しかし、レフリーが論文に掲載された実験を再現するわけでは無いので、データの捏造や改ざんがあっても見抜く事はできません。
つまり、査読論文でも、超一流の学術雑誌でも、実験自体をやっていないようなでたらめな論文でも掲載されています。そのような事件は今まで数多く起こっています。
では、再現性の無い研究論文はどの程度あるかというと、半数以上というのが一般的な意見です。10%とか20%程度とかいう報告もあります。
基礎研究の論文に再現性があるかどうかは医薬品開発で重要なので、製薬企業では重要な論文については追試を行って再現性を確かめています。その結果が報告されています。
一つはバイエルヘルスケア社(Bayer HealthCare)の研究所からの報告です。
Believe it or not: how much can we rely on published data on potential drug targets?(信じるか信じないか:医薬品のターゲットに関する発表された研究データはどの程度信頼できるのか?) Nature Reviews Drug Discovery 10, 712 (September 2011) | doi:10.1038/nrd3439-c1
この報告では、社内で重要と考えたがん領域の論文を研究所内で再実験して追試を試みたところ、研究論文の約25%しか再現性がありませんでした。
アムジェン社からの内部資料による報告もあります。Natureの論文ですので、かなりの問題提起になっています。
Drug development: Raise standards for preclinical cancer research(医薬品開発:前臨床がん研究の基準を高める)Nature 483, 531–533 (29 March 2012)
この報告では過去10年にわたって発表されたがん研究で高い評価を受けた53の論文について、アムジェン社の血液腫瘍学部門の研究者が再現実験を行った内部資料が公開されています。この53編の半分は一流学術誌の論文で、引用がすでに平均230を超える論文で、この分野への影響の高い論文が選ばれ、再現性が検討されています。
結果はバイエル社の結果よりさらに悪く、6編(11%)だけが再現可能だという結果でした。
これらの再現性のない基礎研究の結果を元に、一連の臨床試験が開始され、多くの患者が意味の無い試験を受けていることになります。
つまり、がん治療の分野で臨床試験の失敗が多いのは、公開された基礎研究の質が悪いからだということが推定されています。
がん治療薬の開発は、がんの生物学と新しいターゲット分子に関する文献に大きく依存しているのですが、その文献の再現性が極めて乏しい状況だから臨床試験で失敗しているという指摘です。
Natureの論文は「腫瘍と患者の両方の不均一性から生じる臨床試験の厳しさと課題に耐えるために、前臨床試験の結果は非常に頑強でなければならない」「基礎研究や前臨床試験の再現性を高めるように基準を高めなければならない」「科学的プロセスには、最高水準の品質、倫理、厳格さが求められる」などと言っています。
論文で発表された実験結果の再現性の欠如にはいくつかの理由が考えられます。
新規で肯定的な結果ほど学術雑誌に掲載されやすいので、論文数で業績を評価される研究者は、無理してデータを良く見せる可能性もあります。そのため、統計分析でデータを少しだけ改ざんする場合もあります。
統計的有意差を示すときに「p値」が使われます。P値は確率のことで、「p<0.05」は「確率が5%未満である」ということを意味しています。
「この差が、単なる偶然で生じた誤差である危険率が5%未満」ということを意味しています。
しかし、これは、有意な差が無い確率が5%あるということでもあります。通常、p<0.05であれば、統計的な有意差があると評価されます。
最近、P値の閾値は0.05から0.005に引き下げるべきであると、統計学の大家たちは主張しています。Nature (2017-08-03) | doi: 10.1038/nature.2017.22375 | Big names in statistics want to shake up much-maligned P value
現在の科学は「再現性の危機」に苦しんでいて、研究者も助成機関も出版社も、学術文献は信頼できない結果にまみれているのではないかと不安を募らせています。それで、72人の著名な研究者が、新たな発見をしたと主張する際の証拠の統計的基準の低さが再現性の危機の一因になっているとする論文を発表しました。
科学の多くの分野で、新発見を主張する際の実証結果に関する統計的基準があまりに低いという指摘です。p値が0.05より低い結果を「統計的に有意な」発見とすることは、実験や手続きや報告についての他の問題が無い場合でも、偽陽性を高い割合でもたらすことになるので、新発見の統計的有意性の閾値がp<0.05と定義されている分野について、それをp<0.005に変更するよう提言しています。
【臨床試験の欠陥】
米国食品医薬品局や欧州医薬品庁が最近承認した50以上の抗がん剤うち、『半数以上は延命効果が証明されていない』『臨床的に意味のある生存期間の延長は16%』という事実は564話で解説しています。
この原因の一つは、承認までの期間を短縮させるために、全生存期間の延長というエンドポイントの代わりに、奏功率(腫瘍の縮小の度合い)や無増悪生存期間という代用エンドポイントを用いて臨床試験を評価していますが、この代用エンドポイントと真のエンドポイント(全生存期間の延長)の相関が低いからです。
腫瘍が縮小したり、増悪するまでの期間が延びても、抗がん剤の副作用が強いために、全生存期間が延びないことが明らかになっています。
もう一つの理由は、「臨床試験の対象は患者全体を代表していない」点です。
臨床試験の大多数は、体力があり、がん以外に健康問題はほとんどない、と言った理想的な患者を使って薬を検証しています。
理想的な集団での試験は、治療薬の効果が誇張される可能性があります。臨床試験で2ヶ月の延命が認められても、高齢者や体力の低下した患者や合併症をもった患者全体で検証すると、意味のある臨床効果が得られない場合も多いのです。
医療は、基本的には「臨床試験のエビデンス」に基づいて行われています。臨床試験のエビデンスに基づいて治療のガイドラインが作成され、これが標準治療として確立され、患者の治療に使われています。
日本の厚生労働省や米国の食品医薬品局や欧州医薬品庁など世界各国で新薬を承認する規制機関は、有効な薬だけを市場に出していると、私たちは信じています。
しかし実際は、これらの規制機関が承認している薬の中には、生存に関する有効性が証明されていない薬、臨床的に意味のある有用性が認められない薬が多いことが指摘されています。
それは「臨床試験に欠陥がある」からです。
薬の有用性を判断するときのエビデンスが組織的に歪められていると言えます。
現行の臨床試験には以下のような欠陥があると言えます。その多くは製薬企業の利益を増やしています。
① 患者の代表と言えない患者を対象に臨床試験が行われている。その結果、治療効果が強調され、製薬企業に有利な結果を生み出している、
② 人生の量や質の改善、つまり生存期間の延長や生活の質(QOL)の改善を証明せず、腫瘍の縮小の度合い(奏功率)や無増悪生存期間などの代用エンドポイントでの有効性を根拠に承認されているが、これらの代用エンドポイントと全生存期間との相関は低い。
③ 製薬企業は、自分たちに都合の悪い結果が出たときに、それを医者と患者から隠すことができる。都合のよい臨床試験の結果だけを選んで公表していることも指摘されている。
④ 製薬企業から資金提供を受けた臨床試験は資金提供者の薬に有利な結果を導く傾向がある。製薬企業の資金に頼らない臨床試験に比べて、実際以上に良く見える肯定的な結果を生み出しやすい。
⑤ 企業は追跡調査に関する約束を破り、規制機関はそれを野放しにしている。
したがって、私たちはその薬の真の姿をみることはできず、歪んだ姿しかみえないのです。この歪められたエビデンスが、医師や患者や規制機関に提供されています。
治療を担当する医師は、その薬に関する情報を製薬会社の営業担当者やその領域の専門の医師や学術雑誌から得ています。そして、その情報の多くは製薬企業にメリットになるように仕組まれています。
営業担当者は当然、自分の会社の利益になることしか教えません。医師や学会や学術雑誌にも製薬企業の資金が流入し、製薬企業の思惑に従っていることが多いという事実があります。
学術論文は客観性があると思われていますが、製薬会社の社員が代理で執筆していることもあります。企業は利益を増やすために、データを捏造したり、不利なデータを隠すこともあります。
米国で影響力の大きい医学雑誌52誌の編集委員医師713人を対象に、製薬企業などとの金銭授受に関する調査結果が報告されています。2014年に製薬企業などからコンサルティング料や講演料、食費、旅費などの資金提供を受けたのは、約半数の361人(50.6%)でした。また、患者の臨床試験への参加コーディネート料などとして研究費の提供を受けた編集委員医師は139人(19.5%)でした。資金提供の平均は一人約2万8,000ドル、研究費の平均は約3万8,000ドルでした。(BMJ. 2017; 359: j4619.)
つまり、一流の医学専門雑誌も製薬企業の思惑が反映されています。このようにして学術雑誌は、大して効かないメリットの少ない高額な抗がん剤に過剰なエビデンスを提供しています。
製薬企業の利益第一主義が、がん治療を歪めている最大の理由と言っても過言で無いと思います。
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