552)抗がん剤でがんが悪化する理由(その1):ケモカイン受容体CXCR4

図:がん組織には線維芽細胞(がん関連線維芽細胞)が存在する(①)。がん関連線維芽細胞はケモカインのCXCL12を分泌する(②)。CXCL12はがん細胞に発現するケモカイン受容体CXCR4に結合することによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進する(③)。がん組織から産生されるCXCL12は骨髄から血管内皮前駆細胞(CXCR4を発現している)をがん組織に動員して腫瘍血管を増生する(④)。高用量の抗がん剤治療は組織を損傷することによってがん細胞のCXCR4の発現を高め、がん関連線維芽細胞からのCXCL12の産生を増やす(⑤)。その結果、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進する(⑥)。したがって、抗がん剤治療中はがん細胞のCXCR4の発現や活性を阻害すると、抗がん剤治療に伴うがん細胞の悪化を防げる。そのような方法として、β-カリオフィレン、シリマリン、ジインドリルメタン、ジクロロ酢酸ナトリウム、2-デオキシグルコース、ラパマイシン、生薬の川芎に含まれるテトラメチルピラジン、白ウコンに含まれるゼルンボンなどがある。抗がん剤治療にこれらを組み合わせると、抗がん剤によるがん細胞の悪化を防げる。

552)抗がん剤でがんが悪化する理由(その1):ケモカイン受容体CXCR4

抗がん剤治療は、体力や免疫力を犠牲にします。高用量(最大耐用量)の抗がん剤投与が、がん細胞の浸潤や転移を促進する場合もあります。抗がん剤治療を行っていると、がん細胞は抗がん剤に耐性を獲得し、次第に悪性度の高い死滅しにくいがん細胞が占めてきます。最大耐用量の抗がん剤を投与する方法に疑問や反論は多くあります。抗がん剤が効かなくなるメカニズムを理解すれば、抗がん剤治療の効き目を高める方法が見つかります。

【高用量の抗がん剤投与はがん細胞の浸潤性や転移を促進する】
標準治療における抗がん剤治療は、最大耐用量(副作用に耐えられる最大量)の抗がん剤を投与することが基本になっています。
抗がん剤の投与量を増やせば増やすほど、がん細胞を死滅させる効果は強くなります。しかし一方、抗がん剤の投与量が増えれば増えるほど正常細胞のダメージによる副作用が強くなり、投与量が限界を超えれば患者さん自身が抗がん剤によって死亡してしまいます。

患者さんが副作用に耐えられる(死なない)範囲で最大限の投与量を設定するのが最も抗腫瘍効果が高いというのが、現在の抗がん剤治療の基本になっています。
この方法は急性白血病や悪性リンパ腫のように抗がん剤が効きやすい腫瘍の場合は有効です。しかし、抗がん剤が効きにくい腫瘍の場合は、むしろ高用量の抗がん剤投与は、正常細胞のダメージによる副作用が強くなるだけでなく、がん細胞の増殖や浸潤や転移を刺激する可能性が指摘されています。
最大耐用量の抗がん剤投与ががん細胞の増殖能や浸潤能を高めることは多くの研究で指摘されています。最大耐用量の抗がん剤投与で一時的に腫瘍が縮小しても、多くは2〜3年で抗がん剤治療が行き詰まります。がん細胞の悪性度や増殖能や抗がん剤耐性の度合いが抗がん剤投与を繰り返すたびに強くなるからです。
次のような報告があります。

An undesired effect of chemotherapy: gemcitabine promotes pancreatic cancer cell invasiveness through reactive oxygen species-dependent, nuclear factor κB- and hypoxia-inducible factor 1α-mediated up-regulation of CXCR4. (抗がん剤治療の好ましくない作用:ゲムシタビンは活性酸素の産生に依存したNF-κBと低酸素誘導因子-1の転写活性により誘導されるCXCR4の発現上昇によって膵臓がん細胞の浸潤性を亢進する)J Biol Chem. 288(29):21197-207.2013年

抗がん剤はがん細胞にダメージを与えて死滅させることを目的にしています。しかし、抗がん剤治療によって、がん細胞がさらに悪性化したり、増殖が盛んになることがあります
膵臓がんの治療に使われている抗がん剤のゲムシタビンに対する膵臓がん細胞の耐性のメカニズムとして、ケモカインのCXCL12とその受容体CXCR4のシグナル伝達系が重要な関与をしていることが報告されています。
この論文では、膵臓がん細胞株2つ(MiaPaCaとColo357)を使った実験で、ゲムシタビン投与が、用量依存性および時間依存性に培養膵臓がん細胞におけるCXCR4の発現を亢進する結果を報告しています。
具体的には、CXCR4の発現量は、ゲムシタビンの低用量の投与で3~4倍、高用量の投与で最大40倍の発現量の増加が認められています。膵臓がん細胞の培養液にゲムシタビン添加後1時間でmRNAが増えだし、48時間後にはmRNAは30倍、蛋白質は20倍に増加したと報告しています。
膵臓がん細胞におけるゲムシタビンによるCXCR4発現誘導は、細胞を抗酸化剤のN-アセチル-L-システインで前処理すると消失するので、活性酸素の産生に依存していることを示しています。
そして、CXCR4の発現誘導は、がん細胞におけるNF-κBとHIF-1αの蓄積と相関していました。
つまり、ゲムシタビンによって活性酸素の産生が高まって酸化ストレスが亢進すると、増殖シグナル伝達系のERK1/2とAktが活性化され、さらに転写因子のNF-κBと低酸素誘導因子-1α(HIF-1α)の活性が亢進します。このNF-κBとHIF-1αはどちらもCXCR4遺伝子の発現を促進する作用があります。
培養細胞の実験では、膵臓がん細胞をゲムシタビンで処理すると、CXCL12勾配に対する膵臓がん細胞の移動性と浸潤性が高まることが示されています。
ゲムシタビン治療によって生き延びた膵臓がん細胞は、より運動性と浸潤性が高まるということです。つまり、高用量のゲムシタビン治療は膵臓がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進するという好ましくない結果を生む可能性があるという報告です。
幾つかの抗がん剤はがん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させます。がん細胞を死滅させるだけの十分な酸化ストレスが与えられればがん治療に有効ですが、完全に死滅できなければ、逆にがん細胞を悪化させることになるということです。
このように、通常の高用量の抗がん剤投与を行うと、血管の増生やがん細胞の浸潤性や転移性が亢進することになり、そのメカニズムとしてケモカインCXCL12とその受容体CXCR4の関与が存在するということです。
CXCL12-CXCR4シグナル伝達系の他に、CCL2というケモカインとその受容体のCCR2もがん組織では発現が亢進し、がん細胞の増殖や生存に関与しています。
CXCL12はStrtomal derived factor 1(間質由来因子1)とも呼ばれ、本来は炎症などにおいてリンパ球や造血幹細胞の移動に関与しています。
CCL2は別名をmonocyte chemotactic protein-1(単球走化性タンパク質-1;MCP-1)と言い、創傷部位やがん組織にマクロファージや単球を動員する作用があります。
CCL2はがん関連線維眼細胞やがん細胞から分泌され、がん細胞に存在するCCR2に結合してがん細胞の増殖や生存や浸潤を亢進します。
がん関連線維芽細胞はCXCL12やCCL2のようなケモカインだけでなく、HGF(Hepatocyte Growth Factor)などの様々な増殖因子や活性酸素を産生することによってがん細胞の増殖や浸潤を促進しています。
そして、抗がん剤治療によって強いダメージを受けると、損傷を受けたがん組織のダメージを修復する目的でケモカインや増殖因子を産生して血管内皮前駆細胞やマクロファージを動員し、その結果、がん細胞の増殖や浸潤は促進され、がんはさらに悪化するという経過を辿ることになります
これが、高用量の抗がん剤治療がうまくいかない理由の一つです。
抗がん剤治療のターゲットはがん細胞だけでなく、間質の細胞(線維芽細胞やマクロファージなど)とがん細胞の相互作用についても十分に考慮することが重要です。

 

 

図:抗がん剤治療によってがん組織はダメージを受ける(①)。ダメージを受けた組織を修復するために、がん組織中の線維芽細胞からケモカインや増殖因子が産生される(②)。がん細胞はケモカインや増殖因子に対する受容体が刺激され、増殖が亢進する(③)。ケモカインや増殖因子は骨髄の血管内皮前駆細胞や炎症細胞(マクロファージなど)をがん組織に動員する(④)。その結果、抗がん剤でダメージを受けたがん組織は血管の新生・増生や炎症性サイトカインの産生、酸化ストレスの亢進が起こる(⑤)。その結果、がん細胞の増殖が促進され、浸潤や転移が促進される(⑥)。

【転移の成立には多くの過程が必要】

がん細胞は周囲組織に浸潤し、リンパ管に入ってリンパ節に転移したり、血管に入って遠隔の臓器や組織に転移します。また、腹部のがんであれば腹膜に播種し、胸部のがんは胸膜に播種する場合もあります。
がん死のほとんどは、がんが転移して全身に広がることによって起こります。つまり、がん細胞の周囲組織への浸潤や遠隔臓器への転移を防げれば、がん死を防ぐことができます。がん細胞の転移は偶然に起こる現象ではありません。がん細胞が転移を成立させるためには何段階ものプロセスを経る必要があり、それぞれのステップで数多くの因子が関与しています。

例えば、がん細胞の運動を活発にし、がん細胞の移動を制限している結合組織などの細胞外マトリックスを分解する酵素を産生し、血管壁の内皮細胞の間から血管内に侵入し、血液に運ばれて他の臓器や組織に定着し、原発の部位とは異なる微小環境の中で細胞を増やすという過程が必要で、このどれが阻止されても転移は成立しません。(下図)

図:原発巣のがん細胞が血流を介して全身の組織や臓器に転移巣を作るためには、図の①から⑥に示すような多くのステップを経なければならない。

【がん細胞のケモカイン受容体が活性化して浸潤・転移が起こる】

がん細胞の転移や浸潤の制御で、ケモカインとケモカイン受容体が重要な働きをしていることが明らかになっています。

ケモカイン(chemokine)とは細胞遊走活性を主機能とするサイトカインの一群で、様々な細胞の移動や局在を制御に関与している低分子量(8~12 kDa)のタンパク質です。
炎症性疾患や自己免疫疾患やHIV-1感染(エイズ)などの発症や病態に重要な役割を果たし、またがん細胞の増殖や転移にも関与しています。

ケモカインがケモカイン受容体に結合すると受容体の種類に応じた細胞内シグナル伝達系が活性化され、細胞の移動や増殖や生存や遺伝子発現などが亢進されます。がん細胞の場合には、ある種のケモカイン受容体の活性化が浸潤や転移を亢進しています。(下図)

図:ケモカイン受容体はGタンパク質に共役した7回膜貫通型の受容体(Gタンパク質共役受容体)で、これにケモカインが結合することによって細胞内のシグナル伝達系が活性化されて、細胞の移動や増殖の制御に関わる。多数のケモカインとケモカイン受容体が知られており、生体内で多彩な細胞の活動を制御している。

ケモカインはよく保存された4個のシステイン残基の配置からCXC、CC、XC、CX3Cの四つのサブファミリーに分類されます。CXCおよびCX3Cケモカインでは最初と2番目のシステイン残基の間に1あるいは3個のアミノ酸残基が存在し、CCサブファミリーではそれらは連続しています。
全てのケモカインはGタンパク質共役受容体のケモカイン受容体を活性化して作用します。
現在までに、ケモカインは50種類程度、ケモカイン受容体は約20種類が見つかっており、その機能は極めて多彩で複雑です。
臓器や組織は恒常的あるいは炎症などの刺激によりケモカインを放出し、ケモカイン受容体を発現する細胞(リンパ球など)はケモカインの濃度勾配や発現部位に従って移動(遊走)します。どのリンパ球がどの臓器に移行するかは,ケモカインと受容体の種類によって厳密に制御されています。
がん細胞の転移においてはケモカイン受容体CXCR4とそのリガンド(受容体に結合して活性化する物質)のCXCL12のシグナル伝達系が重要と考えられています
CXCL12はSDF-1(stromal cell-derived factor 1)とも呼ばれます。
ケモカイン受容体のCXCR4 が乳がん細胞に過剰に発現しており、乳がん細胞は肺より産生されるケモカインCXCL12 に導かれ、肺へ転移することが2001年にNature 誌に報告されました。(Involvement of chemokine receptors in breast cancer metastasis. Nature. 410:50–56.2001年)
つまり、乳がん細胞は単に血流に乗って偶然に肺に定着するのではなく、肺組織のケモカインCXCL12によって誘導されて肺に定着するというメカニズムです。 
ケモカインのCXCL12は肺、肝臓、骨(骨髄)、脳、リンパ節に多く発現しており、これらの臓器は乳がんを含め多くのがんが転移する臓器と一致します。
つまり、乳がんを含めCXCR4を発現している多くのがん細胞は、そのリガンドであるCXCL12の豊富な環境に定着し、増殖しやすいということです。それは、ケモカインのCXCL12ががん細胞の増殖や生存を促進するからです。
したがって、がん細胞におけるCXCR4の発現を減少させたり、その働きを阻害すると、がん細胞の浸潤性増殖や転移を抑制できることになります(下図)。

図:がん細胞はケモカイン受容体CXCR4を多く発現しており、そのリガンドのCXCL12(SDF-1とも言う)が結合すると運動や増殖能が高まる。がん組織の線維芽細胞はCXCL12を分泌することによってがん細胞の増殖や転移を促進する。また、骨髄の血管内皮前駆細胞はCXCR4を持っているので、がん組織から産生されるCXCL12によってがん組織に動員されて血管新生が促進される。脳や肺や肝臓や骨(骨髄)やリンパ節はケモカインCXCL12が豊富であるため、それに誘導されるようにがん細胞はこれらの組織や臓器に定着して転移巣を形成する。したがって、がん細胞のサイトカイン受容体CXCR4の発現や活性を阻害すれば、がん細胞の増殖や転移を阻止できる。

【CXCR4の発現の多いがんは予後が悪い】
ケモカイン受容体CXCR4を多く発現している乳がんは再発や転移の率が高く、生存率が低いことが複数の臨床試験で明らかになっています。これらの臨床試験をメタ解析した報告があります。

Expression of CXCR4 and breast cancer prognosis: a systematic review and meta-analysis.(CXCR4の発現と乳がんの予後:系統的レヴューとメタ解析)BMC Cancer. 2014 Jan 29;14:49. doi: 10.1186/1471-2407-14-49.

この論文では、乳がん組織のCXCR4の発現量と再発率や生存率の関係を検討した13件の臨床試験(乳がん患者数3865名)を対象にしてメタ解析を行い、乳がん組織のCRCR4の発現量が多いほど、リンパ節転移や遠隔転移が多く、無増悪生存期間も全生存期間も短くなるという結果を報告しています。

【要旨】
研究の背景:ケモカイン受容体のCXCR4は、特に乳がんにおけるがん細胞の発生や進展において重要な役割を担っている。しかしながら、乳がんの予後とCXCR4の臨床的な関与についての検討はまだ少ない。本研究では、CXCR4発現と乳がん患者の予後との関連に関して明らかにする目的で、今まで報告された研究のメタ解析を行った。
方法:PubMedやMEDLIBEやISI Web of Scienceのデータベースを検索して、CXCR4発現と乳がんの臨床病理学的特徴と予後との関連についてメタ解析を行った。
結果:13件の臨床試験(乳がん患者数3865名)を解析した。CXCR4発現とリンパ節転移(pooled RR =1.20, 95% CI: 1.01-1.43, P<0.001)および遠隔転移(pooled RR =1.52, 95% CI: 1.17-1.98, P = 0.125)との間には相関を認めた。CXCR4の過剰発現は無再発生存期間(RR = 0.77, 95% CI = 0.70-0.86, P = 0.554)と全生存期間(RR = 0.70, 95% CI = 0.59-0.83, P = 0.329)と関連した。
しかしながら、エストロゲン受容体やプロゲステロン受容体やerbB-2の発現などの乳がんの幾つかの指標とCXCR4発現との間には関連は認めなかった。
結論:我々のメタ解析は、CXCR4発現と乳がんの予後との関連を明らかにした。CXCR4の過剰発現は、リンパ節転移や遠隔転移のリスクを高め、全生存期間や無再発生存期間を悪くする要因となっている

CXCR4の発現が多いほど予後が不良という関係は乳がん以外のがんでも示されています。以下のような報告があります。

CXCR4 over-expression and survival in cancer: a system review and meta-analysis. (がんにおけるCXCR4過剰発現と生存との関係:系統的レビューとメタ解析)Oncotarget. 2015 Mar 10;6(7):5022-40.

【要旨】
C-X-Cケモカイン受容体4(CXCR4)は多くのタイプのがんにおいて過剰発現していることが多い。がんの予後とCXCR4発現との関連については不明な点も多いが、CXCR4の阻害をターゲットにしたがん治療薬の開発が進んでいる。
がん患者における無再発生存期間や全生存期間とCXCR4発現との関連を検討した85件の臨床試験(対象は11,032人)をメタ解析した。
解析の結果、CXCR4過剰発現は、がん種の違いに拘らず、無再発生存期間(HR 2.04; 95% CI, 1.72-2.42)と全生存期間(HR=1.94; 95% CI, 1.71-2.20)の短縮と有意な相関を認めた。
サブグループの解析ではCXCR4発現と無再発生存期間の短縮は、造血器腫瘍、乳がん、結腸直腸がん、食道がん、腎臓がん、女性性器がん、膵臓がん、肝臓がんで有意な関連を認めた。年齢や偏り(バイアス)のリスク、調整のレベル、追跡期間の中央値、地理的な違い、がんの発見手段、論文の発表年、試験の対象人数などの違いに拘らず、CXCR4発現と予後不良の間に有意な関連を認めた。
CXCR4過剰発現と全生存期間の短縮の関係は、造血器腫瘍、乳がん、結腸直腸がん、食道がん、頭頚部がん、腎臓がん、肺がん、女性性器がん、肝臓がん、前立腺がん、胆のうがんで認められ、この関係は年齢や調整レベルや報告年や発見手段や追跡期間とは関係なく認められた。
結論として、CXCR4の過剰発現はがん患者の予後不良と関連していることが明らかになった。 

このように、 乳がんや大腸がんや肺がんなど多くのがんにおいて、がん細胞の遊走性の亢進や、その結果として起こる転移や浸潤にCRCR4とCRCL12のシグナル伝達系が関与していることが明らかになっています。
また、細胞に遊走能力を与えることがケモカインの主要な役割と考えられていましたが、細胞遊走以外も様々な細胞機能の変化をもたらすことが明らかになっています。
つまり、CXCL12とCXCR4のシグナル伝達系はがん細胞の増殖や血管新生を促進する作用が明らかになっています。
がん組織内の線維芽細胞がCXCL12(stromal-derived factor 1とも言う)を分泌することによってがん細胞の増殖や運動や走化性を亢進しています。つまり、がん組織の間質にいる線維芽細胞がCXCL12を分泌することによってがん細胞の生存や増殖を支持しているのです。
血管新生に関与する血管内皮前駆細胞(endothelial progenitor cells)はCXCR4を発現しているので、がん組織の線維芽細胞などがCXCL12を多く分泌すると血管内皮前駆細胞をがん組織に集めて血管新生を促進します。
つまり、CXCL12-CXCR4シグナル伝達系を阻害することは、がん細胞の増殖や転移を抑制する効果が得られることになります。
がん関連線維芽細胞や血管内皮前駆細胞はがん組織にリクルートされた正常細胞ですが、がん細胞の味方になってがん細胞の増殖や浸潤を支えていることになります。がん関連線維芽細胞や血管内皮前駆細胞はがん治療のターゲットになります。

 

図:がん組織には線維芽細胞(がん関連線維芽細胞)が存在する(①)。がん関連線維芽細胞はケモカインのCXCL12を分泌する(②)。CXCL12はがん細胞に発現するケモカイン受容体CXCR4に結合することによって、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進する(③)。がん組織から産生されるCXCL12は骨髄から血管内皮前駆細胞(CXCR4を発現している)をがん組織に動員して腫瘍血管を増生する(④)。高用量の抗がん剤治療は組織を損傷することによってがん細胞のCXCR4の発現を高め、がん関連線維芽細胞からのCXCL12の産生を増やす(⑤)。その結果、がん細胞の増殖や浸潤や転移を促進する(⑥)。したがって、抗がん剤治療中はがん細胞のCXCR4の発現や活性を阻害すると、抗がん剤治療に伴うがん細胞の悪化を防げる。

【CXCR4を阻害するシリマリンとジインドリルメタン】
以上のことから、CXCR4/CXCL12のシグナル伝達系を阻害する方法は、がん治療に有用と言えます。
ミルクシスル(マリアアザミ)の種子の薬効成分であるシリマリン(多種類のフラボノリグナン類の総称)がCXCR4/CXCL12のシグナル伝達系を阻害することが報告されています。

Silibinin, a novel chemokine receptor type 4 antagonist, inhibits chemokine ligand 12-induced migration in breast cancer cells.(新規のケモカイン受容体タイプ4拮抗薬のシビリニンは乳がん細胞のケモカインリガンド-12によって誘導される移動を阻害する)Phytomedicine. 21(11):1310-7. 2014年

 【要旨】
研究の目的:C-X-Cケモカイン受容体タイプ4(CXCR4)はがん細胞の浸潤や移動に関与していることが明らかになっている。したがって、CXCR4の働きを阻害する受容体拮抗剤(アンタゴニスト)はがん細胞の転移する抗がん作用が期待できる。この研究は、天然成分の中からがん細胞の転移を減少あるいは阻止するCXCR4拮抗薬を見つける目的で行った。
方法と結果:コンピュータを使った分子構造の解析のスクリーニングによってシリビニンが新規のCXCR4拮抗薬であることを報告する。生化学的解析によって、シリビニンがCXCR4と競合的に結合することによってケモカインリガンド12(CXCL12)によって生じるCXCR4の活性化を阻害し、CXCR4の下流のシグナル伝達系の活性化を阻害することが示された。
CXCR4を過剰に発現しているヒト乳がん細胞のMDA-MB-231細胞において、シリビニンを投与することによってCXCL12で誘導されるがん細胞の移動が阻害された。
CXCL12を過剰発現している乳がん細胞はシリビニンによる増殖抑制作用が顕著に認められた。シリビニンによる増殖抑制効果はCXCR4を多く発現しているがん細胞で強く認められた。
結論:シリビニンはCXCR4拮抗薬であり、がん細胞の転移を予防する効果を持っている

シリビニン(silibinin)はシリマリン(ミルクシスルに含まれるフラボノリグナン類の総称)の主成分です。シリマリンやミルクシスルはサプリメントとして販売されています。抗がん剤治療に伴う肝障害の予防にも有効ですので、抗がん剤治療に併用する根拠は高いと言えます(シリマリンについてははちらへ
生薬の川芎に含まれるテトラメチルピラジン、白ウコン(花ショウガ)に含まれるゼルンボンにもCXCR4の発現抑制作用が報告されています。(407話参照)
川芎は十全大補湯など多くの漢方薬で使用されています。抗がん剤治療の副作用を軽減し抗腫瘍効果を高める漢方治療に川芎が有用である根拠にもなります。
CXCR4は低酸素誘導因子-1(HIF-1)によって発現が誘導されます。したがって、HIF-1の活性を抑制する方法はCXCR4の発現を阻害して抗腫瘍効果を発揮することになります。HIF-1の阻害については364話で解説しています。
シリマリンはHIF-1活性を阻害する作用があります。その他、ジインドリルメタン、ジクロロ酢酸ナトリウム、2-デオキシグルコース、ラパマイシンなどがHIF-1の発現や活性を阻害します。したがって、これらの組合せはCXCR4-CXCL12シグナル伝達系の抑制にも効果が期待できます。

【ケモカイン受容体とカンナビノイド受容体のクロストーク】
CXCR4-CXCL12シグナル伝達系とカンナビノイド受容体CB2シグナル伝達系がクロストーク(相互に密接に関連している)する可能性が報告されています。以下のような論文があります。

Crosstalk between chemokine receptor CXCR4 and cannabinoid receptor CB2 in modulating breast cancer growth and invasion.(乳がんの増殖と浸潤を制御するケモカイン受容体CXCR4とカンナビノイド受容体CB2のクロストーク)PLoS One. 2011;6(9):e23901. 

米国のオハイオ州立大学のComprehensive Cancer Centerの研究グループからの報告です。
【要旨】
研究の背景:カンナビノイドはカンナビノイド受容体CB1とCB2に結合して作用を発揮し、様々ながんに対して抗がん作用を示すことが報告されている。しかしながら、カンナビノイドによるがん細胞の増殖抑制のメカニズムは十分に解明されていない。
この研究においては、カンナビノイド受容体CB2に特異的に結合する精神作用がない合成カンナビノイドが、ケモカイン受容体CXCR4とそのリガンドのCXCL12のシグナル伝達を阻害して、乳がんの増殖と転移を抑制することを明らかにした。このシグナル伝達系は乳がんの進行や転移を制御する重要な役割を担っていることが示されている。
方法と主な結果:乳がん患者から採取した乳がん組織の免疫染色検査によって、乳がん組織にはカンナビノイド受容体CB2とケモカイン受容体CXCR4の発現量が増加していることが示された。さらに、CB2に特異的なアゴニスト(受容体に結合して活性化する物質)であるJWH-015は、ケモカイン受容体CXCR4を過剰発現している乳がん細胞MCF7/CXCR4におけるCXCL12で誘導される走化性(ケモタキシス)と創傷治癒を阻害した。
様々な生化学的解析などによって、JWH-015は、CXCL-12で誘導されるP44/P42ERK活性化と、細胞骨格の接着班(細胞骨格アクチンと細胞外基質が結合する部位)とストレスファイバー(細胞の形態や移動に重要な働きをもつ細胞骨格アクチンフィラメントの束)の形成を阻害した。接着班やストレスファイバーは乳がん細胞の浸潤と転移で重要な役割を担っているので、JWH-015によるカンナビノイド受容体CB2の活性化は乳がん細胞の浸潤と転移を抑制する作用を有する。
さらに、マウスに乳がん細胞を移植した実験系において、JWH-015は移植腫瘍の増殖を顕著に阻害した。また、移植腫瘍の実験系や自然発症乳がんモデル(MMTV-PyMTマウス)において、JWH-015がCXCR4のリン酸化とその下流のシグナル伝達系の活性化を顕著に阻害することを認めた。
結論:カンナビノイド受容体CB2と、ケモカイン受容体CXCR4とそのリガンドのCXCL-12のシグナル伝達系の間のクロストークが、乳がん細胞の増殖や転移の制御に重要な働きを果たしている。CB2受容体は乳がんの治療法の開発において重要なターゲットになる。

カンナビノイド(cannabinoid)というのは大麻(マリファナ)に含まれる化学成分の総称です。大麻は精神症状を引き起こし、日本では大麻取締法により厳しく規制され、所持や栽培や使用は禁止されています。しかし、カンナビノイドの成分の中にがん細胞の増殖を抑制する作用を持つものが知られており、がん治療への応用が検討されています。
カンナビノイド自体の使用は日本では不可能なので、カンナビノイドの抗腫瘍効果のメカニズムであるカンナビノイド受容体CB2のシグナル伝達系の活性化を目標にした合法的な治療法が研究されています。(米国などいくつかの国では医療大麻やカンナビノイドの医療目的での使用が合法化されている)
この論文では、カンナビノイドがCB2受容体を活性化すると、ケモカイン受容体CXCR4のシグナル伝達系を阻害して抗腫瘍効果を示す可能性が指摘されています
カンナビノイド受容体はCB1とCB2があり、CB1は主に中枢神経系に発現し、CB2は免疫細胞に発現しています。
CB1とCB2のそれぞれに特異的に結合するリガンドも合成され、医薬品としての開発が検討されています。
この論文で使用されているJWH-015はCB2に選択的に結合する合成リガンドです。
カンナビノイドは様々ながん細胞に対して、増殖抑制や細胞周期の停止やアポトーシス誘導などの抗腫瘍効果を示します。
一方、ケモカイン受容体CXCR4は7回膜貫通型Gタンパク質共役受容体で、乳がんを含めて多くのがん細胞で過剰発現しています。CXCR4のリガンドはCXCL12です。CXCL12はstromal-derived factor 1-α (SDF1α)とも呼ばれます。(CB2もGタンパク質共役受容体です)
CXCL12は肝臓や骨やリンパ節や肺や脳などの組織で多く発現しており、CXCR4を過剰発現しているがん細胞はCXCL12を発現している組織に転移しやすいことが知られています。
CXCR4を過剰発現している乳がん細胞は転移しやすく予後が不良であることが報告されています。つまり、ケモカイン受容体CXCR4の働きを阻害することは乳がんの増殖や転移の抑制に有効ということです。
そこで前述のようなCXCR4-CXCL12シグナル伝達系を阻害するシリビニンや、CXCR4の発現を阻害するHIF-1(低酸素誘導因子-1)の活性化を阻害する方法を組み合わせれば、カンナビノイドと類似の抗腫瘍効果が期待できます。

【カンナビノイド受容体CB2は乳がん細胞におけるEGFとIGF-1のシグナル伝達系を阻害する】
大麻の精神作用の原因成分であるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)が直接作用する受容体としてカンナビノイド受容体タイプ1(CB1)とタイプ2(CB2)の2つがあります。

CB1は主に中枢神経系のシナプス(神経細胞間の接合部)や感覚神経の末端部分に存在します。さらに筋肉組織や肝臓や脂肪組織など非神経系の組織にも広く分布しています。
CB2は主に免疫系の細胞に発現していますが、これも体内の多くの細胞に発現しています。
がん細胞にも多く発現しており、CB2の活性化はがん細胞の増殖抑制や細胞死誘導の効果があります。しかし、CB2活性化による抗がん作用のメカニズムについてはまだ良く分っていません。
最近、以下のような報告があります。

Novel role of cannabinoid receptor 2 in inhibiting EGF/EGFR and IGF-I/IGF-IR pathways in breast cancer(乳がんにおけるEGF/EGF受容体とIGF-1/IGF-1受容体経路の阻害におけるカンナビノイド受容体CB2の新規の役割)Oncotarget. 2017 May 2; 8(18): 29668–29678.

【要旨】
カンナビノイド受容体CB2は内因性カンナビノイド・システムを構成する因子の一つである。
乳がん組織や乳がん細胞株においてCB2発現が高度に亢進していることが明らかになっているが、乳がんの発生におけるCB2の機能的役割については不明である。
エストロゲン-αが陰性の乳がん細胞(ERα-)では、上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor :EGFR)とインスリン様成長因子-I受容体(insulin-like growth factor-I receptor :IGF-IR)が過剰に発現していることを確認している。
また、 ER-α陽性(ERα+)乳がん細胞ではIGF-IRの発現上昇を認めている。
さらに、ER-α陰性とER-α陽性の乳がん患者において、CB2の発現は無再発生存期間と正の相関を認めた(CB2の発現が多いほど無再発生存期間が長かった)。
したがって、ER-α陰性とER-α陽性の乳がん細胞における、EGF(上皮成長因子)およびIGF-I(インスリン様成長因子-I)による作用に対するCB2の選択的アゴニスト(JWH-015)の役割を検討した。
実験の結果、CB2活性化は、ER-α陰性とER-α陽性の乳がん細胞においてEGFおよびIGF-Iで誘導されるがん細胞の移動と浸潤を阻害することを認めた
分子メカニズムとして、JWH-015 はEGF受容体 とIGF-I受容体の活性化を阻害し、その下流の経路に存在するSTAT3、AKT、ERK、NF-kB とマトリックス・メタロプロテイナーゼの活性化を阻害した。
ER-α陰性とER-α陽性の乳がん細胞をマウスに移植する実験モデルで、JWH-015は乳がん細胞の増殖を有意に抑制した。
さらに、JWH-015を投与されたマウスから採取した腫瘍組織では、EGF受容体とIGF-I受容体とその下流のターゲット分子の活性は抑制された。
以上の結果から、CB2受容体の活性化は、EGF/EGF受容体とIGF-I/IGF-I受容体のシグナル伝達系を阻害するという新規のメカニズムによって乳がん細胞の増殖を抑制することが示された。

カンナビノイド受容体のCB2 の活性化は乳がん細胞において上皮成長因子(EGF)とインスリン様成長因子-I(IGF-I)の増殖シグナル伝達系を阻害することによって増殖抑制効果を示すという結論です。

【カンナビノイド受容体CB2はケモカイン受容体CXCR4の活性を抑制する】
カンナビノイド受容体CB2はケモカイン受容体CXCR4とヘテロダイマーを形成してCXCR4の活性を抑制することが報告されています。

Simultaneous Activation of Induced Heterodimerization between CXCR4 Chemokine Receptor and Cannabinoid Receptor 2 (CB2) Reveals a Mechanism for Regulation of Tumor Progression(CXCR4ケモカイン受容体とカンナビノイド受容体CB2のヘテロダイーマー化の誘導による同時活性化は腫瘍進展の制御におけるメカニズムを明らかにする)J Biol Chem. 2016 May 6; 291(19): 9991–10005.

【要旨】
Gタンパク質共役ケモカイン受容体CXCR4は細胞移動や細胞増殖や細胞生存のメカニズムを活性化し、がん細胞の転移を促進する作用を有している。
CXCR4はホモ二量体(homodimers)を形成するか、他のGタンパク質共役型受容体とヘテロ二量体を形成することによって、それぞれの受容体の活性を亢進したり抑制したりという制御を行うことが多くの研究で明らかになっている。
我々は、生物物理学および生物化学的なアプローチによって、ヒト乳がん細胞とヒト前立腺がん細胞において、CXCR4はCB2とヘテロ二量体を形成することを明らかにした。
CXCR4とCB2のヘテロ二量体化によるアゴニスト依存性のCXCR4とCB2の同時活性化は、CXCR4によって誘導されるリン酸化ERK1/2の発現を抑制し、細胞内カルシウム移動や細胞移動などのがん細胞機能を抑制した。
カンナビノイドががん細胞の浸潤性を抑制し、免疫細胞のCXCR4誘導性の移動を抑制することが示されていることを考慮すると、CXCR4のシグナル伝達系はCB2受容体とヘトロ二量体を形成することによって阻害され、その結果CXCR4の作用が阻害される可能性が示された
以上の結果から、カンナビノイドシステムは、CXCR4受容体の働きを阻害するメカニズムで腫瘍の進展を抑制することが示唆された。

細胞膜受容体には多くの種類が知られていますが、そのうちもっとも大きなグループを構成しているのがGタンパク質共役受容体(G protein coupled receptor : 略してGPCR)です。
α-ヘリックスというらせん構造で親油性の部分が、細胞膜(脂質二重層)を内外に行ったり来たりを7回繰り返しているので「7回膜貫通型受容体」という名称で呼ばれることもあります。
GPCRは酵母や原虫など単細胞の真核細胞でも外界の情報伝達に重要な働きを担っています。多細胞生物では進化の過程でさらに多くの種類のGPCRを持つようになっています。
人間ではGPCR遺伝子は1000種類以上が見つかっており、個々のGPCRは特定のシグナルに特異的に反応して生理機能を引き起こします。
同じGPCRがホモ二量体(homodimer)ホモ多量体(homomultimer)を形成したり、別のGPCRとヘテロ二量体(heterodimer)を形成することによっても、活性の制御が行われています。
この論文の結果は、CXCR4とCB2のヘテロダイマーはCXCR4のシグナルを阻害するということです。

図:CXCL12が結合したCXCR4のホモダイマー(ホモ二量体)はCXCR4-CXCL12シグナル伝達系を亢進してがん細胞の運動や増殖や浸潤や転移を促進する。CXCR4がカンナビノイド受容体CB2とヘテロダイマーを形成すると、CXCR4によるシグナル伝達系は阻止される。したがって、リガンドが結合して活性化したCB2受容体はCXCR4-CXCL12シグナル伝達系を阻害することによってがん細胞の増殖や浸潤や転移を抑制する。 

CB2の選択的アゴニストとして精油のβカリオフィレンが知られています。(434話参照)
βカリオフィレンはアマゾンの秘薬コパイバの主成分です。大麻にも含まれています。(435話参照)
多くの製薬会社がCB2の選択的アゴニストを医薬品として開発していますが、β-カリオフィレンは天然成分で食品に多く含まれ、特許がとれないので、あまり積極的な研究は行われていないようです。
しかし極めて安価で安全性も高いので、がんやその他の難病の代替医療で試してみる価値はあります。
(βカリオフィレンについてはこちらへ

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