51) 「体のバランスを整える」という漢方治療の根拠

図:漢方薬は、直接的に虚実や寒熱や陰陽や気血水のバランスを戻すように作用すると同時に、体に備わった恒常性維持機能を高めることによって、体のバランスを調和させる効果を発揮する。

51) 「体のバランスを整える」という漢方治療の根拠
漢方薬の効き方の特徴を現す言葉に「体のバランスを整える」という表現があります。このような漢方薬の効能はなんとなく納得できるのですが、それを具体的に説明しようとすると極めて困難です。「体のバランスを整える」という漢方治療の根拠について考察しました。
漢方医学では、人体は様々な臓器や器官が相互に密接に関連してバランスをとっている一種の小宇宙と考え、一見部分的にみえる病変であっても、根幹にあるのは心を含めた全身的なバランスの乱れであると考えています。
そして、この
生体バランスの乱れを捉える物差しとして虚実・寒熱・陰陽・表裏・気血水などの病態概念を用いています。すなわち、患者の体力の充実度と病邪の強さの程度(虚・実)、体が寒いか熱いか(寒・熱)、非活動的か活動的かという病期の違い(陰・陽)、病気(病毒)が出ている場所(表・裏)、そして、気血水といった独自の病理観によって生体反応の歪みのパターンを判定しています。これらを組み合わせて、心身全体の状態を総合的に捉え、心と体のバランスが整わないために起こる不調や内部環境の破綻に由来する病気など、現代医学が苦手とする疾患に対処する方法論を有しているのです。
このような考え方は、物事すべてを相対的に認識する中国哲学の自然観が基本になっています。陰陽・虚実・寒熱といった漢方的病態認識における二元論の意義については『8)二元論の意義』で考察していますので、参照して下さい。
漢方医学における病理病因論では、生理的状態あるいは正常状態とは陰陽や気血水の調和した状態であり、陰陽・気血水の不調和により病気が生じると考えています。陰陽の不和はいかにして起こり、気血水の不調和はなぜ起こるのかという視点から、その病理病因論は展開されています。
漢方医学の治療理念は、局所的な疾病であっても、生体全体の歪みとしてとらえ、これを全体的に補正することで成立しています。正常状態を歪みのない原点とすると、健康状態から、どっちの方向に片寄っているのかを決め、そのバランスの乱れを修正するような漢方薬を使用します。例えば、冷えがあれば温める生薬を加え、体力が低下していれば滋養強壮効果のある生薬を使用するといった具合です。
さらに、体の細胞や組織や臓器はそれぞれのレベルで
恒常性(ホメオスターシス)を維持するように個々に働いており、全身の諸々の機能もバランスをとるように相互に調節しあっています。これを生体の恒常性維持機構と言います。つまり、生体のバランスの異常を正常に引き戻す体に備わった復元力であり、自然治癒力(あるいは自己治癒力)のことです。
つまり、
漢方治療が体のバランスを調和させるのは、1)生薬の効能・効果を利用して直接的に虚実や寒熱や陰陽や気血水のバランスを戻すように作用するのと、2)血液循環や新陳代謝を促進したり細胞・組織を活性化することによって体に備わった復元力や自然治癒力高める、という2つの効果によるものと思われます。(図)
そもそも漢方は、科学技術の未発達な時代の医療経験に基礎をおく経験医学として発達してきました。その診断法においては、陰陽・虚実や気血水など、現代西洋医学とは全く異なった観念的な病態概念に基づき、治療の基本も経験則の集積によっているため、現代医学の眼からは非科学的な点が多いことは否めません。しかし、心身全体の状態を総合的に捉え、体の自然治癒力や防御能を重視する視点を有していることは大きな利点であり特徴といえます。
体のバランスを調和させるという漢方の治療法は、要素還元的な西洋医学では理解も発想も困難かもしれません。しかし、体のバランスを整えるという治療が可能であることは確かであり、漢方治療の存在理由の一つになると思います。

(文責:福田一典)


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