353)がん細胞の解糖系を徹底的に阻害する方法

図:グルコース(ブドウ糖)はがん細胞のエネルギー産生と細胞構成成分(核酸や脂肪酸など)の材料になるので、がん細胞ではグルコースの取込みと解糖系やペントース・リン酸経路の代謝が亢進している。がん細胞におけるグルコースの取込みや解糖系を阻害する方法はがん細胞の増殖を抑制し死滅させることができる。図の緑の文字(赤枠と黄色の背景)で示した糖質制限、2-デオキシグルコース(2-DG)、3-ブロモピルビン酸、クエン酸、シリマリン、ノスカピン、メトホルミン、シコニン(紫根)はそれぞれ異なる作用点で解糖系を阻害する作用が知られている。このうち幾つかは臨床試験で効果が示されており、一部はまだ前臨床段階にある。これらを組み合わせると、がん細胞のエネルギー産生と物質合成を阻害してがん細胞を死滅できる可能性がある。

353)がん細胞の解糖系を徹底的に阻害する方法

【解糖系はグルコースをピルビン酸にする経路】
細胞はグルコース(ブドウ糖)を分解してエネルギー(ATP)を産生します。グルコースの分解は細胞質における解糖(かいとう)とミトコンドリアにおけるTCA回路酸化的リン酸化によって行われます(下図)。

解糖(かいとう)は1分子のグルコースが2分子のピルビン酸になるまでの過程です。

この反応過程では、グルコース → グルコース-6-リン酸 → フルクトース-6-リン酸 → フルクトース-1,6-ビスリン酸 → 1,3-ビスホスホグリセリン酸(2分子) → 3-ホスホグリセリン酸(2分子) → 2-ホスホグリセリン酸(2分子) → ホスホエノールピルビン酸(2分子) → ピルビン酸(2分子)と変換されます(トップの図参照)。
この酵素反応は細胞質で行われ、酸素は必要ありません。1分子のグルコースが解糖によって2分子のATPが産生されます。(実際には4分子のATPが産生され、2分子のATPが消費されるので、差し引き2分子という計算になります)

ピルビン酸は酸素の供給がある状態ではミトコンドリア内に取り込まれて、ピルビン酸脱水素酵素の作用でアセチルCoAに変換され、TCA回路と電子伝達系によってさらにATPの産生が行われます。
TCA回路で生成されたNADHやFADH2は、ミトコンドリア内膜に埋め込まれた酵素複合体に電子を渡し、この電子は最終的に酸素に渡され、まわりにある水素イオンと結合して水を生成します。
このようにTCA回路で産生されたNADHやFADH2の持っている高エネルギー電子をATPに変換する一連の過程を酸化的リン酸化と呼び、これの酵素反応をおこなうシステムを電子伝達系と呼びます。こうしてつくられたATPはミトコンドリアから細胞質へ出て行き、そこで細胞の活動に使われます。

酸素の供給が十分でない場合は、ピルビン酸は細胞質で乳酸脱水素酵素(LDH)の作用で乳酸に変換されます。この生化学反応を嫌気性解糖(aerobic glycolysis)と言います。運動をして筋肉細胞に乳酸が貯まるのは、酸素の供給が不足して嫌気性解糖が進むからです。

酸素が十分にある状態では、ミトコンドリア内で効率的なエネルギー生産が行われ、1分子のグルコースから32分子のATPが作られます。一方、嫌気性解糖系では1分子のグルコースから2分子のATPしか作れません(下図)。(注;酸化的リン酸化で生成するATPの量は1分子のブドウ糖当たり30~38分子といろんな説があり確定していませんが、ここでは米国の生物学の教科書の”Life:the Science of Biology”の記述に準拠して32分子にしています)

 

図:グルコース(ブドウ糖)は細胞内に入ると解糖されてピルビン酸になり、この過程で2分子のATPが産生される。酸素が十分にある場合とそうでない場合で分解のプロセスが変わる。
酸素が十分でない場合は、ピルビン酸は細胞質で乳酸に変換される。これを嫌気性解糖と言う。(この場合、解糖で得られた2ATP分のエネルギー産生しかない)
酸素が十分ある場合は、ピルビン酸はミトコンドリアに取り込まれて、酸素を使って二酸化炭素と水に分解され大量のATP(グルコース1分子当たり32~36分子のATP)を産生する。

【がん細胞では解糖系が亢進している】
がん細胞の代謝の最大の特徴は、グルコース(ブドウ糖)の消費量が正常細胞に比べて極めて高いことです。
細胞内でのエネルギー産生において、がん細胞では解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されているのが特徴です。しかも、酸素が十分にある状態でもミトコンドリアでの酸素を使ったエネルギー産生を行いません
酸素があっても無くても、酸素を使わない解糖系でエネルギー産生を行い、そのためにグルコースの取込みが正常細胞の何倍も、場合によっては何十倍も高いのが特徴です。
この現象をワールブルグ効果と言います。(ワールブルグ効果の詳細は168話175話参照)

ワールブルグ効果のメカニズムは複雑で、様々なシグナル伝達因子や転写因子などが関与しています。しかし、代謝を大まかにとらえると、増殖している細胞は、取り込んだグルコースを全てミトコンドリアで二酸化炭素と水に分解できない理由は理解できます。それは、核酸や脂肪酸のような細胞構成成分を合成するときの材料としてグルコースが使われるからです。

家を作るときには人手と材料が必要です。同様に、細胞が分裂して新しい細胞を作るときにも、エネルギーと細胞を作る材料が必要です。したがって、がん細胞が細胞分裂して数を増やす時にもエネルギーと細胞を作る材料が必要です。このエネルギー源と細胞構成成分を作る材料がグルコースです。そのため、がん細胞はグルコースの取込みと消費が非常に増えているのです。

 
がん細胞はグルコースを分解してエネルギー(ATP)を産生し、その炭素骨格を利用して核酸や脂肪酸などの細胞構成成分を合成します。
細胞が増殖を停止している場合は、細胞分裂のための細胞構成成分を作る必要がないので、取り込んだグルコースのほとんどをATP産生に使えるので、ミトコンドリアで酸素を使って二酸化炭素と水にまで完全に分解することができます。
一方、細胞分裂して増殖している場合は、細胞を増やすために細胞構成成分(細胞膜や核酸など)を合成する材料としてグルコースを使うため、必然的にミトコンドリアでの完全分解は抑制され、解糖系とペントース・リン酸経路でのエネルギー産生と物質合成が亢進することになるのです(下図)。

解糖系に依存したエネルギー産生は非効率的で、増殖には不利のはずですが、敢えてその方法をがん細胞が選択しているのには訳があります。
それは、核酸や脂肪酸やアミノ酸など細胞の分裂・増殖に必要な物質(細胞構成成分)を合成する材料として多量のブドウ糖が必要になっているからです。細胞は、解糖系やペントース・リン酸経路と言った細胞内代謝系によってブドウ糖から核酸や脂質やアミノ酸を作ることができます。つまり、エネルギー産生と物質合成を増やすという2つの目的を両立させるためにブドウ糖の取り込みが増え、解糖系が亢進しているのです。
 
【低酸素誘導性因子(HIF-1)が解糖系酵素を誘導する】
酸素があっても嫌気性解糖系が抑制されない理由の一つが低酸素誘導因子-1(HIF-1)が恒常的に異常に活性化していることです。
低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1; HIF-1)は、細胞が酸素不足に陥った際に誘導されてくる転写因子です。
正常では、このHIF-1は低酸素の状態になると活性化され、酸素があると不活性になります。
すなわち、HIF-1はαとβの2つのサブユニットからなるヘテロ二量体であり、βサブユニットは定常的に発現していますが、HIF-1αは酸素が十分に存在するときにはユビチン化して26Sプロテアソームで分解されて活性がなくなります。低酸素になるとHIF-1αは安定化し、核に以降し、遺伝子の低酸素反応エレメント(hypoxia response element)に結合し、低酸素に適応するための様々な遺伝子の発現を誘導します。

HIF-1は各種解糖系酵素、グルコース輸送蛋白、血管内皮増殖因子(VEGF)、造血因子エリスロポイエチンなど、多くの遺伝子の発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルの低酸素適応反応を制御しています。
HIF-1は低酸素だけでなく、がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-33キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されます。すなわち、増殖因子が受容体に結合してRasが活性化されるとPI-3キナーゼ、AKT、mTORの活性化を介してHIF-1は活性化されます。
つまり、がん細胞ではHIF-1の上流のシグナル伝達系のPI3K/AKT/mTOR経路が活性化されているため、低酸素がなくてもHIF-1が活性化しています
HIF-1は解糖系酵素の活性を高め、TCA回路に行く経路を抑制します。つまり、酸素があっても、低酸素状態のスイッチが切れないため、嫌気性の代謝が続くことになるのです。(HIF-1の活性化のメカニズムとHIF-1の阻害をターゲットにしたがん治療については267話参照)
HIF-1は解糖系酵素の発現を誘導し、活性を高める作用があるため、がん細胞では解糖系が亢進していると考えられています。
 
【がん細胞の解糖系を阻害する方法】
低酸素誘導因子-1(HIF-1)を阻害する方法としてシリマリンノスカピンがあります。
シリマリンはミルクシスルというキク科の植物の種子に含まれるフラボノリグナンで、肝細胞保護作用や肝機能改善作用の効果が科学的に証明されています。
HIF-1の阻害以外に、グルコーストランスポーターに作用してグルコースの取込みを阻害する効果やPI-33キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を阻害する効果も報告されています。
臨床試験では、前立腺がんなど複数のがんで、第2相レベルの臨床試験が行われているようです。
最近、シリマリンの抗がん剤作用を示す論文が増えています。安全性は極めて高く、安価でサプリメントとして販売されています。抗がん剤の副作用軽減効果も臨床試験で報告されているので、もっと使用されてよいサプリメントと言えます。
(シリマリンの抗がん作用についてはこちらへ
ノスカピンはケシに含まれるアルカロイドで、鎮咳剤として古くから使用されています。抗がん剤作用についても報告があり、HIF-1を阻害するという報告もあります(ノスカピンについてはこちらへ
メトホルミンはAMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)を活性化してmTORC1を阻害することによってHIF-1の活性を阻害する作用があります。(308話参照)
ケトン食カロリー制限や生薬の黄芩(おうごん)に含まれるバイカリンがAMPKを活性化する可能性も報告されています。(328話参照)
2−デオキシグルコースについては、341話346話で解説しています。解糖系を阻害する確実な効果があり、糖質制限やケトン食と併用すると抗腫瘍効果を高めることができます。
3−ブロモピルビン酸はヘキソキナーゼの阻害により解糖系を阻害します。動物実験のレベルでは確実は抗腫瘍効果が認められていますが、まだ臨床試験の結果は出ていません。(3−ブロモピルビン酸については次回まとめる予定)
生薬の紫根に含まれるシコニンの腫瘍性ピルビン酸キナーゼの阻害作用については266話で紹介しています。
安全性に問題がなく、効果が期待できそうな方法にクエン酸を1日30~45グラム摂取するという治療法が報告されています。
クエン酸は柑橘類に多く含まれる有機酸です。柑橘類を多く摂取することは多くのがんの食事療法で採用されています。
柑橘類ががんや心疾患の予防に役立つことは多分正しいと言えます。
ただ、最近の果物は甘味を増やすことが重視されており、大量に摂取すると果糖の摂取過剰が気になります。
そこで安価に販売されている粉末の精製したクエン酸を使ってがんの治療を行います。
酵素反応ではできた産物が多くなると、その物質がフィードバックで酵素活性を阻害して、反応を止めるメカニズムがあります(フィードバック制御)。解糖系では、3ヶ所(3つの酵素)でフィードバックの調節が行われます。
ヘキソキナーゼグルコース6リン酸がアロステリックに阻害し、ホスホフルクトキナーゼクエン酸ATPで阻害され、ピルビン酸キナーゼATPで阻害されます。
クエン酸はTCA回路(クエン酸回路ともいう)でできる物質で、これが多くできると解糖系の速度を遅くするために、クエン酸が解糖系のホスホフルクトキナーゼを阻害するというメカニズムです。
メキシコの小児科医のハラベ医師(Dr. Alberto Halabe Bucay)がクエン酸の大量投与によるがん治療による著効例を論文で報告しています。今まで80人以上の末期がんの患者さんをクエン酸の経口摂取で治療して、多くに効果を認めたと言っています。
そのプロトコールは、1日3回、毎食後に10~15gのクエン酸を摂取という方法です。
クエン酸で胃が刺激になるときは、胃酸の分泌を抑えるオメプラゾール(40mgを1日2回)、胃痛や胃部不快感があるときはさらに1~2gのスクラルファート(アルサルミン)を服用すると良いと言っています。
実際試してみましたが、水かジュースに飲めるレベルに薄めて飲むと、酸っぱいけど、服用する事自体は困難ではありません。
ダイエットや健康増進の目的でクエン酸を数十グラム程度摂取している人は結構いることがネットでみると分ります。クエン酸水の作り方のサイトもあります。
ハラベ医師ががんのクエン酸療法の論文を紹介しているビデオがYouTubeで出ています。
以下のサイトをご参照下さい。
 
 
粉末のクエン酸は1kgが1000円以下で購入できるので、試してみる価値はありそうです。
クエン酸は細胞質でアセチルCoAに変換して脂肪酸合成に利用されます。(343話参照)
しかし、グルコースの取込みと解糖系を確実を抑制すれば、脂肪酸合成酵素の活性は抑制できるので、クエン酸の大量摂取ががんを抑制する可能性は十分にあります。
糖質制限あるいはケトン食を行いながら、シリマリン、2-デオキシグルコース、メトホルミン、クエン酸などを併用すると、解糖系を効率的に阻害できるかもしれません。
前回(352話) 紹介した「がん細胞に酸化ストレスを高める方法」を併用するとさらに抗腫瘍効果が高まるように思います。

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