64) 医茶同源:緑茶のがん予防効果について

図:緑茶にはがん予防効果があることが報告されている。緑茶に含まれるエピガロカテキンガレートなどのカテキン類ががん予防効果の薬効成分と考えられているが、がん予防の目的でカテキンをサプリメントで摂取することの有用性については議論がある。

64) 医茶同源:緑茶のがん予防効果について

【緑茶を習慣的に飲んでいる人たちはがんが少ない?】
茶を習慣的に飲んでいる人たちはがんが少ないことが知られています。例えば、緑茶の生産量が一番多い静岡県ではがん死亡率が低く、同じ静岡県内でも、お茶の産地では特に胃がんの死亡率が低いと言われています。
埼玉県立がんセンターが埼玉県内の住民を対象に緑茶ががんの発生にどうかかわるかを調査し、
緑茶を一日10杯以上飲む人は、飲まない人に比べて、がん罹患率全体で1/2、肺がんに関しては1/3にリスクが減少することを報告しています。またがんに罹った人の診断時の年齢を比較すると、緑茶を一日10杯以上飲んでいるグループでは、飲んでいないグループに比較して5年以上がん罹患時年齢が高いことがわかりました。つまり、緑茶飲用によりがん発生が5年以上遅延化することが示されています。
乳がん患者の手術後の再発と緑茶の摂取量との関係を、愛知がんセンターで治療を受けた1160人の乳がん患者で検討した結果、
stage Iの早期のがんの場合には、1日に3杯以上の緑茶を飲んでいる人は、がんの再発が統計的に明らかに抑えられました(43%に抑制)。
しかし一方、この定説化した効用に疑問をはさむ研究結果も発表されています。東北大学が宮城県内の40歳以上の男女約26000人を1984年から9年間調査した結果では、お茶を何杯飲んでもがんを予防する効果は期待できないという結論でした。
しかし、さらに最近の大規模疫学調査では、一部のがんについて緑茶のがん予防効果を認める研究結果が出されています。
厚生労働省の研究班(班長=津金昌一郎・国立がんセンター予防研究部長)の大規模調査によると、
緑茶をよく飲む男性ほど、進行性の前立腺がんになる危険性が下がることが明らかになっています。緑茶を1日5杯以上飲む習慣がある人は、1日1杯未満の人に比べて、前立腺がんになる確率自体は変わらなかったものの、進行性のがんに発展する危険性は52%に減ったということです。
同じ研究フループによる大規模疫学研究では、
1日の5杯以上の緑茶を飲む女性は1杯未満の人に比べて、胃がんのリスクが半分になるという結果も報告されています。
このように、研究によって緑茶のがん予防効果は一致していませんが、日頃からお茶を飲むことが健康に良いことと、一部のがんの発生予防に効果があることは間違いないと思います。

【緑茶は抗酸化物質の宝庫】
活性酸素やフリーラジカルの害を弱めることはがんの発生や進展の予防につながります。緑茶には
カテキン類(エピガロカテキンガレートなど)やビタミンCなど抗酸化作用やラジカル補捉作用を持つ成分を多く含んでいます。
カテキン類は
ポリフェノールという抗酸化剤の仲間であり、水溶性であることからビタミンCとならんで体液中での抗酸化作用に大きな役割を果たします。茶ポリフェノールは乾燥茶葉中に約15%含まれ、通常の喫茶一杯で100 mg摂取されるといわれています。したがって一日10杯以上のお茶は、一日1g以上の抗酸化性のポリフェノールを摂取していることになります
最近はお茶の葉をそのまま食べる食葉の有効性も指摘されています。お茶の葉にはビタミンE,ベータカロテン,食物繊維などがん予防効果のあるものが多く含まれており、これらは熱湯で抽出できないため、単にお茶として飲むより、茶葉をまるごと食べるとそのがん予防効果はさらに上がることが指摘されています。したがって、
茶の粉末を用いる抹茶はがん予防にさらに有効と考えられます。
多くの研究は緑茶のポリフェノールのエピガロカテキンガレートのがん予防効果が中心になっていますが、紅茶のポリフェノールのテアフラビンにもがん予防効果が報告されています。研究によっては、緑茶より紅茶のほうがよりがん予防効果があるという結果もあります。
日頃からお茶を飲むようなライフスタイルは多くの病気の予防によいことが判っており、
医茶同源という言葉も使われています。世界中にはいろいろなお茶があり、また、健康増進を目的として生薬や種々の天然物を使用したお茶もあります。植物の葉や実を熱湯で抽出して飲むので漢方薬と同じ考えと言えます。
漢方薬にがん予防効果があるのは、緑茶と同じように、抗酸化作用や免疫増強作用などの成分を多く含むからだと考えられています

【緑茶抽出物より茶を飲む習慣が重要】
お茶からポリフェノールだけを抽出したものが、がん予防の健康食品として販売されています。たしかに、緑茶のがん予防効果の多くは
エピガロカテキンガレートなどの茶ポリフェノールによるものですが、お茶の成分のエピガロカテキンガレートのみを利用するより、お茶の葉全体を利用したほうが、その効果や経済性や安全性などの面から、より有用であるという指摘もあります
また、
豊富ながん予防成分という物質的な側面だけでなく、緑茶のかすかな苦味と微妙な芳香によって飲む人の気分をくつろがせ、リラクセーション効果を持つこともがん予防には関連しているかもしれません。つまり、喫茶が精神的なリラックスやゆとりを生活の中で作り出す手段の一つとして日常生活の中に習慣的に取り入れることも大切です。
茶は、中国原産のツバキ科の常緑小低木、チャ(茶:Camellia sinensis)の葉を乾燥したものです。中国では紀元前10世紀の周の時代にすでに薬用として利用されはじめ、次第に嗜好品としても飲用されるようになりました。
お茶が日本に伝来したのは平安時代の初期、西暦800年ごろで、唐に留学していた僧侶たちが持ち帰ってきたのが最初といわれています。当時は嗜好品ではなく、薬として紹介され、広まっていったことが明らかになっています。鎌倉時代に著されたお茶の薬効書『喫茶養生記』には、茶は養生の仙薬(不老長寿の薬)であって、服用することによって寿命を延ばすことができるという薬効が記述されています。現代医学的手法によって緑茶のがん予防効果が近年証明されていますが、緑茶が健康によいことは、長い経験の中からかなり古い昔に既に見い出されていたことです。
もともと薬として伝来した茶が、喫茶という生活習慣の中で利用されるようになったのは、精神的リラックスにもよいことが経験的に分かったからではないでしょうか。したがって、
お茶を飲んで一日何回かリラックスするという効果も、お茶のがん予防効果に寄与している可能性があります。
緑茶抽出物をがん予防剤として摂取するより、1日10杯程度のおいしい緑茶を心のゆとりをもって飲むことを生活習慣にすることががん予防の基本と思います
。 

【西洋医学の心身2元論と要素還元主義のがん予防対策の弊害】
緑茶抽出物にがん予防効果があるという実験結果から、緑茶抽出物を用いた臨床試験も行われています。しかし、前述のように緑茶を多く飲んでいる人の発がん率低下を全て緑茶の成分だけで説明して良いのかという疑問も出されています。緑茶を多く飲む習慣は、精神的なリラックスやゆとりを生むことと関連しているかもしれません。精神的ストレスが発癌を促進する可能性が指摘されているため、
単に緑茶抽出物だけでがん予防を行おうとする発想は、いかにも心身2元論からなる西洋的パラダイムの弊害のような気もします。
もともと薬として伝来した茶が、喫茶という生活習慣の中で利用されるようになったのは、精神的リラックスにもよいことが経験的に分かったからではないでしょうか。したがって、お茶を飲んで一日何回かリラックスするという効果も、お茶の癌予防効果に寄与している可能性もあります。したがって、服用を簡便にするため、緑茶抽出物を将来の癌予防剤として開発するというやり方はいかにも要素還元的で短絡的であり、ほんとうの病気の予防の方法としては間違っているように思います。抽出物を製造する費用をかけたうえに、その効果が減少するとしたら、これほど無駄なことはありません。
やはり、
がん予防は食事やお茶の内容が大切であり、医食同源や医茶同源といった考え方が基本になるべきだと思います。

(文責:福田一典)


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