63) 食品の三次機能と医食同源

図:食品には生体機能を調節する機能があり(食品の三次機能)、この食品の三次機能の研究から健康食品が開発されている。一方、中国医学では、食品や天然物の生体調節機能に古くから気づき、薬として利用してきた。

63) 食品の三次機能と医食同源

【漢方医学の基本は医食同源思想にある】
食品には三つの機能があると言われています。それは(1)栄養の供給源としての機能(一次機能)、(2)色、味、香など嗜好を楽しむものとしての機能(二次機能)、(3)免疫系や内分泌系などの生体機能を調節する機能(三次機能)です。
従来食品には、「栄養源(一次機能)」と「食べる楽しみ(二次機能)」の二つが重視されてきました。しかし最近の研究では、食品には免疫や内分泌や神経などの生体機能を調節する機能を持つ成分が含まれていることが証明され、食品の三次機能が重視されるようになりました。
つまり、食品は栄養面だけでなく、生理活性面でも作用することにより、病気の予防、治療、病後の回復などにも寄与していることが明らかになり、
健康食品機能性食品といった食製品が開発されるようになりました。
西洋医学の栄養学が、このような食品の生体調整機能(三次機能)に気がついたのは最近のことですが、中国医学(漢方医学)では、食品の生体調節機能について少なくとも二千年以上前から知っていました。
たとえば、ネギは発汗・利尿作用があり、梨は咳止めの効果を有し、ホウレンソウは補血作用があるといった食品の効能・効果については、二千年以上前の古典書物にすでに記載されています。
漢方薬で使用される生薬の薬効も、このような食材の効能の知識の延長上にあり、漢方薬による治療も、医食同源の考えかたで成り立っています。
中国の漢の時代(約2000年前)にまとめられた『黄帝内経』という中国医学の概念の基本を作った書物には、「
五穀、五畜、五果、五菜、これを用いて飢えを満たすときは食といい、それをもって病を治すときは薬という」と記述されています。
昔の中国では、治療家を、食医、瘍医、疾医、獣医と区別した時代がありました。瘍医は外科的治療を、疾医は内科的治療を施し、食医は食物の誤りを是正して病気を治療する食養生を行なう者です。この医制の序列において第一に食医を置いているのは、古代から中国医学では、毎日摂取する食物のいかんによって病気になるということを非常に重要視していたことを示しています。

【がん予防における食養生の有用性】
がん予防における食生活の重要性が西洋医学において認識されだしたのはごく最近のことです。アメリカでは1970年台に、当時のニクソン大統領により、国家的プロジェクトとして食生活とがんの発生の関連性を科学的な立場から解明しようという動きが始まり、その後の膨大な研究の成果がまとめられてきました。
そして、
西洋医学による分析的手法での研究結果の多くは、中国の医食同源の思想あるいは食養の考え方を支持するものでした。つまり、がん予防に有効な食品として認められた食品の多くが、漢方薬や薬膳などで利用されていたものでした。
中国の思想をひきついでいる日本の食習慣も、がん予防の観点からその良さが証明されています。
「日本伝統食から塩分を控えた」食事はがん予防食の理想である、という人もいます。食事の欧米化が日本におけるがんの増加の大きな要因であることは、いまや常識となっています。長い経験の積み重ねの結果生み出された中国や日本の食生活や食養生の知恵を、がん予防対策に応用することは極めて有用と思います。

【古典的な医食同源をさらに現代的に発展させるには】
西洋の食品の生体調節機能の捉え方と、東洋の医食同源の考え方は少し異なります。それは西洋医学の医薬品と東洋医学の漢方薬の違いとも共通しています。
近代西洋医学では、再現性と効率を重んじ、作用の強い、効果が確実な薬が良い薬であるという価値観があります。したがって、単一な化合物の中に特効薬を求める方向での薬の開発が行われ、食品の生体調節機能の研究からも、病気の予防に治療に有用な成分を分離し、それらを健康食品やサプリメントとして開発することが主体になっています。
一方、漢方では、体全体のバランスを考えながら、体に備わる自然治癒力を高めるという観点から、食物や薬用植物の利用法を追及しています。つまり有効成分を分離するのではなく、種々の有効成分を含む食物や薬草を組み合わせることにより、体に対する害を少なくし、効き目を増強する方法や知恵を蓄積してきました。
例えば、
薬膳とは、中国伝統医学(中医学)の理論に基づいて作られた料理や献立をいい、体に良い食材や生薬を用い、料理としての味わいはもちろん、病気や栄養、季節、体質などを考え合わせた食療療法です。日常の食物によって健康を維持し、病気を治し、長寿を保つという薬食同源の思想に基づいた食養生の考え方が基礎となっています。
東洋医学の食養生には、五味(甘・辛・鹹・苦・酸)の調和、陰陽や寒熱のバランス、季節に従い自然のままの食事(一物全体食、身土不二)、腹八分目など様々な知恵が蓄積しています。しかし、東洋医学の食養には、観念的要素が多く物質的根拠をもった説明に乏しい、という欠点もあるように思います。
一方、西洋における栄養学および医学は、食品の生体調節機能(三次機能)に気付いたあと、膨大な科学的検証を行って、病気と食事の関係について、物質的根拠をもって明らかにしています。食事と病気との関係や、食品の三次機能についても、科学的にまとめられ、作用メカニズムと物質的根拠に関しては西洋医学・現代栄養学のほうが優れているようです。この点において、東洋医学の食養は現代栄養学に遅れをとってしまった感じがします。
日頃の食生活においては東洋医学の食養の知恵を生かしながら、さらに現代栄養学の科学的知識によって裏付けされたサプリメントや機能性食品(健康食品)を活用すれば、より効果の高い科学的な医食同源が実践できるように思います
漢方の長い歴史のなかで、一つの理論、一つの判断の正確さを証明するためには、「人体実験」しか方法はありませんでした。多くの食医たちはその生涯をかけて研究し努力を注ぎ、そして膨大な資料を残しました。このように、漢方の有用な点は、長い時間をかけ、そのなかから生き残った真実だけを伝えているということにあります。気の遠くなるような壮大な年月をかけた臨床経験に基づいているため、本当に信ぴょう性のあるものだけが後世に継承されている強みがあり、現代栄養学が持ちえない長所を備えていると思います。

国立がんセンターが作成した「癌予防のための12ヵ条」や、米国癌研究財団などから発表されている、癌予防に有効な食生活やライフスタイルに関する勧告は、食事内容のバランスの重要性、野菜や果物の摂取、適度な運動、禁煙などが中心となっています。そして、その内容のほとんどが、江戸時代の儒学者、貝原益軒の「
養生訓」に既に記載されていることに改めて驚かされます。「養生訓」は貝原益軒自身の経験を通しての具体的な養生法を、ごく平凡に語っているのですが、その基本思想は中国の医学や哲学にあります。
国立がんセンターや米国癌研究財団からの癌予防のための勧告は、膨大な科学的な研究成果に基づいた結論ですので、この事実は、東洋医学の思想が現代における癌予防の対処法として間違っていないことを示すものと言えます。
米国癌研究財団から発表されている癌予防のための食生活やライフスタイルに関する勧告では、具体的数値を挙げて説明しています。もちろんこれらは栄養学的にも実験的にも確かめられた科学的根拠に基づいているため理論的には正しいのですが、普遍性を追及するあまり、その内容は総論的です。東洋医学が有する食養に関する経験や伝統的な知恵といったものを各論的に取りいれるともっと良いものになるのではないかと思います。食物の取り方はその人の体質、年齢、気候、土地の風土などによりさまざまであり、万人同一というわけには行かないという点が大切です。

がんの3分の1は食事の改善で予防できるといわれており、東洋医学の根本的な思想である医食同源思想とそれに基づいた食養学の知識は、がん予防の観点からも非常に参考になると思われます。東洋医学の食養の思想に、食品の三次機能に関する現代栄養学の知識の裏付けを加えることにより、より科学的な医食同源が実施できると考えられます。

(文責:福田一典)


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