248)乳がん患者のQOLを改善するカワラタケ+丹参の相乗効果

図:カワラタケに含まれる蛋白結合多糖は免疫細胞を直接的に活性化し、丹参は血液循環改善作用や抗酸化作用や抗炎症作用などによって間接的に免疫力を高めると同時に、直接的な抗腫瘍効果(アポトーシス誘導作用、上皮間葉移行阻害作用など)も持つ。この2つを組み合わせると、がん治療の副作用軽減、抗腫瘍効果の増強、QOL(生活の質)の改善などの相乗効果が期待できる。

248)乳がん患者のQOLを改善するカワラタケ+丹参の相乗効果

【臨床試験で有効性が認められたカワラタケ+丹参のQOL(生活の質)改善作用】
香港では、キノコのカワラタケに含まれる蛋白結合多糖と生薬の丹参(タンジン)を組み合わせた生薬製剤ががん治療に使用されています。例えば、以下の論文では、カワラタケと丹参の2つを組み合わせた生薬製剤が乳がん患者のQOL(生活の質)の改善に効果があるという臨床試験の結果が報告されています。

 [論文タイトル]
The efficacy of herbal therapy on quality of life in patients with breast cancer: self-control clinical trial(乳がん患者の生活の質に対するハーブ治療の有効性:前後比較試験)Patients Preference and Adherence 4: 223-229, 2010

 【論文の要旨】
背景:ハーブ治療(漢方治療)が、がん患者の不安感の軽減や、治療の副作用の軽減、回復の促進に有効であることを示す証拠は多く報告されている。この臨床試験は、カワラタケと丹参を組み合わせた生薬製剤が乳がん患者のQOL(生活の質)の改善に効果があるかどうかを検討するために行った。
方法:多施設、縦断的解析、前後比較試験にて検討した。82例の乳がん患者にカワラタケと丹参の成分が入ったカプセルを6ヶ月間投与し、生活の質(QOL)、体力の状態、副作用について検討した。個々の症状や体力の状態を0~100%のスケールで評価する方法で、服用前と服用6ヶ月後の数値を比較した。患者は全て手術を受け、約80%は抗がん剤や放射線治療を受けて終了している。治療終了後平均31.7週が経過した時点で臨床試験が開始されている。患者の70.7%はホルモン療法を継続中。
結果:カワラタケと丹参の投与によって、身体症状や精神的状態の明らかな改善を認め、その差は統計的に有意であった。この生薬製剤の投与によって、倦怠感が軽減し、睡眠が良くなり、食欲が増進し、便通が良くなり、精神状態が安定した。副作用に関しては、咽頭痛(13.4%)や口の乾き(9.8%)などごく軽微な副作用症状が見られた程度であった。
結論:この臨床試験の結果は、乳がん患者における生活の質(QOL)と体力(vitality status)の改善におけるハーブ治療の有効性を示している。がん患者における精神的ストレスの緩和においても、ハーブ治療が役立つ可能性が示された。さらに、乳がん患者に対してハーブ治療は臨床的に安全に実施できることが示された。

上記の論文における臨床試験は、香港中文大学(Chinese University of Hong Kong)を中心とした多施設参加の臨床試験です。
乳がん患者は、がんという病気に対するストレスや不安感に加えて、治療を受ければ、その副作用(吐き気、倦怠感、更年期症状、リンパ浮腫など)によって生活の質(QOL)や体力・気力が低下しています。このような症状や状態の改善や回復の促進という観点から、ハーブ治療の有効性を示す証拠は数多く報告されています。
この臨床試験で使用されている生薬製剤は、カワラタケから抽出した蛋白結合多糖(polysaccharopeptide:PSP)丹参エキスをカプセルに入れた製剤で、1日投与量は、100% PSPが50mg/kg、丹参エキスが20mg/kgとなっています。
今回紹介した論文の臨床試験はself-control clinical trialという方法で、日本語では「前後比較試験」と言われ、薬を服用する前と服用後(この臨床試験では6ヶ月後)の状態を比較するものです。薬を飲んだというプラセボ効果の関与が否定できないため、臨床試験の信頼度としては低いと言わざるを得ません。
この臨床試験は当初はプラセボ比較ランダム化二重盲検試験で行う予定でしたが、患者の多くがすでに再発予防の目的でハーブ製剤の健康食品などを服用しており、プラセボ(偽薬)を投与されることに対する不安感を訴える患者が多く、倫理的にプラセボを使った臨床試験の実施は困難ということで前後比較試験になったと記載されています。
このカワラタケ多糖と丹参を組み合わせた生薬製剤を使ったプラセボ比較ランダム化臨床試験も行われており、免疫力を高める効果、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減する効果が報告されています。カワラタケ由来の蛋白結合多糖と丹参の組み合わせは、免疫力の増強や、QOLの改善に効果を目的に試してみる価値はありそうです。

【カワラタケと丹参の相乗効果】
カワラタケ(瓦茸:Coriolus versicolor)は広葉樹の枯れ木や切り株などに多数群がって生えるキノコです。柄はなく、扇形の傘だけが名前のごとく屋根瓦のように重なって生えます。色は様々で,生育時期の環境によるのか年輪状に縞になっています。その形から英語ではTurky Tails (七面鳥の尻尾)やRainbow bracket (虹の棚)という呼び名もあります。
世界中に分布し、枯れ木があれば普通に見られます。カワラタケの菌糸体から見つかった蛋白結合多糖(ベータグルカンに蛋白が結合)はクレスチンという商品名でがん治療薬として使用されています。
クレスチンは免疫力を高める効果があります。単独での抗腫瘍効果は弱いのですが、抗がん剤治療による免疫力低下を予防し、生存期間を延長させる効果が複数の臨床試験で示されています。
サルノコシカケ科の霊芝などのキノコや、ベータグルカンなどが抗がん作用のあるサプリメントとして販売されていますが、これらもクレスチンと同様に、免疫力を高めることによって、がん細胞の増殖を抑え、抗がん剤や放射線治療の副作用を軽減し、生存期間を延ばす効果が期待されています。
一方、タンジン(丹参:Radix Salviae Miltiorrhizae)は、シソ科のタンジンの根で、その薬効は約2000年前の神農本草経にすでに記載されており、中医学や漢方で古くから使用されている生薬です。
抗炎症作用や抗酸化作用や血液循環改善作用や線維化抑制効果などがあるので、慢性肝炎や心筋梗塞や腎臓疾患の治療に使用されています。さらに近年は、丹参の抗がん作用が注目されており、丹参に含まれる抗がん成分や作用機序の報告が増えています。
血液循環を良くする作用などによって、カワラタケの蛋白多糖による免疫力活性化をさらに増強する効果が示唆されています。また、タンジンにはシクロオキシゲナーゼ-2発現抑制などの抗炎症作用があり、このような効果も抗腫瘍免疫を高めることが期待できます。
つまり、カワラタケの蛋白多糖と丹参を併用すると、相乗的に免疫力を高め、さらに、抗酸化作用や抗炎症作用や直接的な抗腫瘍効果なども加わって、QOLの改善や再発予防効果が高めると思われます

【丹参+黄耆+ベータグルカン+COX-2阻害剤】
がんの漢方治療を考えるとき、経験から得られた知識に加えて、実験で得られた研究結果などをヒントに処方や治療法を考えると、より効果の高い漢方治療ができるかもしれません。
様々なキノコが2000年以上前から漢方治療で使われ、さらに世界各国の伝統医療や民間療法で使用されているのは、病気の治療に使って効果があることが経験的に知られていたからです。近代になって、その中に含まれる多糖(ベータグルカンなど)などの活性成分が同定され、作用機序が研究され、サプリメントや医薬品としても使用されています。
タンジンも2000年以上前からその薬効が経験的に知られ、肝臓や心臓などの病気の治療に広く用いられていきました。さらに近年では、がん治療においてもその有効性を示す報告が多くあります。
例えば、丹参の主要成分であるSalvianolic acid B上皮-間葉移行を阻止して、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果があることが報告されています。したがって、抗がん剤治療や放射線治療中の漢方治療に丹参を多く使用することは、がん細胞の上皮-間葉移行の抑制による転移が浸潤の予防に役立つ可能性が示唆されます。(199話参照)
また、丹参はシクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)の発現を抑制するので、COX-2阻害剤のcelecoxib(商品名 セレブレックスまたはセレコックス)と併用して抗腫瘍効果が高まります。(200話参照)
COX-2の阻害は、がんに対する免疫力を高める効果もあるので、ベータグルカンの免疫増強作用をさらに高めます。(くわしくはこちら
丹参と黄耆の組み合わせが、抗がん剤治療の副作用軽減や倦怠感の緩和に有効であることが報告されています。(201話参照)
黄耆は免疫増強作用があり、抗がん剤の副作用を軽減する効果が報告されています。丹参は抗がん作用があります。黄耆と丹参の組み合わせが、TGF-b/Smadのシグナル伝達によって活性化される肝臓がんの浸潤能を阻害する作用も報告されています。(J Gastroenterol Hepatol 25(2):420-6. 2010年)さらに慢性疲労や倦怠感の改善に効果があるので、抗がん剤や放射線治療の副作用緩和と抗腫瘍効果の増強を目的とする漢方薬に黄耆と丹参の組み合わせは有効性が期待できそうです。

以上のように、2000年以上の臨床経験に加えて、近年の基礎研究や臨床試験の結果を総合すると、生薬の丹参と黄耆に、カワラタケ(あるいは霊芝や梅寄生などのサルノコシカケ科のキノコ)あるいはベータグルカン製剤やクレスチンのような蛋白多糖など、さらにCOX-2阻害剤のcelecoxib(商品名:セレブレックスやセレコックス)の組み合わせは、抗がん剤や放射線治療中の副作用軽減と効果増強、再発予防、がん細胞の増殖抑制において、その有効性が論理的に納得できます。
漢方薬だけでの治療を考えるとき、COX-2阻害作用のあるウコン黄柏を加えたり、免疫増強作用のあるサポニン類を含む高麗人参などを追加すると、クレスチンやCOX-2阻害剤(セレブレックスなど)を併用しなくても、漢方治療だけで目的を達成することもできます。
このように、がんの漢方治療は、観念的・抽象的な中医学の理論の固執するのではなく、科学的な実験結果や臨床試験の結果などをヒントに改良すると、経験だけでは得られない有効性の高い処方を作ることができます。


乳がんの漢方治療については、こちらへ


(漢方煎じ薬についてはこちらへ

  

 

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