がんの予防や治療における漢方治療の存在意義を考察しています。がん治療に役立つ情報も紹介しています。
「漢方がん治療」を考える
880)カンナビジオールとがん治療(その3):カンナビノイド受容体CB1に対する作用
図:(左)Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はカンナビノイド受容体CB1の強力な部分アゴニスト(partial agonist)で、CB1受容体を活性化する作用が大麻摂取の主な向精神作用に関与する。(右):カンナビジオール(CBD)は CB1のネガティブ・アロステリック・モジュレーター(negative allosteric modulator)であり、CB1 受容体に結合してCB1の形状を変化させ、THCに結合する親和性を弱める。
880)カンナビジオールとがん治療(その3):カンナビノイド受容体CB1に対する作用
【内因性カンナビノイドシステムをターゲットにしたがん治療の可能性】
大麻が病気の治療に役立つ最大の理由は、大麻成分が内因性カンナビノイド・システムに作用するからです。
大麻に含まれるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はカンナビノイド受容体の鍵穴に合う偽鍵のようなもので、内因性カンナビノイドと同じようにカンナビノイド受容体のCB1とCB2に結合してシグナルを伝達します。
THCはCB1とCB2受容体を介して、エイズや進行がんの患者の食欲増進や体重増加の作用を発揮します。
カンナビノイド受容体タイプ1(CB1)は中枢神経系において様々な神経伝達調節を行っており、記憶・認知、運動制御、食欲調節、報酬系の制御、鎮痛、脂肪代謝など多岐にわたる生理作用を担っています。
カンナビノイド受容体タイプ2(CB2)は免疫細胞や白血球に多く発現し、免疫機能や炎症の制御に関与しています。
CB1は中枢神経系に多く発現し、CB2は免疫細胞に多く発現していますが、カンナビノイド受容体(CB1とCB2)は多くの組織の細胞に存在し、多彩な生理機能の調節に関与しています(下図)。
図:内因性カンナビノイドのアナンダミドと2-アラキドノイルグリセロールはカンナビノイド受容体のCB1とCB2に作用して様々な作用を発揮する。CB1とCB2は様々な臓器や組織に分布している。
がん治療における医療大麻の有用性は多くの報告があります。
鎮痛、食欲増進、吐き気・嘔吐の緩和、睡眠障害の改善、抑うつや不安感の軽減、体重増加(消耗状態の改善)など、緩和ケアにおける症状改善や抗がん剤の副作用軽減の目的で有効な作用が証明されています。
しかし、THCあるいはTHCの入った大麻製剤は日本では使用できません。THCは麻薬として禁止されています。
医療大麻と同様な薬効を期待しようとすると、THCの入った大麻や合成THC製剤を使わない方法でCB1とCB2を活性化する方法を追求する必要があります。
カンナビジオール(CBD)は食品(サプリメント)の取り扱いで販売されており、CB1を間接的に活性化する目的で利用できます。
カンナビジオールは、内因性カンナビノイドのアナンダミドの分解を阻害して血中濃度を高め、抗不安や抗うつ作用や食欲増進などの効果を発揮すると考えられます。CBDは緩和ケアや抗がん剤の副作用軽減に役立つ可能性が指摘されています。
【カンナビノイド受容体はGタンパク質を介して外部の情報を細胞内に伝える】
受容体(レセプター)は脂質二重層の細胞膜を貫通するように存在し、細胞外の刺激や情報を細胞膜で囲まれた細胞内部に使える役割を担っています。
受容体の細胞外側には、特定のシグナル分子(ホルモンや増殖因子や医薬品など)が結合できる「鍵穴」のような構造が存在し、その鍵穴にシグナル分子が結合すると、それが引き金になって様々な化学反応を細胞内で引き起こす働きを持っています。
この連鎖的な反応を通じて情報が細胞内に伝達され、最終的に特定の機能をもったタンパク質の遺伝子発現を促進したりして、細胞の生理機能の変化を引き起こします。このような一連の経路をシグナル伝達経路と呼びます(図)。
図:細胞は脂質二重層から成る細胞膜によって細胞外と細胞内が分けられている。細胞膜を貫通するように存在する受容体に特有に結合するシグナル分子(リガンド)が結合する(①)と、その受容体は活性化し(②)、連鎖的な化学反応を引き起こす(③)。このようなシグナル伝達によって細胞外の情報が細胞内に伝達され、最終的に特定の機能を持った遺伝子の発現や酵素の活性化などによって、細胞機能に変化が生じる。
細胞膜受容体には多くの種類が知られていますが、そのうちもっとも大きなグループを構成しているのがGタンパク質共役型受容体(G protein coupled receptor : 略してGPCR)です。
α-ヘリックスというらせん構造で親油性の部分が、細胞膜(脂質二重層)を内外に行ったり来たりを7回繰り返しているので「7回膜貫通型受容体」という名称でも呼ばれます。
GPCRが活性化されると、細胞内のGタンパク質と呼ばれるタンパク質を介してシグナルを細胞内に伝達するために、「Gタンパク質共役型受容体」という名前がつけられています。
Gタンパク質はグアニンヌクレオチド結合タンパク質の略称です。Gタンパク質はα、β、γの3つのサブユニットから構成される複合体(三量体)を形成しています。
Gタンパク質は通常、GDPが結合した状態で存在していますが、この状態のGタンパク質は不活性型であり、作用を現しません。GPCRにリガンドが結合して活性化されると、GDP(グアノシン二リン酸)が遊離してGTP(グアノシン三リン酸)が結合して活性型となって細胞内のシグナル伝達を引き起こします。
Gタンパク質の活性化は数百種類にも及ぶセカンド・メッセンジャーの産生を制御します。例えば、アデニル酸シクラーゼに作用してATPからセカンド・メッセンジャーのサイクリックAMP(cAMP)への合成を制御します。ホスフォリパーゼCに作用して細胞膜脂質のホスファチジル・イノシトールからセカンド・メッセンジャーとして働くジアシルグリセロールやインシトール三リン酸の産生を制御します。
これらの作用は活性化されるGPCRの種類によって活性化される場合と阻害される場合があり、刺激されるGPCRの種類によって多様な作用を示します(図)。
図:Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は細胞膜を7回貫通する特徴的な構造から7回膜貫通型受容体とも呼ばれている。細胞膜を貫通する部分をつなぐ細胞外のループ状の部分にシグナル分子(リガンド)が特異的に結合する鍵穴様の領域が存在する。Gタンパク質は細胞膜の細胞内側に存在し、α、β、γの3つのサブユニットから構成される三量体を形成している。αサブユニットはGTP(グアノシン三リン酸)あるいはGDP(グアノシン二リン酸)のどちらかを結合できる。三量体のGタンパク質はGDPが結合した不活性な状態で細胞膜に存在している。GPCRにリガンドが結合するとGPCRの構造が変化して三量体Gタンパク質のαサブユニットのGDPが外れてGTPが結合する。GTPが結合して活性化状態になったGタンパク質αサブユニットは、受容体(GPCR)やβサブユニットやγサブユニットと解離して、酵素やイオンチャネルなどに作用して、その下流のシグナル伝達経路を活性化する。
GPCRは多くの種類の細胞に分布しており、光・匂い・味などの外来刺激や、神経伝達物質・ホルモン・イオンなどの内因性の刺激を感知して細胞内に伝達する役割を担っています。
例えば、光を感じて視覚に関わるロドプシン、におい物質に作用する嗅覚受容体、さまざまな生理現象を司る神経伝達物質(アドレナリン、ヒスタミン、セロトニンなど)の受容体などは全てGPCRの仲間です。
GPCRは酵母や原虫など単細胞の真核細胞でも外界の情報伝達に重要な働きを担っています。多細胞生物では進化の過程でさらに多くの種類のGPCRを持つようになっています。
人間ではGPCR遺伝子は1000種類以上が見つかっており、個々のGPCRは特定のシグナルに特異的に反応して生理機能を引き起こします。
GPCRはそのリガンド(受容体に結合して活性化する分子)に基づいて分類されますが、そのリガンドが特定されていないGPCRも多く知られています。これらをオーファン受容体(orphan receptor)と言います。orphanは「孤児」という意味です。
大麻草の成分のカンナビノイドが結合するカンナビノイド受容体はGタンパク質共役型受容体(GPCR)です。このカンナビノイド受容体に作用するシグナル分子(リガンド)は何らかの薬効や毒性を示すことになり、医薬品開発のターゲットとして可能性を持っています。
【大麻成分の相互作用(アントラージュ効果)】
大麻(Cannabis sativa)の成分として、現在までに500を超える化合物が分離・同定されています。
カンナビノイドというのは、大麻草固有の成分の総称で、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)、カンナビジオール(CBD)、テトラヒドロカンナビヴァリン、カンナビゲロール、カンナビクロメンなど100種類以上が見つかっています。
その他に、特有の香りと機能を持つ精油成分のテルペン類(リモネン、ミルセン、α-ピネン、リナロール、β-カリオフィレン、カリオフィレン・オキサイドなど多数)やフラボノイド、脂肪酸、ステロイドなどが含まれています。
大麻の薬効は多くの成分の総和として理解する必要がありますが、そのうちでも含有量と薬効の関係からカンナビノイドではΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)が重要で、テルペン類ではβカリオフィレンが中心に研究されています。
大麻の薬効成分の主体は、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)ですが、この2つは全く異なる作用機序を有し、相乗的に一部の効果を高めたり、一部の効果を相殺する場合もあります。
さらに、他のカンナビノイドや精油成分のテルペン類などもTHCやCBDの薬効に影響していることが指摘されています。このように大麻に含まれる複数の成分が大麻の薬効を調整していることを、アントラージュ効果(Entourage effect)と呼んでいます。「Entourage」というのは「側近」や「取り巻き」という意味です。
大麻からは600以上の天然成分が分離され、そのうち100以上がカンナビノイドに分類されています。THCとCBD以外に多くのカンナビノイドが存在し、さらにテルペン、アミノ酸、タンパク質、酵素、フラボノイド、ビタミン、ミネラル、脂肪酸など多くの成分が含まれています。これらの全てが薬効に関与しているので、大麻の治療効果はこれら全ての成分の相互作用で成り立っているという考えです。
医療大麻の場合、使用する大麻に含まれるTHCとCBDの比率によって現れる薬効が違ってくるという複雑さがあります。さらに、THCとCBD以外のカンナビノイドだけでなく、テルペン類などの他の成分の薬効も関与してくるので、さらに複雑になります。
このような複雑さが、大麻を薬として認めない理由の一つになっています。しかし、この複雑さが、大麻全体を利用する医療大麻が一部の成分を利用する合成カンナビノイドより有用性が高い理由でもあります。
図: Δ9-テトラヒドロカンナビノールはカンナビノイド受容体CB1とCB2のアゴニスト(作動薬)として作用し、テルペンのβ-カリオフィレンはCB2受容体の選択的アゴニストとしての作用を持つ。カンナビジオールはCB1の働きを阻害する作用があり、さらに5-HT1A、PPARγ、TRPV、TRPAなどの受容体やイオンチャネルなどに作用して効果を発揮する。大麻はこれらの複数の成分の相乗効果によって薬効を発揮する。また、これらの成分の比率の違いによって薬効も変化する。
【CBDはTHCの作用を阻害する】
カンナビノイド受容体(CB1、CB2)のアゴニスト(受容体に結合して作用を発揮する作動薬)になるΔ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)や合成THC製剤(ドロナビノール、ナビロン)や内因性カンナビノイド(アナンダミド、2-アラキドノイルグリセロール)は、カンナビノイド受容体に作用して精神作用や免疫調整作用や抗炎症作用など多彩な薬効を示します。
一方、THCと並んでカンナビノイドの主要な成分であるカンナビジオールは、カンナビノイド受容体(CR1、CR2)には結合しません。逆に、カンナビノイド受容体とそのリガンドの結合を阻害するアンタゴニスト(阻害剤)としての活性を持っています。
リガンド(受容体に結合して受容体を活性化する物質)と同じ働きをする薬をアゴニスト(agonist)、リガンドの働きを阻害する薬をアンタゴニスト(antagonist)と言います。つまり、カンナビジオールはTHCや内因性カンナビノイドの働きを阻止する作用があります。その結果、カンナビジオールはTHCの精神作用を減弱させて副作用を軽減する効果があります。
カンナビノド研究の初期にはカンナビジオールは大麻の薬理作用には関与しない成分と考えられていました。THCの薬効を邪魔するだけの作用しかないと思われていたのです。しかし、2000年代の研究によって、カンナビジオールがCB1やCB2以外の様々な受容体(5-HT1A, TRPV1, GPR55など)に作用して多彩な薬理作用を発揮することが明らかになっています。
図:脳内報酬系や薬物依存性や不安感や他の薬物の依存性において、Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はこれらを高める作用があり、カンナビジオール(CBD)は逆に抑える作用がある。したがって、この2種類のカンナビノイドの量の比率によって、脳内報酬系や依存性への効果が異なってくる。
【内因性カンナビノイド・システムは人間の三大欲求を制御する】
人間の三大欲求は「食欲」「性欲」「睡眠欲」とされています。これらは基本的な生物学的欲求であり、人間の生存と種の継続にとって不可欠です。
食欲(食物欲求)は生物としての生存のために必要な栄養素を摂取する欲求です。食欲は空腹時に高まり、栄養摂取によって満たされます。
性欲(性的欲求)は種の継続と遺伝的多様性を保つための欲求です。生物学的には繁殖を促すものです。
睡眠欲(睡眠欲求) は身体と精神の健康を保ち、日々の疲労を回復させるための休息を取る欲求です。睡眠は身体的、精神的健康に不可欠であり、睡眠不足は様々な健康問題を引き起こす可能性があります。
これらの三大欲求の制御に最も重要な役割を担っているのが内因性カンナビノイド・システムであり、特にCB1受容体の働きが重要です。
CB1の活性化は、人間の三大欲求(食欲、睡眠、性欲)を満たす効果があります。
CB1受容体を活性化すると不安や恐怖が軽減します。合成THC製剤が外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)の症状を改善することが報告されています。
CB1を阻害する薬剤は食欲を低下して体重を減少する効果がありますが、うつ症状が悪化し、自殺が増えることが明らかになっています。それはCB1阻害が脳内報酬系の働きを抑制するからです。
実際に、CB1のアンタゴニスト(阻害薬)が食欲を低下させて肥満の治療薬となるという考えでリモナバン(Rimonabant)という薬が開発され、発売になりました。
予想通りに食欲減退と体重減少の効果はあったのですが、抑うつや自殺企図の副作用が問題になって発売中止になっています。つまり、CB1の働きを阻害することは食欲を低下させる目的では有効ですが、うつ症状を増強することが確認されたのです。
CB1受容体を阻害するとうつ症状や不安感が強くなることが多くの動物実験モデルが示されています。
一方、CB1受容体を活性化すると不安や恐怖が軽減します。
脳内報酬系というのは動物が自分で積極的に行動したくなるモチベーションを与える仕組みです。つまり、やる気を出させる仕組みです。
食欲も脳内報酬系によって亢進します。この快感を得る仕組み(脳内報酬系)を抑制することは食欲を低下できますが、何もやる気が無くなって生きる意味を失わせるのです。
CB1の阻害は、人間の三大欲求(食欲、睡眠、性欲)を抑えることになり、生きている意味を見つけることができなくなり、自殺するということです。
つまり、CB1の活性化は自殺の予防にも効果が期待できます。
図:中脳の腹側被蓋野にはドーパミン作動性ニューロン(神経伝達物質としてドーパミンを放出する神経細胞)が多く存在する。側坐核は快楽中枢の一つで、腹側被蓋野のドーパミン投射を受け、大脳皮質の前頭前野に投射して快感を感じる。この神経経路は脳内報酬系と呼ばれている。モルヒネ、コカイン、ヘロイン、アルコール、ニコチン、カフェイン、THC(テトラヒドロカンナビノール)などの依存性を生じる薬物は幾つかのメカニズムで脳内報酬系のドーパミン放出を増強して快感を高める。
GABA(γアミノ酪酸)作動性ニューロンは脳内報酬系のドーパミンの放出を抑制していますが、モルヒネはGABA作動性ニューロンからのGABAの放出を抑制してドーパミンの産生を増やします。GABA作動性ニューロンを抑制すると中脳腹側被蓋野から出ているA10神経のドーパミン分泌が促進されて快感が増強することになります。
アルコールもGABA神経を抑制してドーパミンの放出を促進します。
大麻のTHCや内因性カナビノイドのアナンダミドもGABA神経を抑制してドーパミンの放出を促進します。
【アゴニスト、アンタゴニスト、アロステリック制御とは】
カンナビジオールはCB1受容体にアンタゴニスト(阻害剤、拮抗剤)として作用するので、基本的にはCB1の働きを阻害します。
一方で、カンナビジオールはアナンダミドの分解を阻害する機序で、アナンダミドによるCB1活性化を増強する作用があります。
したがって、カンナビジオールは単純なCB1阻害剤とは言えないようです。単純なCB1受容体阻害作用であれば、人間の三大欲求(食欲、性欲、睡眠欲)を阻害し、生きる意味を失わせることになります。不安やうつ症状を悪化させます。
カンナビジオールのCB1受容体に対する作用を理解するには受容体のアゴニスト、アンタゴニスト、アロステリック制御について理解する必要があります。
アゴニスト(agonist)は生体内の受容体分子に結合してリガンド(神経伝達物質やホルモンなど、特定の受容体に特異的に結合する生体内物質)と同様の機能を示す物質です。作動薬と訳されます。
一方、アンタゴニスト(antagonist)はアゴニストの反対の作用を示す物質です。生体内の受容体分子に結合してリガンド(神経伝達物質やホルモンなど、特定の受容体に特異的に結合する生体内物質)の働きを阻害する物質です。拮抗薬や遮断薬などと訳されます。
図:アゴニストは受容体に結合してシグナルを発生する。アンタゴニストは受容体に結合する力(親和性)を有するがシグナルを起こし得ない薬物であり、アゴニストと併用するとアゴニストの効果を減弱させる。
アンタゴニストがアゴニスト部位への結合でリガンドと競合する場合、競合的アンタゴニスト(competitive antagonist)と呼ばれます。アゴニストとアンタゴニストが受容体の同一の結合部位を競い合い、かつ可逆的な反応で、質量作用の法則に従います。
アゴニストの濃度を増していくと、競合的アンタゴニストは受容体から追い出されて、アゴニストが受容体を100%占有できるようになります。つまり、高濃度のアゴニストは競合的拮抗阻害を克服できます。
図:競合的アンタゴニストはアゴニストと受容体の同じ結合部位を可逆的に競い合う。結合部位における親和性と量によって占拠率が決まる。
一方、非競合的アンタゴニスト(noncompetitive antagonist)は、アゴニスト部位に高い親和性で結合したり共有結合したりするため、高濃度のアゴニストでも受容体を活性化することはできません。ある濃度の非競合的アンタゴニストが共存すると、アゴニストの最大効果は頭打ちになって、いくらアゴニストの濃度を上げても最大効果(100%)に達しません。
図:アンタゴニストが受容体のリガンド(アゴニスト)結合部位に強く結合するので、アゴニストの濃度を増しても、アゴニストの最大反応は100%に達しない。
部分アゴニスト(Partial agonist)は、薬物や化合物が特定の受容体に結合して活性化する際に、完全なアゴニスト(Agonist)よりも弱い効果を持つ物質を指します。アゴニストは受容体に結合して、その受容体の活性を増強し、特定の生理的な反応を引き起こします。一方、部分アゴニストも受容体に結合して活性化しますが、その効果は完全なアゴニストよりも弱いため、受容体の活性を完全に引き起こすことがありません。
部分アゴニストは、特定の病状や医療状況において、適切な受容体の調整や制御を必要とする場合に使用されます。例えば、ある病気の治療において、受容体の過剰な活性化を防ぎつつ、適度な刺激を与えるために部分アゴニストが使用されることがあります。部分アゴニストは、完全なアゴニストよりも安全性が高いことがあるため、副作用のリスクを減少させることができる場合もあります。
Δ9-テトラヒドロカンナビノール(THC)はカンナビノイド受容体CB1の部分アゴニスト(partial agonist)で、CB1受容体を活性化する作用が大麻摂取の主な向精神作用に関与します。
一方、カンナビジオール(CBD)は CB1のネガティブ・アロステリック・モジュレーター(negative allosteric modulator)であり、CB1 受容体に結合してCB1の形状を変化させ、THCに結合する親和性を弱める。
「アロステリック」とは 「別の形」 を意味する用語です。
酵素や受容体の形が変わることで酵素活性や受容体活性が変化することを「アロステリック調節」といいます。
酵素や受容体の構造の変化によって、活性が阻害される場合(アロステリック阻害)と促進される場合(アロステリック促進)があります。阻害剤の場合は、非競合的阻害になります。
図:受容体のアロステリック部位にリガンドが結合して受容体とリガンドの結合が促進する場合を「アロステリック促進」と言う。一方、受容体のアロステリック部位にリガンドが結合して受容体とリガンドの結合が阻害される場合を「アロステリック阻害」という。
【カンナビジオールはCB1受容体のアロステリック阻害剤】
受容体に作用する薬の多くは、受容体の活性部位をターゲットにしており,生体分子(リガンド)に代わって活性部位に結びつくことで,シグナル伝達を阻害したり増強したりする作用を発揮します。 このタイプの薬はシグナル伝達のオン・オフのスイッチの役割をします。
一方、アロステリック制御をターゲットにした薬は受容体作用の微妙な調節が可能なため、近年注目されています。
前述のように、アロステリック制御薬は受容体の活性部位とは別の場所に取りつき、受容体の形状を変化させることで活性の度合いを調節します。
カンナビジオールはカンナビノイド受容体CB1の非競合的阻害剤として作用しますが、カンナビノイド受容体CB1のアロステリック阻害剤であることが明らかになっています。以下のような報告があります。
Cannabidiol is a negative allosteric modulator of the cannabinoid CB1 receptor(カンナビジオールはカンナビノイド受容体CB1の負のアロステリック調節剤である)Br J Pharmacol. 2015 Oct; 172(20): 4790–4805.
【要旨】
研究の背景と目的:カンナビジオールはカンナビノイド受容体CB1のアンタゴニストとして作用することが報告されている。この研究では、カンナビジオールがCB1受容体の負のアロステリック調節によってCB1アゴニストの活性を阻害する可能性を検討した。
実験法:CB1受容体を異種発現するHEK293A細胞およびCB1受容体を内在的に発現する線条体ニューロンのSTHdh Q7 / Q7細胞モデルにおいて、CB1受容体の内在化、アレスチン2動員、PLCβ3およびERK1 / 2のリン酸化を定量した。細胞は2-アラキドノイルグリセロールまたはΔ9-テトラヒドロカンナビノールをそれぞれ単独、あるいは異なる用量のカンナビジオールとの併用で処理した。
主な結果:CB1受容体を異種性(HEK 293A)あるいは内在性(STHdh Q7/Q7)に発現している細胞において、カンナビジオールは、2-アラキドノイルグリセロールとΔ9-テトラヒドロカンナビノールの有効性と活性を、PLCβ3および ERK1/2依存性のシグナル伝達系を介して減少させた。CB1受容体へのアレスチン2の動員を減弱させることによって、カンナビジオールはCB1受容体の内在化を阻害した。
カンナビジオールのアロステリック調節の活性は、CB1受容体の細胞外部分のアミノ基末端部の98と107番の極性アミノ基に依存した。
結論と考察:カンナビジオールはCB1受容体に対して、非拮抗性の負のアロステリック調節剤として作用する。アロステリック調節は、CB1受容体とは関連ない効果と併せて、カンナビジオールの生体内での作用を説明できる。
CB1受容体のアロステリック調節は、オルソステリック物質(内因性基質と同一部位に結合する化合物)によるCB1受容体の活性化や阻害に関連する有害作用を回避でき、中枢神経系および末梢神経系の障害を治療する可能性を有する。
THCは食欲増進作用があり、この作用はCB1の作用によります。そこでCB1のアンタゴニスト(阻害薬)が食欲を低下させて肥満の治療薬となるという考えでリモナバン(Rimonabant)が開発され、発売になりました。
予想通りに食欲減退と体重減少の効果はあったのですが、抑うつや自殺企図の副作用が問題になって発売中止になっています。つまり、CB1の働きを阻害することは食欲を低下させる目的では有効ですが、脳内報酬系の抑制などで幸福感や快感を得ることができなくなるようです。
このリモナバンはCB1受容体の働きを完全に阻害するインバース・アゴニストです。アンタゴニストは受容体に結合するだけで何も作用しない薬物です。
インバースアゴニスト(inverse agonist)は受容体を抑制するように刺激します。受容体に結合すると、通常のアンタゴニストよりも受容体の活性を強力に抑制します。つまり、インバースアゴニストはアンタゴニストの一種ですが、通常のアンタゴニストよりも強力に受容体を阻害します。
CB1は報酬系を活性化して幸福感を感じる作用があります。食欲を高める作用もあります。
そこでCB1受容体の働きを完全に阻害するインバース・アゴニストを使うと、食欲が低下してダイエットに成功します。しかし、報酬系が働くなくなるので、生きる意味も無くなって抑うつや自殺が増えることになります。
カンナビジオールはCB1受容体に対してアロステリック制御で抑制します。この場合は、リモナバン(CB1のインバースアゴニスト)でCB1を阻害するような副作用は避けられると考えられています。
CB1受容体の活性化は食欲増進や吐き気止めや脳内報酬系の活性化や幸福感など良い効果が得られますが、肝臓や心臓の障害を促進する作用があります。CB1受容体の働きを阻害する薬が肝臓や心臓の障害を防ぐ効果が知られています。その場合、リモナバンのようなインバースアゴニストだと、CB1活性を完全に阻害するので、抑うつや自殺企図のような副作用がでます。一方、カンナビジオールはCB1に対してアロステリック制御で抑制するので、抑うつや自殺企図のような副作用は起こらないようです。
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