「そんな服はおかしいよ」と、思っている毘売に向ってオホクニは、更に、ぬけぬけと高らかに歌います。
“伊刀古夜能<イトコヤノ>
とです。この<イトコ>というのは「可愛い子」と云う意味です。その嫉妬心に嫌気がさして出雲国から逃げ出そうとするオオクニの筈ですが、其の本心は、どこまでもその妻のスセリヒメを愛していたのでしょう。だから、緋色の服もその心をヒメに分からせるための演出ではなかったのではないでしょうか。なお、「夜能」について宣長は「夜能<ヤノ>」は「能夜<ノヤ>」で、助辞で「意味がない言葉だ」と、説明しております。それに次いで
“伊毛能美許<イモノミコ>
と言葉をかけます。「可愛い」とことさら言って、それからやや間を置いて、「我が妻よ」と呼びかけたのです。
これを読むと、この時の旅立とうとするオホクニの姿と引き止めてもらいたいと思うオホクニの心とが混ざり合って、男として、又、夫として、その場を一番上手に収めるのはどのようにするのがいいか考えた末の特別なオホクニの持つ政治的解決方法が、この短い言葉の中に集約されているように思えます。その周りの空気を読む心は深く、その心が後々まで日本人の心に深く植え付けられ、愛すべき神様「ダイコクサマ」として崇敬されてきた原因ではないかと思われます