昨日の朝刊コラムに吉田秀和のことばがありました。
"きれいな音であればあるほど、それが何か悲しくひびくのはどうしたことだろうか。”
と。この言葉に対して哲学者「鷲田聖一」は
"一度かぎりで消えゆく音。それは<私>という存在の寄る辺なさと寂寥に、どこか「安らぎ」をすら伴いつつ人を侵すのか。”
と書いています。
この新聞記事を、昨日、「木下長嘯子の九州旅の記」を書いた後で、偶然見つけます。
この文章を見て、今書いている木下勝俊の「無常に不覚の涙ぞこぼれける。」は、彼がこの細谷の流れのあるかないかの音を聞いた時以来、形作られた彼の心ではないでしょうか。これ以後の彼の心奥深くに、物静かなるきれいな音であればあるほど、そこに何かしらない物侘しい寂寥なる心が形造られ、それが、今、己の目の前に突然現れた人によって故意に消されようとする照り輝くばかりの絢爛豪華な伏見の城の静かさを見て、そこに底知れない人と人とが戦う人間の愚かさが見えて、以後の己の生き様がはっきりと捕まえることが出来たのです。それが、突如「敵前逃亡」とよばれてもしかたないような刀をその場に投げ捨ててその場から忽然と姿を消え去ることになったのではないかと考えています。この音に対する考えは当時の武人には、徳川家康たちには、決して、理解しがたいものであったのですが・・・
静かで綺麗な音は、本当に、人の心に何かうつろというか寂寥なるものを生む基になるものですね!!!それが又、あの利休の最期をも決した原因になったのではとも思われますが??? 利休と長嘯子の生き方を対比して考察する人には、めたあに目にかかれないのですが。
乞う!!!!ご批判を・・・
"きれいな音であればあるほど、それが何か悲しくひびくのはどうしたことだろうか。”
と。この言葉に対して哲学者「鷲田聖一」は
"一度かぎりで消えゆく音。それは<私>という存在の寄る辺なさと寂寥に、どこか「安らぎ」をすら伴いつつ人を侵すのか。”
と書いています。
この新聞記事を、昨日、「木下長嘯子の九州旅の記」を書いた後で、偶然見つけます。
この文章を見て、今書いている木下勝俊の「無常に不覚の涙ぞこぼれける。」は、彼がこの細谷の流れのあるかないかの音を聞いた時以来、形作られた彼の心ではないでしょうか。これ以後の彼の心奥深くに、物静かなるきれいな音であればあるほど、そこに何かしらない物侘しい寂寥なる心が形造られ、それが、今、己の目の前に突然現れた人によって故意に消されようとする照り輝くばかりの絢爛豪華な伏見の城の静かさを見て、そこに底知れない人と人とが戦う人間の愚かさが見えて、以後の己の生き様がはっきりと捕まえることが出来たのです。それが、突如「敵前逃亡」とよばれてもしかたないような刀をその場に投げ捨ててその場から忽然と姿を消え去ることになったのではないかと考えています。この音に対する考えは当時の武人には、徳川家康たちには、決して、理解しがたいものであったのですが・・・
静かで綺麗な音は、本当に、人の心に何かうつろというか寂寥なるものを生む基になるものですね!!!それが又、あの利休の最期をも決した原因になったのではとも思われますが??? 利休と長嘯子の生き方を対比して考察する人には、めたあに目にかかれないのですが。
乞う!!!!ご批判を・・・