６．コンプレックス

　ブヨブヨした腹。三重アゴ。細い目。それを囲んでいる分厚いメガネ。歩いている時、ショーウィンドウに自分の体が映った。何度見ても嫌になる。自分の事だから誰にも文句は言えない。
　そんな僕だが、一目惚れをしてしまった。よく行く喫茶店の彼女にだ。メイドの服が似合いそうな彼女が私の方を見て、「いらっしゃいませ」と声をかけてくれたのが初まりだった。
　僕は、恥しくて下を向いて、イソイソと案内されたテーブルに着くと、注文を聞かれたので、「コーヒーを一つお願いします。」といったら早口になって聞き返された。
　「もう一度お願いします。」彼女がニコッと微笑んでいた。その時、恋が芽生えたのだ。芽生えるという言葉は、相手も芽生えてないと使ったらいけないのだろうかと考えながら、もう一度「コーヒーをお願いします。」と言った。
　「ハイかしこまりました。」彼女は元気にお辞儀をしてカウンターに戻っていった。後姿も可愛らしかった。
　僕は、喫茶店で読もうと思って、今日発売の漫画本を買って来たけれど、彼女から変に思われたくないので、隠す事にした。
　それから、毎日の様に彼女の顔を見に通っていた。そのうち彼女の方から話しかけてくれるようになった。
　「毎日来られますよね。お仕事ご苦労様です。」こんな僕に話しかけてくれるなんて、なんて心が優しい人なのだと思って、ますます好きになっていった。
　僕はいつも戸惑って答えるけど、彼女はどう思ってくれているのだろうか。
　ある時、彼女がカウンターに戻った後、囁き声で何か言っているのが聞こえてきた。
　「あの男、気持ち悪い。毎日来るよ。早く帰らないかな。」そんな言葉が聞こえてきた。あの天使の様な彼女が言っているとはとても思えなかったが、やっぱり仕事で僕に接していただけなのだ。
　少し苛立ったが、よく考えたら、この格好を見たら誰でも思う事だろう。
　テーブルの隅っこで、熱いコーヒーに砂糖とミルクを入れて、静かにスプーンでかき混ぜていた。