行きたい行きたいと思って、行ってきました>春日若宮おん祭り。
お渡り式は行ったことあるけど、夜中の行事は見たことがなかったので。
おん祭りといえば、17日午前0時に若宮さんに人里に下りてきていただいて、
舞踊を楽しんでいただき、日付が変わらないうちに送り届けるスケジュールですが。
深夜0時にお迎えして、深夜0時までにお帰りいただくということは、
行っている人間も、見守っている人間も、その時間「野外」にいるということです。
しかも、季節は冬。
冬の初めとはいえ夜中の行事が含まれているため、非常に寒い。
寒いは苦手。苦手は行かない…となるのですが。
しかし、奈良検定受験者ともなれば、一度くらいは見ておかねばならん
という決意の元、体験してみることにしました。
名づけて「一日まるまるおん祭り」です。
まずは16日から。
おん祭りの行事自体は15日の大宿所祭からすでに始まっていますが、
私が体験するのは『遷行の儀』からです。
16日には従来だったら、宵宮祭があるのですが、
今年は若宮社神楽殿が工事中ということで一般者は観覧不可とのこと。
それが見られるのだったらもっと早く行ってみたかったのですが、
思いかなわずだったので、その代わりといってはナンですが、
東大寺にて開山堂と俊乗堂の特別公開に行ってきました。
代替とはいうものの、12月16日は東大寺リピーターにとって、
はずせない一日ですから、行くべき一日。
というのも
・開山堂&良弁僧正坐像
・俊乗堂&重源上人坐像
・三月堂の執金剛神立像
が公開される日ですから♪
残念ながら今年は三月堂が改修工事のため入れず、
執金剛神立像も公開されなかったのですが。
開山堂と俊乗堂と”奈良太郎”(鐘楼)を巡ってきました。
夕刻はご飯食べて、宿に入って、とりあえず休憩。
その後、10時半頃にいそいそとお旅所へ行き、「遷幸の儀」に備えます。
若宮さんをお迎えに行く人がたくさんいたのだけど、
私はお旅所の入り口にたって、お越しを待つことに。
タイツはいて、靴下履いて、ズボンはいて、オーバーパンツ履いて(笑)
準備は万全なのでさほど寒くはありません。
おかげで「ガンダム」か「アメフト」みたいなシルエットになりましたが、
そんなこと構っちゃいられません。寒かったら落ち着きなくなっちゃうもん。
見栄えなんてどーだっていいのです。
奈良駅方面からどんどん人がやってきて、お旅所をちらっと見て、
そのまま春日大社方面へ向かう人が多いのでどうしたもんかと思いましたが、
どうせここへお移りいただくのだからってことでそのまま待つ待つ。
そして午前0時を過ぎてそろそろお越しになるという時刻に電気が消されます。
お旅所のあたりは月明かりで真っ暗ということにはなりませんでしたが、
それでも人工の明かりが消されて、しんとした夜になると、
「ぞぞっ」とする気配がして、身震い。
けして寒いわけではないのだけれど、なんだか「いる」気配。
遠くからは「ヲーーーーーヲーーーー」という声が聞こえてきました。
何重もの人垣に守られて、若宮様が到着です。
先頭には道を清める松明の明かり。
それが行った後には、燃えさしが道に残るのですが、
この明かりが道先案内をするかのように、行列はその明かりを頼りに続きます。
「ヲーーーーーヲーーーーーー」
という声は「ケイヒツ」という声で、
「高貴な方がこれからお越しになりますので、失礼のないように」
ということを周囲に知らせる音だそうで。
若宮様が自分の前を通るときには手を打って礼をします。
お旅所に着かれた後は、仮の御殿に松が立てられて、
灯篭に明かりがともされ、そこに神様が居られるというおしるしが出されます。
あとはご馳走を供えて、祝詞を上げ、巫女さんによる神楽が奉納されて、
いったんこれにてお迎えの行事「暁祭」は終了。
神様も人間もいったん休みます。
(神様はともかく、人間は寝なくちゃね)
翌日は若宮社ではお留守なのに9時から神事が執り行われ、
正午からはいよいよ「人間が見ても楽しい」お渡り式です。
いわば時代装束を身にまとって、登大路と三条通りを練り歩くパレード。
ゆっくりご飯食べていたらスタート時に間に合わなくなってしまい、
私が興福寺南大門より東あたりに着いた頃には、
第五グループの田楽のかたがたが通っていかれるところでした。
行列を見た後は影向の松付近で松の下式を人の頭の間から見学。
それが終わったら、お旅所へ一段は向かうのですが、
競馬があるんだよな~移動移動。
人ごみを避けて国立博物館方面から行こうと思ったら、
いつの間にか春日大社参道を東へ向かって歩いてました。
(競馬って時間いつからだっけ?ま、いっか)
とかって、流鏑馬も競馬も見ずに(オイ)春日大社と若宮社に参拝。
確かに若宮さんは工事中で、幕に覆われていましたわ。
珍しく春日大社の宝物館を見て、
戻ってきて奈良博で休憩がてら特別陳列を見たりして。
入った時はまだ明るかったのに、奈良博を出る頃にはすっかり暮れておりました。
(東本館から西本館へ移る際には、窓の外は夕暮れだったしなあ)
その日限定のお茶の席も、奈良博のお庭でやっておりました。
(珍しい体験だから、入ってみればよかったかも)
その間もお旅所では舞楽が続けられているわけですが、
ずっと立ってみているのもしんどいからって理由で、
あちこちをウダウダとめぐりたおしてようやくお旅所へ。
今年は東日本大震災と各種の水害・災害の復興祈念があるとのことで、
300年ぶりに奉納された舞があるそうな。
(しかし、どこがどう、他のものと違うのかもわからんかったけど)
それが終了後「競馬で今年は赤が勝ちましたので、蘭陵王から舞います」
とのアナウンス。
おお、そういえば、そんな勉強もしたっけ(うろ覚え)
競馬の結果に応じて、蘭陵王と納曽利の演じられる順番が変わるっての。
(赤が勝つと蘭陵王から舞うということは、緑が勝つと納曽利からか)
そこでいったん食事を取りに”下界”へ。
戻ってきてみると、そろそろクライマックスでした。
そして、最後の舞楽「落蹲(らくそん)」
10時半よりも前に終わったのがちょっと意外。
その後はお帰りになる準備をします。
再び神官に守られて「ヲーーーーーヲーーーー」
の声に包まれてお帰りになるのだけど。
この時、またしても異変が…。
お旅所の明かりがすべて落とされる直前あたりから、
今まで静かだったのにカラスがいっせいにあちこちで騒ぎ出して、
真っ暗になったとたんに「ガーガーガーガー」
またしても「何かいる気配」というものを感じることに。
実にオカルトじみているとは思うのだけど、
「気配」とか「何か」とか、そういうものを
日本人は感じて生きてきたんだと思うので、
そういう些細な変化が感じ取れたことは貴重でした。
長かった一日は終わり、若宮様がおうちにお帰りになります。
最初は見送るだけにしようかと思ってましたが、
せっかくだから送り届けまで見届けようということに。
ぞろぞろ歩いて、遠くで「ヲー」を聞きながら、
先頭の明かりを頼りにぞろぞろと皆さんご一緒に歩きます。
最初こそ目がなれてなかったから怖かったけど、
少しずつ目が慣れてきたら夜道も歩けるようになりました。
一人では怖いであろう道でも、周囲にこれだけ人がいると、
怖くもないし平気。
しかし、若宮社に近づくたびに暗さは増して、普段はついている
自動販売機の明かりすらも消されているので本当に暗い。
「段差ですよ」「階段ですよ」の警備の人の声を聞きつつ上って、
じっと待っているとどうやら若宮様がお帰りになったようです。
そのとたんに「ぱっ」と明かりがついて、
驚いたことに私は本宮神社遥拝所の脇にいました。
神官さまたちがまずは全員お帰りになって、次に一般の人々が参拝。
パンパンして無事終了をお喜び申し上げました。
さ、帰ろう帰ろう。
行きはあんなに密集していた人々も、帰りは三々五々なので、
結構寂しいよ…。持ってきたハイパーな懐中電灯が役に立ちました。
23時59分までに帰るものかと思っていたけど、結構早い時間に
お戻りになるのね。
宿へも35分歩いて帰って、12時半には着きましたから。
良かったよかった。
夜中の奈良は寒いので、どうなることかと思いましたが、
とりあえず立っている時もぶくぶく厚着のおかげで凍えずに済みました。
今年は特に風がなかったのが幸いしたようでほっとしました。
見に行かれる方は「これでもか!!」との厚着をオススメシマス。
良い体験をしました。
パンパン。
お渡り式は行ったことあるけど、夜中の行事は見たことがなかったので。
おん祭りといえば、17日午前0時に若宮さんに人里に下りてきていただいて、
舞踊を楽しんでいただき、日付が変わらないうちに送り届けるスケジュールですが。
深夜0時にお迎えして、深夜0時までにお帰りいただくということは、
行っている人間も、見守っている人間も、その時間「野外」にいるということです。
しかも、季節は冬。
冬の初めとはいえ夜中の行事が含まれているため、非常に寒い。
寒いは苦手。苦手は行かない…となるのですが。
しかし、奈良検定受験者ともなれば、一度くらいは見ておかねばならん
という決意の元、体験してみることにしました。
名づけて「一日まるまるおん祭り」です。
まずは16日から。
おん祭りの行事自体は15日の大宿所祭からすでに始まっていますが、
私が体験するのは『遷行の儀』からです。
16日には従来だったら、宵宮祭があるのですが、
今年は若宮社神楽殿が工事中ということで一般者は観覧不可とのこと。
それが見られるのだったらもっと早く行ってみたかったのですが、
思いかなわずだったので、その代わりといってはナンですが、
東大寺にて開山堂と俊乗堂の特別公開に行ってきました。
代替とはいうものの、12月16日は東大寺リピーターにとって、
はずせない一日ですから、行くべき一日。
というのも
・開山堂&良弁僧正坐像
・俊乗堂&重源上人坐像
・三月堂の執金剛神立像
が公開される日ですから♪
残念ながら今年は三月堂が改修工事のため入れず、
執金剛神立像も公開されなかったのですが。
開山堂と俊乗堂と”奈良太郎”(鐘楼)を巡ってきました。
夕刻はご飯食べて、宿に入って、とりあえず休憩。
その後、10時半頃にいそいそとお旅所へ行き、「遷幸の儀」に備えます。
若宮さんをお迎えに行く人がたくさんいたのだけど、
私はお旅所の入り口にたって、お越しを待つことに。
タイツはいて、靴下履いて、ズボンはいて、オーバーパンツ履いて(笑)
準備は万全なのでさほど寒くはありません。
おかげで「ガンダム」か「アメフト」みたいなシルエットになりましたが、
そんなこと構っちゃいられません。寒かったら落ち着きなくなっちゃうもん。
見栄えなんてどーだっていいのです。
奈良駅方面からどんどん人がやってきて、お旅所をちらっと見て、
そのまま春日大社方面へ向かう人が多いのでどうしたもんかと思いましたが、
どうせここへお移りいただくのだからってことでそのまま待つ待つ。
そして午前0時を過ぎてそろそろお越しになるという時刻に電気が消されます。
お旅所のあたりは月明かりで真っ暗ということにはなりませんでしたが、
それでも人工の明かりが消されて、しんとした夜になると、
「ぞぞっ」とする気配がして、身震い。
けして寒いわけではないのだけれど、なんだか「いる」気配。
遠くからは「ヲーーーーーヲーーーー」という声が聞こえてきました。
何重もの人垣に守られて、若宮様が到着です。
先頭には道を清める松明の明かり。
それが行った後には、燃えさしが道に残るのですが、
この明かりが道先案内をするかのように、行列はその明かりを頼りに続きます。
「ヲーーーーーヲーーーーーー」
という声は「ケイヒツ」という声で、
「高貴な方がこれからお越しになりますので、失礼のないように」
ということを周囲に知らせる音だそうで。
若宮様が自分の前を通るときには手を打って礼をします。
お旅所に着かれた後は、仮の御殿に松が立てられて、
灯篭に明かりがともされ、そこに神様が居られるというおしるしが出されます。
あとはご馳走を供えて、祝詞を上げ、巫女さんによる神楽が奉納されて、
いったんこれにてお迎えの行事「暁祭」は終了。
神様も人間もいったん休みます。
(神様はともかく、人間は寝なくちゃね)
翌日は若宮社ではお留守なのに9時から神事が執り行われ、
正午からはいよいよ「人間が見ても楽しい」お渡り式です。
いわば時代装束を身にまとって、登大路と三条通りを練り歩くパレード。
ゆっくりご飯食べていたらスタート時に間に合わなくなってしまい、
私が興福寺南大門より東あたりに着いた頃には、
第五グループの田楽のかたがたが通っていかれるところでした。
行列を見た後は影向の松付近で松の下式を人の頭の間から見学。
それが終わったら、お旅所へ一段は向かうのですが、
競馬があるんだよな~移動移動。
人ごみを避けて国立博物館方面から行こうと思ったら、
いつの間にか春日大社参道を東へ向かって歩いてました。
(競馬って時間いつからだっけ?ま、いっか)
とかって、流鏑馬も競馬も見ずに(オイ)春日大社と若宮社に参拝。
確かに若宮さんは工事中で、幕に覆われていましたわ。
珍しく春日大社の宝物館を見て、
戻ってきて奈良博で休憩がてら特別陳列を見たりして。
入った時はまだ明るかったのに、奈良博を出る頃にはすっかり暮れておりました。
(東本館から西本館へ移る際には、窓の外は夕暮れだったしなあ)
その日限定のお茶の席も、奈良博のお庭でやっておりました。
(珍しい体験だから、入ってみればよかったかも)
その間もお旅所では舞楽が続けられているわけですが、
ずっと立ってみているのもしんどいからって理由で、
あちこちをウダウダとめぐりたおしてようやくお旅所へ。
今年は東日本大震災と各種の水害・災害の復興祈念があるとのことで、
300年ぶりに奉納された舞があるそうな。
(しかし、どこがどう、他のものと違うのかもわからんかったけど)
それが終了後「競馬で今年は赤が勝ちましたので、蘭陵王から舞います」
とのアナウンス。
おお、そういえば、そんな勉強もしたっけ(うろ覚え)
競馬の結果に応じて、蘭陵王と納曽利の演じられる順番が変わるっての。
(赤が勝つと蘭陵王から舞うということは、緑が勝つと納曽利からか)
そこでいったん食事を取りに”下界”へ。
戻ってきてみると、そろそろクライマックスでした。
そして、最後の舞楽「落蹲(らくそん)」
10時半よりも前に終わったのがちょっと意外。
その後はお帰りになる準備をします。
再び神官に守られて「ヲーーーーーヲーーーー」
の声に包まれてお帰りになるのだけど。
この時、またしても異変が…。
お旅所の明かりがすべて落とされる直前あたりから、
今まで静かだったのにカラスがいっせいにあちこちで騒ぎ出して、
真っ暗になったとたんに「ガーガーガーガー」
またしても「何かいる気配」というものを感じることに。
実にオカルトじみているとは思うのだけど、
「気配」とか「何か」とか、そういうものを
日本人は感じて生きてきたんだと思うので、
そういう些細な変化が感じ取れたことは貴重でした。
長かった一日は終わり、若宮様がおうちにお帰りになります。
最初は見送るだけにしようかと思ってましたが、
せっかくだから送り届けまで見届けようということに。
ぞろぞろ歩いて、遠くで「ヲー」を聞きながら、
先頭の明かりを頼りにぞろぞろと皆さんご一緒に歩きます。
最初こそ目がなれてなかったから怖かったけど、
少しずつ目が慣れてきたら夜道も歩けるようになりました。
一人では怖いであろう道でも、周囲にこれだけ人がいると、
怖くもないし平気。
しかし、若宮社に近づくたびに暗さは増して、普段はついている
自動販売機の明かりすらも消されているので本当に暗い。
「段差ですよ」「階段ですよ」の警備の人の声を聞きつつ上って、
じっと待っているとどうやら若宮様がお帰りになったようです。
そのとたんに「ぱっ」と明かりがついて、
驚いたことに私は本宮神社遥拝所の脇にいました。
神官さまたちがまずは全員お帰りになって、次に一般の人々が参拝。
パンパンして無事終了をお喜び申し上げました。
さ、帰ろう帰ろう。
行きはあんなに密集していた人々も、帰りは三々五々なので、
結構寂しいよ…。持ってきたハイパーな懐中電灯が役に立ちました。
23時59分までに帰るものかと思っていたけど、結構早い時間に
お戻りになるのね。
宿へも35分歩いて帰って、12時半には着きましたから。
良かったよかった。
夜中の奈良は寒いので、どうなることかと思いましたが、
とりあえず立っている時もぶくぶく厚着のおかげで凍えずに済みました。
今年は特に風がなかったのが幸いしたようでほっとしました。
見に行かれる方は「これでもか!!」との厚着をオススメシマス。
良い体験をしました。
パンパン。