奈良大好き☆お勉強日記

奈良大学文学部文化財歴史学科(通信教育部)卒&奈良まほろばソムリエ検定のソムリエを取得したヒトの色々な勉強の日記です♪

21年度酔狂会の予定

2009年07月27日 | 色々・モシクハお勉強
この週末にようやく今年度の正倉院展のスケジュールが出たようで。

今年は、10月24日(土)~11月12日(木)までの二十日間。
土曜で始まって、木曜日で終わりという変則的な会期です。
しかも、御即位二十年記念ということで、最終日は無料らしいですわよ、オクサマ★
(嗚呼、どんなことになるのやら。怖いもの見たさで最終日に行きたいわ)

ちゅうわけで。
今年の酔狂会は24日に決定(?)かな。
なんか、みんなで同窓会するってのは別の日でもいいような気がするんだけど。
「あえて」「初日に」「わざわざ」見に行く『酔狂な人の会』だからして。
やっぱ初日はずらせないか。

ことしもやりましょ>各位。
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天岩戸を現代で体感

2009年07月22日 | 色々・モシクハお勉強
本日の日蝕。
残念ながらうちのアタリでは肉眼では見られなかったけど、
テレビ中継でさんざん堪能させていただきましたわ。

なんか、日蝕なんてねとか結構冷めていた割には、
当日になってみると東京は生憎の空模様で、
こりゃダメだなってちょっと残念に思っている自分がおりました。
しかし、東京でも場所によっては見えたところもあるようで。
ま、テレビで見た方がはっきりくっきり見えたもんね←すっぱい葡萄。

で。
ダイヤモンドリングを見た瞬間、何の前触れもなく、
涙がどばーっと出て。
なんなんでしょ。あの感覚は。
よく、日蝕を見ると人生観が変るとかっていうけど。
そこまでのものじゃなくても、何か感じるものはあったようです。
(同じような体験は、新薬師寺の十二神将像をぐるぐる回って見ていた時、
あとからあとから涙がこぼれて、ギョロ目の薬師さんの前で
オイオイ泣き続けたことがありましたっけ。あれ以来かも)

そして、日蝕と奈良といえば、推古天皇。
推古36年2月27日に、推古天皇は病に伏せられて、
3月2日に、日蝕が起こりこの日、太陽がすっかり見えなくなってしまった。
そして、推古天皇は六日に亡くなる、というくだり。

当時の人にしてみれば、太陽が急に暗くなるなんて、
不吉なことの予兆としか思えなかっただろう。
そして、例のダイヤモンドリング…ピカー!!
あれなんかは、天照が隠れて世の中が暗くなってしまったのち、
天岩戸から引っ張り出されたときに「ぴかー」ってのをやっぱり連想する。

日蝕の記述は天武朝にもあって。
天武9年11月1日に日蝕があり、十日に雷があって、
十二日には皇后が病気になってしまった。
皇后のためにと誓願をたてて、薬師寺が建立されることとなった。
百人の僧を得度させたら、皇后の病気は平癒されたとさ。

すると今度は26日に天皇自身が病気になってしまい(え?マジ?!)
また百人の僧に得度させたら、天皇の病気も癒えたんだとか。
うるわしきかな夫婦愛ですな>天武&持統。
そうか、薬師寺建立の理由は日蝕にあったのかも?

古代天文学でもやるともっと詳しい妄想が出来るんだろうケド。
手軽にひょいひょい考える分にはタダだから(?)。
計算上は、卑弥呼の時代にも日蝕があったらしいっていうから、
それこそホレ、卑弥呼が「隠れて」、次に「出てきた」時には、
新しい人になっていたってのは、事実から来てるのかもよ。
とか、広がる妄想の大風呂敷はそろそろ畳もう。

さて、次回日本で日蝕が見られるのは26年後。
さあ、健康に留意して再度見られるように頑張りましょうぞ。
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古代を語るシリーズ第三回

2009年07月18日 | 色々・モシクハお勉強
奈良検定お勉強関係を立ち上げるので、アタフタしていましたが。
そんな中、こっそり行ってきました
>奈良歴史地理の会in埼玉。

7月4日(土)の回は、和田萃センセのお話の会。
春からの、白石センセ、水野センセに続いての、堂々の三部作完成の巻です。
今回のテーマは『文献史料からみた3世紀の倭国』

司会役の野崎清孝@奈良大学名誉教授から開会の冒頭
「水野先生の講演会以降、二ヶ月間が空きましたが…」
とありましたが、和田センセのお顔を配するのは実に一週間ぶり
(実質六日ぶり)だったりします。めちゃ、近々(笑)
その前の週は、飛鳥学講座を聴きに行っていたからね。

話の中心は、文献史料と倭国なのですが、
冒頭はこの前の5月の末に新聞紙上をにぎわせた
「箸墓古墳は卑弥呼の墓?!…(か?)」←東スポかっ。

朝日新聞が報じた内容では、
箸墓古墳築造、卑弥呼の死亡時期と合致』とあったので、
すわこれで邪馬台国論争に決着か?ってもんですが。
あくまでも、古墳の築造年が240~60年と出たのはともかく、
それがすぐ卑弥呼の墓と結びつくというのは早計である、って見方も多いと。

で。
一番問題(?)なのは、31日から始まる学界で発表される内容が、
ちろっとフライングで新聞発表されてしまったことで(そっちかい)
他紙もそれに追随したらしいのだな。
しかし、毎日新聞だけは、かなり後になってからちろっとそれを
伝えたんだそうで、さすがは毎日新聞(笑)

まあ、そのお話がかなり長く続いたのですが。
奈良大学でも特別講座として「卑弥呼と箸墓古墳」ってのがあって、
聴きにいきたかったな~と思っていたので、それ関係のお話もうれしかったです。

まあ、放射性炭素による年代測定法なんちゅう
科学の分野からのアプローチの古代学はよーわからん(笑)
和田センセは文献史学の立場からそれらを読み直してみましょうということで。
(本来は、ここから話が始まるんだったろうに。
あの新聞発表があったために、導入部が長くなっちゃいましたよ)

日本書紀の神功皇后の条で、三十九・四十・四十三年に
魏志に曰くという、引用をしている部分がある。
これは書記の編者が魏志に出てくる卑弥呼を神功皇后として見ている。
1260年ごとに革命が起こるという辛酉革命の年は、
推古九年(601)に当たるとされ、それを逆算をして、
その1260年前に神武天皇が即位したってふうに、
その当時の知識を総動員して日本書紀は「作られた」と。

実在性が問われている古代の天皇だけど、
確実に存在したとされているのが、崇神天皇。
ミマキイリヒコって名前とともに、ハツクニシラススメラミコト
って名前もある。だけど、初代神武天皇もこの名だよね?
たぶん、神武天皇が「作られた」時に、
初代だからってんで、神武もこの名になったんじゃないかと。

邪馬「臺」国は、山「壱」国ではないのか?→NO:邪馬「臺」国でいいんだ。
臺与(とよ)は壱与(いよ)ではないのか?→NO:トヨでOK。

大物主とヤマトトトヒモモソヒメの話で、
神様は夜やってきて、朝には帰ってしまうので、姿を見せて欲しいと懇願される。
神様は夕方に現われて、朝には消える。
なので、お祭りは本来、神様を迎えて夜から始まるのが普通で、
今のように昼間やるというものではなかったと。
だから、宵宮ってもんがあるんだとか。
なるほど!そうだったのか>前夜祭だと思っていたさ、宵宮を(笑)

昔から箸墓は女性の墓とされてきたらしい。
和田センセは箸墓をトヨの墓と見ているとのことでした。

なんか、聴いてすぐにまとめなかったら、
話が歯抜けになっているのはご容赦を。
こんな感じのお話がされました。
同じタイトルで、奈良歴史地理の会の奈良会場での講演会が
23日にもあるので、興味のある方はどうぞ、そちらで堪能してください。

これでしばらく秋まで講演会はないけど。
あちこち、自主スクに励むことにしましょう♪
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奈良検定お勉強日記始める

2009年07月10日 | 奈良検定お勉強日記
このブログは『奈良「大学」お勉強日記』。
今度始めるのは『奈良「検定」お勉強日記』。
字面があんまり変らないので、あんま目新しくもないんだけど。
まあ、中身もあんまり変らないか>奈良に関する勉強の話だし。

ってことで。
唐突ですが、始めます>『奈良「検定」お勉強日記』

読んで字の如し、奈良検定のお勉強を始めるに当たって、
私のお得意パターン「レコーディング勉強法」をしたら、
結構続くのではないかなって思って。

今回はメールマガジンが主体。
自分が過去問で勉強したことをメルマガに載せて配信するという、
結構自分に義務感を負わせて、プレッシャーをかけつつ、
お勉強していきましょーってことで。
「まぐまぐ」に「こんなん出してくんないかい?」って頼んだら、
「出してもいいよー」って返事をもらったので、配信開始します。

もしよかったら購読してくださいましね♪
配信登録はこちらから

そんでもって、それについてのサイトも作っちゃいました。
奈良検定お勉強日記

こんなことば~っかりして、勉強してないんだな>大学の。
ま、奈良の勉強はしてるってことでご勘弁を(謎)
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奈良博が呼んでいる

2009年07月08日 | 奈良大学お勉強日記
いや、空耳とか、気のせいじゃなくて、本当に。
「ニンポーやるからおいで~」とな。

奈良博からメール便が届いて、はて?これは何ぞやと思ったら、
「ニンポーやるよ~講座もやるよ~」って内容の紙が入ってました。
へー、こんなもの配っているのか、奈良博は。

しかし『日本仏教1300年の源流
 ~すべてはここからやってきた~』って、スゴイコピーだ。
今回送られてきたチラシは地味な色使い(ボンさん中心だしな)だったけど、
以前配っていたチラシは「おおっ!」と目を引くピンク使いと、
「寧波、それは仏教モードの最先端」ってコピーに、
やるな!!奈良博と思った記憶がある。
(もっと以前の仮タイトルでは、もっともっと平凡な、
地味ぃ~なタイトルだった。変えて正解だったよ>奈良博。good job!)

今回は、展示を見に来いっていうよりも、
「夏スクもうないんでしょ?だったら、うちの夏期講座でも来ない?」
って誘いでして、8月18日(火)~20日(木)にあるからおいでってお誘いでした。
毎年奈良女子大とタッグを組んで何かしらやっているアレなんだろうけど、
(その昔、みぴ氏がそのお誘いに乗っていたような気がする)
定員400人と大きく出た割には、人が集まらなかったらどうしよう…
ってことなのか、動員をかけているみたいです。

『応募者多数の場合は奈良国立博物館友の会メンバーを優先し、抽選で決定します』
ってあったけど、あなた、そんなに集まるんですかね>タダでもないし。
なるほど、わたし友の会メンバーに入ったからこんなお誘いもくるのか。
そうなると奈良博って熱心だな>メンバーへの福利厚生(?)
東博は全然そんなことしてくれないから。

その会期にやるのは「寧波をめぐる信仰と美術」ってやつで、
三日間で3000円ならば、そうそう高くは無い>てか、一日千円なら安いか。
まだ奈良に住んでて、かつ、ヒマ人だったら行くんだろうケド。
その時期は多忙だろうしなあ。

別に友の会会員じゃなくても申し込みは出来るので、
もし行ってみたいって方は、申し込んでみるのもよいのでは?
まあ、学業半ばの皆様は、その頃、本学でもスクーリングがあるので、
それどころじゃないかもしれないけど。

結局こうして、お勉強好き(!)は、他のトコからも
「お勉強好きなんでしょ?そうでしょ?そうなんでしょう?」
と熱烈なラブコールを受けて、講義のハシゴを始めるんだろうなあ。

ああ、そろそろ夏スクですね。
毎週金土日に、5週連続でスクーリング出ていた日々が懐かしいわ。
(もう体力的に無理!だけどね)





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実習2乱入予定中!

2009年07月06日 | 奈良大学お勉強日記
真夏の特別自主スクとなりつつある、実習(二)修了者による
博物館実習修了者の同窓会が実施される旨ご連絡を頂きました。

今年の実習は8月2日(日)が最終日ということで、
その日の午後に乱入という名の押しかけ実習ボランティアをして、
そのお駄賃に、水野センセの講義をタダ聞きしようというヤツです(笑)

参加資格は、博物館実習(二)の修了者。
しかし、実習年度は不問とのことでしたので、
その8月2日に実習を終えられる方までが対象ということです。

実習終了後は懇親会を行う予定で、その時は水野センセも参加して下さいます。
(ことしも多分大丈夫でしょう)

もし参加したい方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただければ、
幹事のかたに取り次ぎいたします。

参加資格は「博物館実習(二)を修了している人」のみです。
年次は問いませんので、既に卒業された方でもOKですし、
テキスト科目がうんと残っている人でも大丈夫です(私がそのクチ)

もしよろしければどうぞ♪
ご一緒しましょう。
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