江戸中期、頼春水の師・塩谷道碩(1703~1764)と云う医者がいた。彼は儒学者でもあり医業のかたわら、
多くの子弟に学問を教えていた。明和元年(1764)62才で病没した。道碩にはあとを嗣ぐものがなく、門人で
ある頼春水、春風らがその志の絶えるのを憂い、道碩の没後30年、寛政5年(1793)その家を「竹原書院」と
し、邑人の学問所として読書会や、詩、和歌の会などを行い竹原文化の発展に寄与した。
昭和4年(1929)、現在の建物を町立竹原書院図書館として建設、5年(1930)4月1日開館し、昭和47年
(1972)1月31日までの42年間、竹原の文化活動の拠点としての役割を果たしてきた。
図書館の移転後、空家になっていたが、昭和55年6月竹原市歴史民俗資料館として再活用。中に収蔵されて
いる資料は竹原郷土文化研究会を中心とする市民各位より寄せられたものである(竹原観光HP参照)。
PENTAX K-5 ”雅” + smc PENTAX-DA 18-135mmF3.5-5.6 ED AL[IF] DC WR で撮った。