瀬戸際の暇人

今年も休みがちな予定(汗)

異界百物語 ―第95話―

2009年09月01日 20時36分00秒 | 百物語
やあ、いらっしゃい。
今日から9月だ、中には新生活を始める人も居るだろう。
だが心機一転引っ越して来て、そこが幽霊の出る家だったら…どうされるかな?

散々恐い話を語って来たが、やはり最も恐いのは「幽霊屋敷」ではないだろうか?
今夜はそんな場所に寝泊りする破目になった人の話だ。




京都の山科駅近くに在った下宿での話。

老朽化し、誰も住まなくなって久しい所で、何れ取り壊される予定になっていたが、それまでの管理を知り合いから頼まれ、引き受ける事になった人が居た。

仮にその名をS氏としよう。

管理と言っても、単に下宿の管理人室に寝泊りすれば良いだけで、10万円近いお金になる。
だからS氏は喜んで引き受けたのだが、泊まってみると、この下宿の雰囲気が明らかにおかしい。
普段は何処でも熟睡出来る性質なのに、管理人室に引っ越してからは妙に寝苦しい日が続き、体調も優れない。

何か変だなと思っていると、或る夜、窓硝子の割れる音がした。
廃屋の様な下宿なので、大方近所の学生か酔っ払いが石でも投げたのだろうと思い、そのまま寝てしまった。

ところが翌朝見てみると、確かに窓硝子は割れているのだが、破片は内側から外に飛び散っている。
昨夜、誰かが部屋に入り込んだ様な形跡は見当たらない。
第一、管理人室に居る自分に見付からずに、忍び込める訳が無い。

そんな変な事が有ったり、相変わらず体調が悪く、下宿の雰囲気も異様なので、次第にS氏は下宿に帰らず、他所で寝泊りするようになっていた。

だが或る夜、酒を呑んだ勢いで、久し振りに下宿へ帰る事にした。
その夜は何も起らず、S氏は水を飲むと寝てしまった。

翌朝目が覚めて、ふと枕元を見ると、昨夜飲んだ水が、コップに半分ほど残っている。
そのコップから煙が立ち昇ったと思ったら、忽ち水が沸騰する様にボコボコ泡立ち始めた。

その様子をじっと見ながら、S氏は思ったと言う。

『この下宿には、何か居る……!』

流石に気味悪くなり、知り合いに連絡を付けて、下宿を出る事にした。

その頃知り合いは、アメリカに居た。
渡米の為にS氏に後を任せたのだが、事情を聞いた彼はこう語ったと言う。

「俺もあの下宿は変やと思ってた。
 実はアメリカに来たのもな、それから逃げる為やったんや」

下宿を出たS氏は、体調も徐々に回復した。

しかし知り合いは帰国を前に交通事故に遭い、半身不随になってしまった。
変わり果てた姿となった知り合いは、酷く恐がっており、事故は下宿の呪縛から逃げられなかったせいだと信じ込んでいた。

それから間も無くして知り合いは亡くなったと言う。




…仕事で時々十数年も人が住んでいない家に出くわす事が有る。
都心の一等地で何故そんなにも長く放って置かれるのか、不思議で仕方ない。

人の気配は居なくなっても暫く残ると言う。
科学者が語る所、それは人が帯びている電気が残るからだそうだが……
……何れにしろ、何時までも消えない気配というのは、恐ろしいものである。


…今夜の話は、これでお終い。
さあ…蝋燭を1本吹消して貰えるかな。

……有難う。

それでは気を付けて帰ってくれ給え。

――いいかい?

夜道の途中、背後は絶対に振返らないように。
夜中に鏡を覗かないように。
風呂に入ってる時に、足下を見ないように。
そして、夜に貴殿の名を呼ぶ声が聞えても、決して応えないように…。

御機嫌よう。
また次の晩に、お待ちしているからね…。





『ワールドミステリーツアー13(第8巻)―京都編― (小池壮彦、著 同朋舎、刊)』より。
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