▲退院した当日の東大構内。開花宣言したが、あいにくの空模様だった。
一昨日、2週間の治療を経て、無事に退院した。入院治療といっても、朝晩3錠の薬を飲んで、ベッドに寝てるだけのこと。薬を飲んで何か異常が出るかをチェックするのが目的である。入院費用もそれなりに要するんですけど・・。
ま、しかし、それだけ副作用が出やすい劇薬なのであろう。薬を飲むときだけは、自分で直接さわらないように取り出して服用する。そして、吐き気、発熱、便通、口内炎など何らかの症状があるかないか、毎日チェックされる。もちろん、脈珀・血圧、心音なども、朝晩に看護師さんらが診てくれる。レントゲンを除いて、採血も彼女たち、いや男性もいるから看護師さんたちの仕事だ。
とにかく飲むクスリは「扱い注意」らしいのだが、今後4週間毎日欠かさずに飲み、その後2週間休むという「服用ローテーションの訓練」のために入院したといっていい。退院後は、それを自己管理でやる。
以前は点滴を打つために通院していたが、その抗がん剤が効かなくなって、今回は新たな抗がん剤が選択された。入院中に考えたことは、そのどちらも闘病には違いないが、別の見方からすれば、ある意味では延命治療ともいえる。癌ではなかったが、母親のそれを思い起こした。延命治療は、様々な見方ができて、良いイメージをもっていない。
もちろんガンの新薬は日々研究、開発されているし、新たな治療法も生れている。しかし、癌というものは、自分の細胞から生まれる突然変異のようなもの。死に至る「病い」だ、と決めつけるのもどうか、なのだ。もって生まれた運命的なものに抗うことは、人間としてふさわしいことなのか・・、なぞと、問い詰めても正解のない罠にはまったりした。
とどのつまり、自分なりの「死に方」をあれこれと考えるようになった(佐伯啓思の著作を読んだ影響もある、それはまた別の機会に)。「生老病死」というのは仏教用語であるが、人間にとっての「苦しみ」そのものを意味しているそうだ。「病死」が苦しみであることは率直に理解できる。が、老いることはまだしも、生きることが「苦しみ」というのは、俄かには首肯できないし、ストレートに理解できない。
その道理を自分流に解釈すれば、六道界を輪廻転生するしかない人間であり、未来永劫そうやってグルグルと生きる、そのことが「苦しみ」だということだ。だから、生きることから「解脱」し、「涅槃」に至れと・・。仏陀はそう弟子たちに説教したという。
仏教はおろか宗教そのものを信じていない愚生の私。お寺さんに行けば合掌し、神社に行けば二礼二拍手を忘れない。教会やモスクに行けば厳粛な気持ちになり、礼拝する人々の敬虔な姿をみて涙する。嫉妬みたいな感情さえ感じる・・。ああ、何を書いているのだ、私は。
ともかく、傍から見れば2週間ものあいだ、ただ寝るだけの(病棟内の歩行はOK)、他人様からみれば呆れる生活をおくった。その一方で、今回はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)というイベントがあり、寝食を忘れて夢中になった。「死に方」を考えている自分がいて、かたや大谷選手を筆頭に日本人選手の活躍を見て応援する、もう一人の自分。そう、WBCを観戦し没入する、そんな愉しみ方に不思議だが救われる、そんな自分もいたのだ。また、栗山監督の「信じること、信じきること」の力強い言葉も感銘をうけた。
▲新聞は病棟の自動販売機で買う。
小生、実は日本野球より大リーグを好んでいた(イチロー選手がきっかけ)。現在の日本プロ野球を観ていない、知らない。これは少々気が引けるが、事実だからしょうがない。でも、さりげなく書いておこう。
今回はこれまでのWBCとは異なり、大リーグ・コミッション側の取組み姿勢、力の入れようが全く違ったものになった。また、大リーガーたち自身が、積極的に参加しようと、野球界の新たな相貌を見せはじめたのだ。その背景には、ファンである私の贔屓目かもしれないが、二刀流・大谷翔平の存在が大きい。それは、参加した大リーグの選手達にも何らの意識変革をもたらしたとも言える。特に、アメリカ側のマイク・トラウトはじめシュワーバー、ターナーなど白人トップクラスも勇躍参加した(白人に注目するのは、大リーグには根強い人種差別があったからだ)。
以上のことを考える前に、実際の通念をいえばこうだ。大リーグそのものがワールドベースボールであり、わざわざ国別の対抗試合をするなんてナンセンスだ。それが従来のアメリカの見方、考え方があった。俺たちMLBはシーズン中に毎日WB(ワールド・ベースボール)を観ている、プレイしているんだという自負と誇りがある。だからWBCにはクラシックという、やや上から目線の特別な名称をつけた。
さて、準決勝でメキシコと闘い、大逆転サヨナラを絵に描いたような試合は、忘れたくとも忘れない。先発はエンジェルスのサンドバル投手だったが、どちらかといえば中継ぎが多く、主力とはいえない。チームメイトにはもう一人、メキシコ出身のスアレスという投手がいた。日頃、大谷に揶揄われたりしていたが、負けじとやり返すやんちゃな面がある。その彼が翔平に感化されたのか、シーズン後半からめきめきと実力を発揮しはじめた。
スアレスがなぜ出場しなかったのか? 本シーズンに備える方がメリットがあり、故障を避けることはプロだ、そんなバイアスを感じたのであろうか・・。確かに、ベネズエラ出身で大谷を認めるアストロズのアルトゥーベ(彼も大谷に積極的にコンタクトする)は、WBCに出場して大怪我をしたらしい。プエルトリコの選手(名前失念)も、試合後に勝利を祝う最中に足を故障していた。こうしたアクシデントも、一流選手のWBC参加を推奨しない、有力な説・根拠となっている。
日本を追いつめたメキシコの監督を務めたのは、エンジェルスの一塁コーチだった。大谷が一塁に進塁すれば、相好くずしてコミュニケーションしたがる人だ。若くとも実力抜群の大谷へのリスペクトが見るからに分かって面白い。去年、新人賞とMVPを獲得したアロザレーナはメキシコ出身(訂正:キューバから亡命)。日本戦でホームランをもぎ取った後のドヤ顔が印象的だった。彼のドーダ・ポーズはサンドバルも真似していたナ。
同じチームメートのマイク・トラウトは、寡黙で一途なプレーと、ここぞという時のHRバッターとして有名、2019年のMVP だ。白人のクールガイ、なので東部や南部にもファンが多い。その彼が、大谷翔平へのリスペクトを隠さなくなった。
こんなエピソードがある。2年前のオールスターに、大谷は投打両部門でエントリーした。しかも前日のホームラン競争にも参加。そのトラウト(彼自身は怪我をして不出場)がわざわざ、大谷のもとに直接電話をかけてきた(ホームラン競争放送中の最中にだ)。ホームラン競争に勝つテクニックの何かをアドバイスしたそうな。何を言いたいかというと、それだけ親密な間柄であるということだ。この二人のやりとりを観て、全米の野球ファンがさらに大谷への評判を高めたのではないか(と思う)。
さて、去年のMVPはNYヤンキースのアーロン・ジャッジだった。62本というホームラン記録が評価されたことになっている。しかし、大谷を推すジャーナリストは後半に失速し、ジャッジ側に傾いた。二刀流(2Way Player)の大谷を支持したのは、彼ら記者ではなく、野球の神髄を知るファン、野球好きの普通の人、翔平の礼節、優しい性格を愛する女性たちだった。
打者部門でホームラン数は40本未満(34本でAリーグのベスト4、Nリーグを含めてもベスト10入り)。投手としては15勝でAリーグのベスト4だ。さらに言えば、投打両方での規定投球回数、規定打数を達成したことは特筆ものだ。一流バッター、ピッチャーでもこの規定数をクリアするのは至難の業で、シーズン中に何かしらのアクシデントに見舞われ、休場するのは当たり前というか、ごく普通のことで、この規定をクリアするのは相当にタフな選手しかいない。
ことほど左様に、大谷翔平は投打の両方で抜群の成績をおさめ、彼の野球愛が少年時代から本物志向だったことは全米に認知された。また、「目標設定、計画・実行、日々努力」を実践してきたエピソードなどは、アメリカの野球少年の両親たちがにべもなく共感したという。
岩手県のリトルリーグ時代、大谷が憧れた選手は、イチローなどの日本選手だけでなく、アメリカ大リーガー達が含まれていた。そして、高校時代に書いた計画書には、「27歳でアメリカのWBCに出場し、MVPに選出される」と、今回のことがそのまま実現してしまった(NHK制作・アメリカ版の大谷翔平ドキュメンタリー番組をユーチューブで観た)。
これらの大なり小なりのエピソードを重ねると、今回の大谷翔平のWBCの活躍は、「大谷で始り、大谷で終った」ことを全米いや全世界の野球ファンに知らしめる、もの凄いイベントであったことが分かる。
WBCはもはや、一流選手なら出場を控える、余技的なイベントではなくなった。野球ファンなら誰もが熱中し、愉しめる。と同時に、野球界そのもののすそ野を広げる、そんな認識を大リーグの関係者にもたらしたのではないか。3年後が楽しみだが、小生は観ることができるか・・。
入院中はユーチューブは見なかった(これを見始めると、通信料が馬鹿高くなる)が、今、退院してからアメリカ側のそれを色々と観て、「祥平大谷」を礼賛する動画がたくさん見つけた。なかでも、試合直後のスポーツ番組だろうが、A・ロドリゲス(ヤンキースよりもイチローのいたマリナーズ時代が凄い)とD・オルティーズ(レッドソックスの指名打者、ドミニカ出身)をゲストに迎えたインタビュー動画(日英字幕付き)が秀逸で、ここに載せることにした(著作権の件で削除するかもしれない、興味のある方はお早めに)。
もっと書きたいことはあるのだが、この辺にしておく。
WBC優勝☆大谷翔平インタビュー
▲どんな質問にも真摯に答える翔平に、オルティーズは「君はどこの惑星から来たんだ」とボケ突っ込みを入れる。翔平はそれでも「チームの少ない田舎で云々」と真面目にきちんと答える。ロドリゲスは間をもたすために「憧れた大リーガーは誰だった?」と聞くと、大谷はこの二人の名前と他の選手の名前をいう。通訳の一平さんは、さらにインタビューする二人の愛称「Aロッドとビッグ・パピ(Big Papi)」を口に出して通訳した。そんな嬉しいおだてを聞いて二人とも爆笑し、大谷をハグする。オルティーズは、なんと放送中に翔平と一緒の自撮りまでしていた。これを観たアメリカの野球ファンはさぞ抱腹絶倒し、うれし涙を流したのではないか。