朝日新聞で「パノプティコンの住人」という連載が始まったそうである。共謀罪や特定秘密保護法に象徴される、安倍政権による権力の集中化とその縛りの強化を批判する企画記事だという。それをまったくの的はずれで事実誤認の記事だと、東大話法の凄い使い手である池田信夫が酷評している(全文を読んでいないが推して知るべし⇒朝日新聞の笑える「パノプティコン」)。
彼は朝日新聞を三重もの過誤を重ねる記事だとして揶揄しているが、彼自身がどういう根拠で論評しているか分からない。ミッシェル・フーコーについて牽強付会ともいうべき池田特有の解釈もあり見過ごすことはできなかった。人の揚げ足をとらない主義なので、その反証はここではやらないが、事実認定の過誤のみを指摘したい。
池田は、哲学者ベンサムの設計した「パノプティコン」は過去にも現在にも実在しないという。まず、これがそもそもの大きな誤りである。
▲キューバのプレシディオ・モデーロ刑務所。第2次世界大戦では日本人が350人も収監されていた。現在は使用されていない。
▲同刑務所の内部。中央に監視塔があり、出入口は地下にある。
キューバに「青年の島」という離島があり、そこにプレシディオ・モデーロ刑務所がある。「パノプティコン」と同様の設計に基づく建造物で、しかも5棟もある。1931年に竣工され、当初イスラ・デ・ピノス国立男子収監所として呼ばれていた。
この建物自体の設計は、実はアメリカ合衆国イリノイ州のジュリエット刑務所をモデルとして造られた。が、建築思想、意匠は間違いなくベンサムのそれを継承している。(※追記)
現在、シカゴにも同じような刑務所があるので、「パノプティコン」形式の刑務所はアメリカにも実在する。日本においてもかつての元網走刑務所は、中央に監視所をもうけ放射状に囚人室が伸びていた。つまり、構造的には「パノプティコン」の形式を踏襲しているといっていい。(つい最近、網走刑務所を主な舞台とした吉村昭の「破獄」をテレビドラマで見たが、それを彷彿とさせる映像があった。つまり、事実に基づくドラマづくりを目指したのだろう。また、脱獄する山田孝之の演技に見入ったことも関係ないが記しておく。)
▲シカゴにあるパノプティコン構造の刑務所。
▲昔の網走刑務所そのものが歴史博物館になっている。中央に監視室があり監獄室が放射状に伸びている、まさにパノプティコン型の建築構造。(博物館HPより)
そもそも「パノプティコン」とは、18世紀のイギリスの哲学者ベンサムが考案したもの。「監獄のおぞましい劣悪さを改善したい、犯罪者の自力更生に尽力し、教育・改造して社会的に復帰させていく啓蒙的で功利的なシステムを構築したい」という善意から、円形上の監獄を考案したという。
この監獄の構造は、監視者の姿は決して見られない環境をつくり、監獄管理、囚人の規律化をうながす構造をもっていた。それを近代の権力、その構造認識に敷衍させて読み解いたのがフーコーといえる。犯罪が多様化した近代になって、国家は、監視と処罰の技術・ノウハウを蓄積してきた。それをさらに、統治や規律システムの厚みを加えるべく思想を形成するよう推移してきた。
つまり、国家や支配者は、あからさまに統治や規律の権力圧を外面的に働きかけるだけでなく、被支配者つまり国民にその力が内在化されるように仕組みを変えてきたといっていい。
池田がいう「本質的な問題は、パノプティコンはフーコーがのちに撤回したことだ。これは晩年の講義では「統治性」や「生政治」という概念に置き換えられ」という解釈は、フーコーの論点と筋が異なる。少なくとも「パノプティコン」という概念をフーコーは撤回した事実はない。
以前、私はスノーデンに関する記事を書いたことがある。アメリカの権力側・支配の監視システムは、基本が「パノプティック・ソート」として機能していて、いかなる個人も縦横無尽に監視できるように統制可能だ。様々なファクター、フェーズによって国民が階層別に監視されるシステムにも進化し、さらに監視カメラ、個人識別、GPS等の技術の複合化と相まって、個人情報のほとんどは集中管理、解析されておかしくない状況なのだ(※)。但し、監視する主体がNSCなのか、CIAなのか。それともFBIか、別の何かなのか、私には全くわからない。
蛇足のこと
●先日、中国人の女性二人が日本の文化施設に油をまいたとして手配されたが、明らかに中国側のスパイというか日本の監視システムの調査を目的に派遣され公務員だと思う。「パノプティック」な監視・規律システムは、まさに中国も早く実現したいシステムで、共産党の統治を盤石にしたいがためであろう。
●一方、アメリカのNSC(国家安全保障会議)は、パノプティック・ソートの監視・規律システム を全世界的に網羅しつつある。スティーブ・バノンがNSCから失脚した真の理由がまだ明らかにされないが、彼は「国家に抗する」男だっただけに現在の役割がどうなっているのか。相克なのか、潜航なのか、いまだにその後の動向が見えてこないのだが・・。
(※)ハイデガーではないが「現存在」分析の究極のリアルか?
(※追記)なぜか今日でもアクセス数が多く、わがブログの人気上位に常駐する。理由は分からず、しばし自分で再読して、この度、ぎこちない文章表現が気になり、一年前の記事ではあるが訂正した。文脈には影響ない。
私は、当時アメリカの属国であったキューバの、未知のプレシディオ・モデーロ刑務所に日本人が350人も収監されていた、という事実が頭から離れなかった。ノンフィクションとして一冊の本にできうる見過ごせないファクトだと思った。これも記事を書くモチベーションの一つ。
以上、2018・9・7 北海道の大地震の翌日に記す。
現代文のテキストって、国語における評論とか、ミッシェル・フーコーあるいはベンサムに関するものなんでしょうね。
いまの高校では、監視社会とか人民の統制なんかも勉強するんですね。
教えてくれて感謝です。
ベンサムの『パノプティコン』発行の数年後の1795年に一部完成、2年後に全体が完成し、なんと1960年代まで使用されたそうです。
よろしければご確認ください。
戸田三三冬氏の著書は、その存在さえ知りませんでした。なるべく早く確認したいと存じます。
ウィキペディアには、若干その刑務所の記事と写真があり、その片鱗を確認することができました。ただし、これはラツィオ州のサント・ステーファノ島で、サルデーニャのサント・ステーファノ島もあるらしく、自分なりに調べたいと思いました。
コメントありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。