前回、「インディアスの破壊についての簡潔な報告」についてふれた。これはスペイン人による虐殺に限った報告であるが、私はいま、虐殺されたインディオやインディアンと呼ばれた人々について思いを馳せている。
我々と祖を同じくするモンゴロイドの民は6万5千年から1万5千年前(注)にかけてユーラシア大陸から漸次移動してきたとされる。これは人類考古学でも科学的に解明されている。彼らは南米大陸まで及び各地で独自の文化・文明を築きあげた。
コロンブスがアメリカを発見したとき、北・南米大陸にどれほどの人口であったのか定かではない。しかし、「簡潔な報告」では、カリブ諸島において「蟻の巣のようにうじゃうじゃとインディアスが暮らしていた」とある。昆虫にたとえるとはただ事ではない。この島々は現在、ヨーロッパ人とアフリカから連れてこられた奴隷達の末裔と、彼らとネイティブとの混血たちが暮らしている。この事実だけでも、人種と歴史の混沌さに驚く。
モンゴロイド系のインディオは、ブルドーザーで蟻の巣を一掃したかの如く虐殺されたのだろう。一部は大陸に逃げおおせた人々もいるだろうが・・。
さて、北・南米大陸におけるインディオやインディアンたちの暮らしがいかなるものだったか知る由もないが、それでも20世紀以降の人類学者や考古学者らのフィールドワークによって「新たな知見」がもたされた。
特にレヴィ・ストロースの業績は、人間至上主義に陥った感のある「西洋の知」に構造的な変革をもたらしたという点で燦然と輝く。最近、彼の主著「神話大陸1」の「生のものと火にかけられたもの」がやっと日本でも日の目を見たらしい。それでもまだ3部残っているわけで、私たち一般の日本人の知の後進性はひどい状態といえる。
「人間はいつまでもこの地上に存在し続けるのではないこと、この地球というものもいずれは存在しなくなるだろうということ、そしてその時には、人間が作りだしたすべてが消えて何も残らないだろうということを十分に知ったうえで、それでも生活し、働き、考え、努力しなければならない」(遠近の回想)
というレヴィ・ストロースの言葉を、私は深く受けとめたい。少なくともフーコーの「人間は砂浜に書かれた文字のように一瞬のうちにかき消されるだろう」という言葉よりも切実に響くし、学者としての倫理観、責任感には真摯なものがある。
ところで、話を北米インディアンに移すと、前回のブログでふれたように彼らの現在の生活は囲い込まれた状態にある。しかし、私は重大なことを書き漏らしていた。「イロコイ連邦」の存在である。アメリカがイギリスから独立した際に、13州の連邦制の合衆国として独立したが、その独立の法精神である自由と民主主義は、先住民インディアンのイロコイ連邦を手本とした。
「イロコイ」という固有名詞はなんとなく知っていたが、それが今でも存続しているということはつい最近知ったことだ。自分の無知を恥ずかしく思う。日本政府は認めていないが、米政府が正式に公認している自治国家ともいえる。「HAUDENOSAUNE」という公式ホームページもある。
ちなみに、ウィキペディアによると「ニューヨーク州北部のオンタリオ湖南岸にある独立自治領。アメリカ東部の先住民族により構成され、ヨーロッパ人の移住以前から存在した連邦国家である。1794年にアメリカ合衆国と主権対等、相互不可侵の条約を結んでいる。独自のパスポートを発行し、FBIなど合衆国政府の捜査権も及ばない。国連でも認められた独立自治領であり、事実上独立した国家」とあり、「イロコイの連邦制度は、アメリカ合衆国の連邦制度の元になっており、アメリカ合衆国が13の州で独立するときにイロコイ連邦が協力して大統領制を始めとする合衆国憲法の制定にも関係している。かつてアメリカ合衆国大統領は就任に当たってイロコイ連邦を表敬訪問するのが慣習となっており、近年のジョンソン大統領まで続いた」と解説する。
さらに引用すれば
「1780年代の合衆国憲法制定会議には、イロコイ連邦や先住民族諸国の代表団が含まれていた。イロコイはフランクリンやジェファーソンに幼いころから影響を与えたのみならず、独立から憲法の制定にいたる過程で具体的な示唆を与えていた。アメリカ合衆国としての統合はイロコイの連邦制度や協力抜きにはなかったとも言える。合衆国のアメリカ白頭鷲の国章はイロコイ連邦のシンボルを元にしたものであり、言論の自由や信教の自由、選挙や弾劾、独立州の連合としての連邦制などがイロコイから合衆国へと引き継がれたものである。また、イロコイは事実上、最も初期に女性への選挙権を認めた集団である」
インディオやインディアンら先住民は文字をもたなかった。それはケルト人のように故意に持たなかったと私は思う。
文字をもつことで失うものが大きいことを、彼らは知っていたのだと思う。
ソクラテスも文字で書き残すことを嫌った。文字を使うことで真理から遠ざかると考えた。その思いはアメリカ大陸のネイティブたちも同じだったのではないか。しかし彼ら叡智が絶えることはなかった。イロコイ連邦が提唱する自治理論や法精神は、ヨーロッパからの移民たちをも感嘆させ、手本とすべき思想や原理であったのだ。
エンゲルスの国家論やモルガンの「古代社会」もイロコイ連邦を研究したものらしい。
■「アメリカ建国とイロコイ民主制 」ドナルド・A・グリンデ・Jr/ブルース・E・ジョハンセン (みすず書房)星川淳 訳 「小さな国の大いなる知恵」ポーラ・アンダーウッド/星川淳 共著( 翔泳社)は要参考。星川淳の「地球生活」は面白かった。そういえば、友人が屋久島に旅行する動機は、星川氏がガイドしてくれるから、ということだった。そういえばホームページもご無沙汰だ。
●(注)これは全くの間違い。アメリカ大陸における人類(ホモサピエンス)の最古の痕跡は、紀元前1万1千年ごろが定説となっている。何を根拠に書いたのか、今となっては想いだせない。ほんとうに自分はいい加減な人間だと猛省する。また15世紀における先住民の極端な人口減少を、スペイン人による虐殺だけが原因とする認識は当時はなかった。ただ、ヨーロッパからの病原菌により先住民の9割が死に至ったとされる最近の説はまだ納得ゆかない。アメリカ大陸の富の収奪が資本主義勃興のファンデーションだと考える私にとって、もっと追求しなくてはならない。24年2月17日 恥を記す。
追記:以上の(注)は保留。そのことを記す。▲26年7月25日