草木が青々として生い茂るこの季節。ちょっと前には水仙が、そして最近では桜草、躑躅なぞが咲き、赤や黄の艶やかな色香の花たちが、殺風景な墓地を彩ってくれる。吟行が2,3か月ほど取りやめになって、俳句を詠むモチベーションは萎むばかり。しかし、作句を発表できる冊子は運営されているから、小生自らを鼓舞して題材を求めて外に出る。
ということで、まず家から近い墓地にいく。で、なぜか犬ふぐりが気になった。在来の植物か、帰化したものなのか、学術的な論議があるようだ。オオイヌフグリという同種で、こちらは帰化植物とのことだが、写真を見るかぎり見かけはいっしょだ。それにしても小ぶりの花であるが、紫がかった青みの花が可愛げがあり、よく見ると立派な花弁をもっている。山で見かけるリンドウには及ばないが、「みちの辺の花」のなかでは、犬ふぐりの花は出色の青に思えてならない。
文学作品では誰か書いているか調べたのだが、俳句では結構な数が詠まれていることを知った。高浜虚子の「犬ふぐり星のまたたく如くなり」を筆頭に、多くの俳人に詠まれていた。ただし、8,90%が男性だったのは不思議で、犬ふぐりという名称が、女性から敬遠されているのかもしれない。調べてみたら、犬ふぐりの実の形が犬の陰嚢に似ているからだという。命名者は言わずと知れた、植物学者の牧野富太郎である。そういえば、彼はこの谷中墓地に埋葬されている。
犬ふぐりを季題にした句で、自分好みの秀句を選んだ。
いぬふぐりみちべに敷きぬわが来れば 山口青邨
流水の渦やこゑなき犬ふぐり 森澄雄
ひとり黙せばひとりきらめく犬ふぐり 加藤秋邨
犬ふぐり石崖にまでレールの錆 秋元不死男
鍬の刃に花飛ばすなり犬ふぐり 阿波野青畝
いぬふぐり囁く足をあとしざり 阿波野青畝
阿波野青畝(あわのせいほ)という俳人について全く知らなかった。1889年生まれで93歳で亡くなったとあり、虚子の弟子であった。少しずつ読んでいこう。
▲一週間前ほどに、谷中墓地で撮った。
拙句を二つほど載せる。
犬ふぐり這い蹲るも凛として
地に這ひて月に吼えるか犬ふぐり
そのほか、拙句のなかでまあまあかなと思うものを、日録として載せる。
踏青や童はひとり影を踏む
風光る塔の在りし日礎や
光るほど土くれ萌ゆる黄タンポポ
早緑に成りてうつくし葉桜や
かの昔父が母を抱く春の宵
地を裂きてなお分け出でる春の草
さみどりのひかりもとめていゑをでる
自我叫ぶ穴から出でよ蛤や
▲以上、同日に撮った草花。
追記:家にこもり、終活をかねて身辺整理を継続中。古い写真なども整理しているが、30年以上の前のインド旅行のとき写真をPCに取り込んだ。公開してもいいものを一部だが、「フォトチャンネル」に追加した。興味のある方はどうぞ、ただし画像のクオリティは落ちます。悪しからず。