久しぶりに浅草へ行った。平日でもあり、コロナ禍の第3波であるから、予想通り人通りは少ない。仲見世をはじめ周辺の商店街では、ほとんどの店舗がシャッター降ろしている。
日本の観光地はどこも苦境に立たされているが、実際に目の当たりにすると痛々しく感じてしまう。政府のコロナ対策、特に経済面においてはすべてが空回りしている感じがしてならない。といって、世界のどこの国でもコロナ以前の状況に復元した話はきいていない。経済学者にしても現状を切り開くようなプランをかかげる人はいまだに現れない。
どうも話が辛気くさくなっていけない。
12月8日は、かつて日本軍が真珠湾を襲った日米開戦の日、知っている方は何%いるだろうか。そしてまた、ジョン・レノンが銃弾に倒れた日でもある。80年目と40年目という節目の年になるが、信じられないくらいに年月の経過は早く過ぎ去るものだ。
レノンが亡くなったのは40歳のときだが、そんな若い時だったのだ、と今は痛切に思う。ビートルズとコルトレーンがわが青春の音楽、小生の所属階層が如実にわかる己の選好だ(記事にできるか分からないが、いまピエール・ブルデューについて書いている)。
12月8日はまた、釈迦が悟りを開いたことを記念する成道会(じょうどうえ)という日でもあり、浅草に行ったのは浅草寺に先祖の供養をするためだった。
というのは、叔母の位牌を安置していただいていて、その縁で釈迦さまの真骨がある五重塔に登ることが許される。日頃の不信心が許されるわけではないが、時にはお釈迦様の広い心に触れたいと思った。で、時にはあやかって、仏舎利を参拝するのも悪くない。故人を偲びつつ、浅草寺の今を上から眺めてみれば、この時節柄を冷静に見つめることができると思い至った。
この日は行き帰りを区内を循環するバス「めぐりん」に乗った。観光客はもちろん、利用する人も少ない。師走とは思えない世間の光景に、やりきれない思いが始終つきまとう一日であった。
▲五重塔からみた浅草寺境内。ちょうどお昼時だったが、閑散としていた。
▲浅草寺の裏の庭から五重塔を仰ぐ。12月の今が紅葉の盛りであるが、暖かい陽気に恵まれすぎている、東京は。
▲さいたま新都心にヨーコ&レノン記念館があったときに求めたキーホルダー。40回忌を祈るつもりでここに載せた。