熊野宮をおいとましましょう。
しばらく歩いていたら、小さな鳥居が見えました。また、神社に着いたな?
ところが奥へ入ると、
梵鐘堂があります。
道の傍らには、こんな可愛らしいお地蔵さんが出迎えてくれました。
こんなお地蔵様も、まだ新しい様ですね。
六地蔵と思いきゃ、七人いらっしゃいました。
本堂に着きました。臨済宗円覚寺派寺院の平安院というそうです。遠渓山と号し、小川寺6世省宗碩要禅師という方が開基となり、鎌倉瑞泉寺住職閑叔碩三禅師が開山した遠渓山平安院を月桂寺境内より当地へ引寺して、元文4年(1739)に創建したといいます。元文4年(1739)この地に移住した農民の菩提寺として建立されたものです。享保9年(1724)5月、幕府の許可を得て開発に着手したこの地は、その後順調に進展し、本寺建立の年には移り住む戸数89戸に達していたそうです。本新田の名主小川弥市は、小川寺6代の住職、省宗碩要禅師と相談して、この地に寺院の建立を計画、閑叔碩三禅師を勧請して開山に迎え、江戸市ヶ谷河田町の月桂寺の境内にあった寺号を移して遠渓山平安院と号しました。
開祖の閑叔碩三禅師は、鎌倉瑞泉寺の住職でしたが、隠退して現在の月桂寺の地に、その前身である遠渓山平安院を建立しました。元文4年に小川寺碩要禅師の懇請をいれ本寺の開山となるや、その年に、月桂寺境内にあった平安院の旧堂をこの地に移して小川新田の農民を檀家としてその基礎をつくったのです。境内には、開祖閑叔碩三禅師の法恩に報いるため、昭和27年4月15日、檀家一同で建立した石碑開山塔があります。
このような扁額が掛かっていました。
弘法大師像でしょうか、本堂の傍らにあります。
それでは、次の地を目指して歩くことにします。
つづく