小高い階段の先にある神社は八坂神社と言うそうです。武蔵村山市中藤にあるので、中藤八坂神社という八坂神社です。中藤八坂神社の創建年代は不詳ですが、新編武蔵風土記稿に記載のあることから文化文政年間(1804〜)には既に創建されていたことが窺えます。
階段を上って近づくと、素朴な造りですが、あの額が気になります。
見てください。狛犬のようにも見えますが、何で出来ているのか?よく見ると、なんと木の根っこを狛犬に見立てて額に入れて飾ってありました。
青梅街道は、南へ向うと大曲交差点で直角に西に曲がる。大曲交差点の手前の信号から右折して住宅街に入ると、「吟雪」という銘柄の清酒を造っていた酒造所があったのだが、10年くらい前に酒造所が閉鎖され、今は住宅街となっている。住宅街を歩いていると、路傍に祠が現れ「原山の地蔵尊」の説明版があり「『享保四歳念仏供、原山村』と刻まれています。土地のお祭りのとき、人があやめられその供養として村人が造立したと伝えられており、今なお子育地蔵として信仰されています」と書かれている。祠の中に、赤い帽子と赤い前掛けの大きなお地蔵様の立像(写真)がある。
原山神明社は、武蔵村山市中央にある神明社です。原山神明社の創建年代は不詳ですが、小名原山の鎮守だったといいます。江戸時代のはじめ、屋敷山に前島十左衛門という地頭の屋敷があり、この地を支配していました。その娘にどうしたことか指が六本あり、年頃になると身の不幸を悲しみ世をはかなんで自殺したので、村人が彼女を哀れんでその菩提のために六ツ指地蔵尊を建てたと伝えられています。今では子育地蔵として信仰されています。
その後は、またもと来た道を引き返し、箱根ヶ崎駅から帰宅しました。
おわり
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