つれづれに

きままに書きます。
どうぞよろしく。

初雪と共に いのちの山河 ご存知ですか。

2010年01月12日 | Weblog
 今日東京は初雪が降りました。
午後外出するために庭に出たら、
枯れ草に何かが当たる音が耳に入ってきました。
思ったとおり、霙混じりの雪でした。
その後、ひとしきり降り続いた雪はやがて霙になっています。

12月からこのお正月にかけて雪降りしきる場所が中心の映画を
2つほど観ました。
「いのちの山河~日本の青空Ⅱ~」と「剣岳 点の記」
全く内容は違っていましたが、
ひたむきに生きる人、人たちの行動が心に迫って来ました。

わけても「いのちの山河」は 貧しい一自治体の実績として一段と驚きと感動を与えてくれました。

様々なことが行き詰まり、経済上の厳しさと共に、
社会保障や医療・介護などで不安が満ちている今の日本。

新政権では、子どもに関しては子ども手当ての給付(私自身はもっと違った子育て応援をして欲しいと思っていますが)という対応がなされましたが、
高齢者に関しては、いのちの差別として悪評高い「後期高齢者医療制度」の廃止は、民主党は選挙前は廃止に賛成していたにもかかわらず、実現していません。

この映画は、岩手県の旧名沢内村で実現された徹底的にいのちを守ることを大切にした村を実現した深澤まさ雄村長と村民を描いた映画です。

冬になると隣町へのバス道路が不通になってしまう「豪雪、貧乏、多病」を抱えた山間の小さな村でした。
長く無医村で医者にかかるのは、死亡診断書を書いてもらうため。
乳児死亡率は全国最悪の、貧しい村でした。

その村は、全国に先駆けて実現した60才からの村民の医療費の無料化を実現し、続いて乳幼児の医療費を無料化し、全国初の乳児死亡率ゼロを実現したのです。
その実施後も村営病院をつくり、高齢者のための医療施設も作りました。

老人医療費の無料化は違法だと言い放つ厚生省の役人に対して、村長は「憲法25条」を楯に頑張りとおしました。

それから理解を得るために村長や市の担当者は村民との徹底した懇談会を行ないました。
その手始めが婦人会だったというのは的を得ていたと私は思いました。

ちなみに憲法25条は
1.すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
2.国は、すべて生活部面について、社会福祉、社会保障および公衆衛生の向上および増進に努めなければならない。        

ここまで正々堂々と憲法を楯に政治を進めていく寒村の一村長がいたのですね。

今、憲法を楯に「健やかに生まれ、育ち、老いる」ことが保障される国政の実現を迫る政治家が増えて欲しいという思いを呼び起こす映画でした。

もしこの映画を観る機会がありましたら
是非ご覧になっていただきたいと思っています。

ブログを更新しました

2010年01月07日 | Weblog
よく見たら2ヶ月ぶりでした。

この間も、撮ってはいるのですが・・・、いまいちなのです。
インパクトが弱いなんて息子にも言われてしまいました。

何が原因なのか自分でもわかりませんが、
自分自身の対象に対する感動がうすいのかもしれません。

闘病中やそれ以前のブログを読んでみたら、
みずみずしい感覚が(自分で言うのもなんですが)あるような気がしました。

こういったところは自分でコントロールできるわけではないのですね。

ご覧いただいて感想をいただけると
嬉しいです。

リンク集の「風になって」からいけます。
よろしくお願いします。


もうお正月も終わってしまいましたね。

2010年01月05日 | Weblog
28日まではひたすら大掃除。
年賀状は28日の夜と29日で8割がた終了してポストイン。
残りは大晦日にとゆうことに。
近くの方には確かに元旦に届いたようです。

30日からは娘夫婦、息子、強力な助っ人の友人の来訪で、
食事の準備に追われ、
合間をぬって買い物やら、ほんの少々の料理を。

大晦日になって娘と赤ちゃん本舗へ
赤ん坊のものを買い揃えに行きました。
これまでほとんど安静状態で買い物も思うに任せず、
こんな日になったのでした。

この間男性群は必死にけなげに大掃除をやってくれました。

元旦は、5人分のお雑煮つくり、
これはみんなに大好評で、嬉しくなりました。

もっと安いかもしれないと元旦から再び赤ん坊の用品を
別のお店に買いに出かけました。

広いお店に店員一人。
お客もわれわれ1組のみ。
とくに、xxセールも見当たらず、肩透かしに合った気分。
こんな日に買い物する私たちが変だったのかも。

元旦の夜は予告どおり創作和食のお店のてづくりお節が主役。
息子が作り酒屋の友人からもらったお酒が 格別の味だとか。
男性群はうまい、うまいを連発して、
早々と、出来上がってしまったようでした。

近年になく賑やかな年末、元旦の日でした。

そして2日は、亡き夫の一族の新年会が
都心のxx會舘でありました。
総勢40名あまり。
圧巻でしょう。

そんな中で、ただひたすら相当数の料理をぱくついて帰ってまいりました。

それにしてもなんだか慌しい日々でした。

今年もまたこんな風な慌しい時が流れていきそうです。

新年おめでとうございます。

2010年01月01日 | Weblog
 娘夫婦、息子、私の友人に囲まれて
お雑煮つくりなど食事の準備に追われ、

娘の生まれてくる赤ん坊のための買い物に追われ・・・・。

ゆっくりご挨拶の時間が取れないでおります。


昨年は色々とありがとうございました。

今年も慌しい年になりそうですが、よろしくお願いいたします。