ウロコのつぶやき

昭和生まれの深海魚が海の底からお送りします。

高橋版・オペラ座の怪人

2007-07-13 08:59:20 | 日記
新潟のCOIでお披露目された新しいEXが(部分的にしか見れてないけど)、ちょっとシュールで変わった感じだったんですが。よく考えたらこれも、初めて「ノクターン」を見た時に私が彼に抱いたイメージにすんなり当てはまるような気がします。
あの時、「この人はこれから、他の人があんまりやらないような変わったことをやってくれそう」と漠然と感じたのを思い出しました。単なる演技者ではなく、クリエイターとしての資質を感じたんじゃないかと思います。
なので、競技用の曲が王道ど真ん中の「オペラ座の怪人」だと知った時は、寧ろそっちの方がなんだか意外でした。
でも試合で戦うためには、審査員に分かりやすい王道曲の方が有利ですもんね(別のリスクもありますが)。そして「オペラ座」はベタベタの王道曲であると同時に、とても曲者な曲であるところが、今から思えば絶妙な選曲だったかなと思います。

***

これが女子ならば、演じるキャラクターはクリスティーヌですから、比較的等身大で演じられると思います。しかしファントムくんは等身大以前に、一般的なヒーロー像からかなりかけ離れたキャラクター。
詐欺師で脅迫者で誘拐犯で、落とし穴大好きの改造マニアで仕事人もびっくりの首絞めスキルを持った殺人犯でストーカー。ヒーローというより寧ろ悪役ですね。立ち位置的にも、キャラ造形的にも。
しかもこういう人を、「主役」として演じなければならないという難しさ。

見た感じはファントムくんを「悲劇のヒーロー」として演じられることが多いかなと思います。不幸な生い立ち&叶わぬ恋に身を焦がす切なさ、みたいな。実際ミュージカルでもそこが強調されているし。
でも私としてはそれだけでは物足りない。ファントムくんの残虐さ、エゴイズム、恐怖でもってオペラ座に影の主人として君臨する悪のカリスマ性。

大ちゃんの演じるファントムくんの魅力は、そう言った「悪」の側面までちゃんと演じられてる所だと思います。特にスケートカナダのファントムくんが真っ黒でステキです(ジャンプはアレでしたが)。5連続ジャンプの前にアピールする所、欲と恨みの念が籠った強烈な上目遣いがたまりません。

何度も書いてることですが、こういうキャラを演じるのは、経験や技術だけでは足りない、と私は勝手に思ってます。自分が常に正義の側にいると信じて疑わない人、というのが世の中には結構いますが、そういう人はどんなに演技力があってもダメだと思うんですよね。誰の心にもある闇の領域、それが自分にも確かにあることに気づいて、そこに想いを重ねられる人でないと。

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しかし確かに、ファントムくんことエリックくんは、ヤバい人であると同時に哀しい人でもありました。
己の醜さに絶望し、醜さ故に人生を奪われ、闇の底深くに棲みながら、美と光とに恋焦がれ、何より愛に飢えていた。
彼にとって美と光の象徴であったクリスティーヌ。彼女の愛を求めてエリックは、彼女を力づくで連れ去り、自分だけのものとするために脅迫します。一方的で自分本位な愛情。
それに対してクリスティーヌは、彼に愛情を与えた。たった一度のキスではあったけれど、騙されたのでも脅しに屈したのでもなく、彼女自身の意志で示した愛。それはエリックが永らく求めても得られることのなかった愛情だった。
ようやく飢えを満たしたエリックは、そこで初めて「求める愛」ではなく「与える愛」を理解したのではないでしょうか。自分ではなくクリスティーヌのために、彼女の幸せを願って光の中に送り出し、自分は独り闇の中に消えて行く。

うーん…。この話を最初、「芸術(=ファントム)と社会的身分(=ラウル)を秤にかけて、結局後者を選んだクリスティーヌ」という図式だと短絡的に解釈してしまった自分が恥ずかしい。恥ずかしいので戸田奈津子に責任を押し付けておきます。実際、この人の字幕は鵜呑みにすると危険です。
それとやっぱり、舞台や映画のファントムは外見がかっこ良過ぎるのも問題かも。そのせいで、クリスティーヌが男を天秤にかけてるように見えちゃうんですよね。原作を読むと、ファントムが到底恋愛の対象をはなり得ない存在である所から物語が始まってるのがよく分かります。

***

話を大ちゃんに戻します。

キャンベルで最初に披露された時には、フィニッシュは跪いて手を付くポーズでした。ファントムが闇の中に姿を消す、というミュージカルの筋書きに準じたものだと思います。
それがスケートカナダ以降、天を仰いで仮面を剥ぎ取るフィニッシュに変更になりました。
ファントムが闇に消えるラストはミュージカルだと余韻がありますが、4分余りのプログラムのラストとしては弱い印象。それに対して仮面を剥ぎ取るフィニッシュはミュージカルにはない場面ですが、劇的でカタルシスがあります。

そしてここから、原作ともミュージカルとも違う、大ちゃんだけの「オペラ座の怪人」が新しい展開を見せて行ったような気がします。

ファントムの黒さだけでなく悲しさも、狂気に満ちた切ない想いも、彼はまるで自分の感情のように表現していました。彼にはいつも、それが演技ではなくリアルな彼自身の感情であるように錯覚させられるんですよね。
特に「オペラ座の怪人」は、最後のストレートラインステップで演じられるファントムの狂気が、そのまま会場の熱狂を巻き込んでどっちがどうなのか分からなくなって来る。それが仮面を脱ぐフィニッシュで劇的に幕を閉じる。あそこで「ファントム」の仮面が外され、素の彼へと切り替わる。
ファントムの狂気に翻弄されていた私たちも、そこで現実に戻って大ちゃんに拍手を送ることができるという感じ。

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そして世界選手権。
仮面を外して、さてどんな大ちゃんの顔が出て来るんだろう、と思っていたら、泣き顔でした。
最初はちょっとびっくりしたんですが、声を上げて大泣きしている彼を見ている内に、ああ、やっとこの人は自分を許せたのかなという気がして来ました。これまで色々しんどい思いをして来ても、結果を出せない以上、それを表に出してはいけないと自分に言い聞かせて背負い込んで来たものが、東京のこの舞台でここまでやれた!というので、やっと自分で自分を解放できたのかなと。
それと同時に、変な感覚というか妄想が脳裏を過ったんですよね。あの仮面を取った瞬間、パリのオペラ座の地下で闇の中に横たわっていたファントムくんの魂が、東京の空の下に解放されたような。
ヨーロッパのお化けは何百年でもふらふらしてますが、日本の幽霊はちゃんと成仏しますから(笑)。なんか大ちゃんが、自分の感情と一緒にファントムくんをきっちり成仏させてあげたようにも見えました。
自ら仮面を剥ぎ取り、その素顔を白日の下に晒すファントム。原作にも、ミュージカルにもなかった救いのある結末を、彼は自分の生身の生き様を重ねることで完成させたのかも知れません。

だから多分、もうファントムくんの呪いを恐れて蹄鉄画像を貼る必要もないかなと思います(そう言いながらまた別のお守り画像を探して来そうですが私の場合)。

それともう一つ、忘れてはいけないのがサーキュラーステップですね。特に後半、「ミュージカルの中で最もゴージャスな場面」と言われる仮面舞踏会のシーンを、たった一人で再現しているのが素晴らしい。日本人にあんなゴージャスな表現ができるなんてと思うと、改めて感動してしまいます。

***

なんか結局、イタくて長い語りになってしまいました。
でも大ちゃんをきっかけに、「オペラ座の怪人」に出会えて楽しかったです。音楽もかっこ良かったし原作も面白かった。勢いで9月に四季の舞台のチケットも取ってしまいました。
また次の、新しいプログラムも楽しみにしています。

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2 コメント

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Unknown (ちろ)
2007-07-15 23:59:03
虹川さん、こんばんは。
「高橋版・オペラ座の怪人」、「追記」とともにため息をつきながら拝読しました。いや、もう、ほんとに素晴らしい!陳腐な言葉しか出てこなくてもどかしいのですが、これで私の中で大ちゃんのオペラ座が昇華されました。
もう十数年前にミュージカルを観たのですが、あの白いマスクとファントムの狂気がこわかったという記憶しかないんですよね・・・。だから大ちゃんが見せてくれたものが私にとっての「オペラ座の怪人」になりました。大ちゃんのオペラ座は、時にファントムが憑依しているように見えたり、大ちゃんの内面のさらに内側にあるものが出ているように思えたり・・・。競技であることを忘れてしまうような演技を見せてくれましたが、一方で、競技でなければあれだけのものは見られなかったんだろうな、とも思います。
私もサーキュラーステップが大好きで、できればもうちょっとズームアップして撮ってくれないかなーって思ったこともありますが、スピードもあるし、難しいんでしょうね。本当にシャンデリアや楽団まで見えてくるような、一瞬の素敵な舞踏会でした。

この週末は台風で、遠方からDOIに来られた方は大変だったと思います。虹川さんはサッカーに行かれたのでしょうか?私も昨日は大雨の中、日帰り出張してきました。
真央ちゃん、美姫ちゃん欠場で大ちゃんが大トリのようですね。DOIのCMも大ちゃん版なので気が抜けません・・・。(笑)
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Unknown (虹川 章)
2007-07-16 00:52:30
>>ちろさんこんばんは。
駄文をお褒め頂いて恐縮です。
ファントムに「恐怖」を感じたのは正しい感覚だと思いますよ。切なくも、悲しい人ですが、それと同時に怖くて悪い人でもある。両方を持っている難しいキャラクターで(だからこそ魅力的なんですが)、それをよく演じてくれたなーと思います。
技術的にもハードルが高いことがリアルに緊張感を高めて相乗効果をもたらすという憎い演出でしたね。
大ちゃんと言えばストレートラインステップがよく語られますが、サーキュラーも見所たっぷりですよね。カメラワークは何気にキャンベルが最高でした(汗)。
サッカーは一応無事に行って来れました(大阪、直撃しなくてお互いに助かりましたね)。詳細は上の記事で。DOIは私もネットでレポートを読みながらTV放映を楽しみに待ちます♪
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