「敵は海賊」10年ぶりの新刊!…と言われても、正直そんなに待たされたような実感はないです。「A級の敵」ってそんなに前の話でしたっけ。
ともかく、例によってこの記事は激しくネタバレしています。ご注意下さい。
質・量ともにずっしりヘビーな「膚の下」を読んだ後では、いかにも軽い読み応え。思えば「膚の下」って(あれだけの長編なのにも関わらず)ほとんど遊びの部分がなかったですもんねー。
これが敵海だと、アプロとラテルのアホ会話で息抜き出来ます。「A級の敵」に引き続き、セレスタンとラクエシュも登場。アホな会話、更に増量。
でも正直、敵海もそろそろ潮時なのかな、と思わないでもなかったです。今回、ラテルとアプロとラジェンドラがあんまり動いていない。セレスタンとラクエシュで間を持たせているような感じがする上、捜査の場面の大部分はメカルーク市警のネルバルとサティが担当している。
この二人がまた、叩き上げのベテランとエリートな新人っていう刑事モノの王道コンビなんですよね。なので、ラテルたちが出て来ない場面は、まるで普通の刑事モノを読んでるような感じでした。
そしてやっぱり今回も、話のカギを握るのはヨウメイ…ともう一人。物語の核となる『現象』の中心にいるゲラン・モーチャイのポジションは、「不敵な休暇」の“スフィンクス”アセルテジオ・モンタークを思い出させます。
ただ、その生まれ持った特殊能力で自分からヨウメイに立ち向かい、ヨウメイを騒ぎの中に巻き込んで結構いい所まで追い詰めたアセルテジオに比べると、結局はヨウメイの手の中で踊らされていただけのモーチャイは小物っぽく感じます。
***
それでも面白かった、と思うのは、この話が個人的にすごく興味深いテーマを扱ってたからかも知れません。
「正義」って、質の悪いものだと思います。
何故ならば、正義というものは、「悪」を攻撃することによってしか証明できないものだから。
本来、他者を攻撃することはそれ自体「悪」のはずなんですが、攻撃する対象を「悪」だと決めつけてしまえば、その攻撃は(例えどんなにえげつなくても)本人の中では「正義」に変換され、美化される。当然罪悪感も感じない。
余談ですが、ワイドショー的なバッシングとかブログの炎上とかってのも、こういう、何か落ち度のある対象を「悪」として叩くことで、相対的に自分が「正義」であることを確認したいっていう心理が働いているような気がします。やってる方は気持ちが良いんだろうな。しかし同時に、そんな形でしか自己を正当化できないのは人間としてみじめな気がする。まともなプライドがある人間は、そこに気づいた時点でそこから離れるんでしょうけど。
自分の行動を正当化し、社会に対して「正義である」と認めさせることが出来るという、類い稀なカリスマ性の持ち主であるゲラン・モーチャイが、他方で極めて幼児性の強い、未成熟な人間として描かれているのも、決して偶然ではないと思います。
一方でヨウメイが(あのヨウメイをもってしてさえ)、そんなモーチャイの性根を叩き直すのは「無理」って言ってるんだから、ある意味それが最も恐ろしい事実かも、と思ってしまいました。
***
でも一番驚いたのは、最後のオチでヨウメイがリジー・レジナ(デイジー・リジー)にラブレターを送ったこと。
…流石にこれは予想だにしなかった…ヨウメイの女性遍歴もどんどんハイパー化しているような気がしますが、彼の現在の理想の女性って、自分と同じレベルで思考して、自分と同じステージでゲームの相手になってくれる(戦ってくれる)相手だったのか…。
そりゃまあ、ラテルはゲームの前にゲーム盤をぶっ壊すようなタイプだし、アプロは…アプロって、ある意味唯一ヨウメイを上から見下ろす視点を持ってるのかも知れませんね。捕食者が被食者を見る視点ですけど。
面白かったです。ラヴ。
敵は海賊・正義の眼
「敵海」シリーズはそれぞれ独立した話なので、単品でも十分お楽しみ頂けるのですが、今回は結構過去のネタがちょこちょこ出て来ましたねー…。
狐と踊れ
神林さんのデビュー作を含む短編集。「敵は海賊」の第一作目も収録されてます。「正義の眼」にも登場するアモルマトレイ市が、ここで既に登場しているのにオドロキ。
敵は海賊・海賊版 (ハヤカワ文庫 JA 178)
長編としての第1作。ヨウメイの最初の女(?)シャルファフィン・シャルファフィア登場。
敵は海賊・猫たちの饗宴 (ハヤカワ文庫JA)
マーシャ・M・マクレガー登場。マクミラン社のベスタ・シカゴも頑張ってます。天野喜孝氏が挿絵を手がけているのもポイント高し。唯一、アニメ化もされてます。
敵は海賊・海賊たちの憂鬱 (ハヤカワ文庫JA)
火星の暗黒街・サベイジを舞台にした話。「猫たちの響宴」に出て来たペトロア軍曹がチョイ役で登場。
敵は海賊・不敵な休暇
これが件の、アセルテジオの出る話。ドク・サンディも多分初登場。「正義の眼」ではマクミラン社が襲撃を受けてますが、あの会社の呑気なカタギOLだったメイヤン嬢は無事だったんだろうか。
敵は海賊・海賊課の一日 (ハヤカワ文庫JA)
ラテルの過去が明らかになった話。パメラ・ツェルニーとのお付き合いもここから始まったけど、あんまり進展してなさそうだ。「海賊版」に登場した異星系の魔女バスライが再登場。セレスタンも何気にチョイ役で出て来る。エクサスとラクエシュも、名前だけはここで既に出てるんだな。
敵は海賊・A級の敵
セレスタンとラクエシュがここから本格参戦。ヨウメイの第二の女(?)マーゴ・ジュティ登場。
こうして過去を見返して気づいたこと。今回、ラック・ジュビリーが出て来てない。影も形も。あとヨウメイがサベイジに行かないので、バー「軍神」もオールド・カルマも出て来ないんですね。ちょっと寂しい。
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…神林先生、『膚の下』で全て出し尽くした後だったのでしょうか?
『膚の下』はただもう凄かったです。
『あなたの魂に安らぎあれ』を初めて読んだ時にもかなり圧倒されたのですが、『膚の下』の、特に終盤にかけては鳥肌ものでした。
解釈の仕方次第で、全ての神林世界(『敵海』シリーズも含む)の祖となるのじゃないか、という気がします。
で、『正義の眼』ですが…。
読み始めてからいつまで経っても、舞台が火星近郊に移らないので「あれ?」と思いました。
今までの話は『海賊版』以外、全て火星か火星上空のダイモス基地が舞台ですよね。
(ま、『海賊版』もイントロは火星のサベイジなんですけど。)
今回は遥か辺境の土星の衛星タイタンのメカルーク市が舞台だったから、お馴染みの火星近郊で活躍(暗躍?)してるメンツは全く出番無かったですね。
長年追っかけて来たファンとしては、ちょっと寂しかったです。
あれ、でもマクミランのトップはジュビリーじゃなかったっけ?何で出てこなかったんだろう。
(関係ないけど、メカルーク市って確か『猫たちの饗宴』でサントスがいた街でしたね。)
今回のゲストキャラは、敵海シリーズの登場人物としてはイマイチ力不足な気がします。
今回の敵役である筈のモーチャイですら、あまり話を牽引してないし。
唯一人力強いレジナは、何だかドク・サンディとキャラに被ってて新鮮味が乏しい。
その辺に若干の不満を残しはしましたが、話のテーマも、物語自体も面白かったと思います。
昨今、なかなか本を読み終えるという事が少なかったのに、一晩で一冊読破してしまいました。
ちょっと小ぶりだったけど、良いお話だったと思います。ラヴ。
PS:最後のオチ、私も驚きました。
『膚の下』で根を詰めて働いたから、ちょっとアプロたちとじゃれて息抜きしよーって感じもしなくもなかったですね。>>正義の目。
『膚の下』は確かに、命とは?魂とは?みたいな普遍的なテーマにかなり切り込んでいて、今でも色々と考えさせられてます。『あな魂』もう一回読み返そうかな。
>>メカルーク
どっかで見覚えがあると思ったら『猫たちの響宴』だったか。でも確かに今回、火星&火星組の出番が少なかったですね。個人的には、サベイジがヨウメイのアイデンティティに関わる場所だと思ってたので、そこが出ないのは残念でした。
ジュビリーは一体何やってたんだろう。
確かに今回の話の弱さは、ゲストキャラの弱さにあるのかも知れないですね。モーチャイはヨウメイに「強敵だった」と言っては貰えなかった。
レジナも、内に秘めてるものはタフなんだけど、如何せん行動が地味過ぎる気が。
そんなこんなで、今までの敵海に比べると薄味なイメージだけど、話の根っこはしっかりしているのは流石ですね。この1話で話を解決させずに終わってるのも良いと思いました。ラヴ。(←最早、お約束)