映画監督・榊英雄の騒動に触れて想起したのは、
ひとつの映画とひとりの監督だった。
前者は名作とされる『ラストタンゴ・イン・パリ』(72)。
監督は信奉者も多いベルナルド・ベルトルッチ、主演はマーロン・ブランドとマリア・シュナイダー。
冒頭に映し出されるフランシス・ベーコンの絵画が強烈な「愛の名作」ではあるものの、
強姦場面において、ベルトルッチとブランドは「共謀」し、シュナイダーに詳細を知らせないまま撮影をおこなった…とベルトリッチ本人が発言したことから大バッシングが起こった。
ここで問題にすべきは、迫真性・リアリティ、もっといえば「ゲージツ」のためなら、善意は置き去りにされていいのか? ということ。
シュナイダーはこの映画に出演したことで深く傷つき、後年も「その余波」に悩まされることになった。
自分は映画作りにおいては道徳や倫理は捨てていい、犯罪に関わらないかぎり―という考えではあるものの、助監督だった崔洋一が「神聖な撮影現場だった」と回想する『愛のコリーダ』(76)と比べ、ベルトリッチの現場はあまりにも野蛮ではないのか? とは思う。
後者はもっとひどい、、、というか、これは明らかに犯罪。
コロナにより去年客死(享年59歳)した韓国の鬼才キム・ギドク。
キムは(女優に対する)撮影中の暴力やベッドシーンの強要だけでなく、プライベートでも複数の女優からハラスメントや性的暴力を告発されていた。
裁判の結果は「黒」だとして、コロナで死ななくとも新作は撮ることが出来なかった環境にあったと思われる。
榊英雄は、日本のギドクなのだろうか。
自分は毎年ブログに発表している年間ベストにおいて、このひとが監督した『捨てがたき人々』(2014)と『木屋町DARUMA』(2015)をランクインさせている。
ヒリヒリした描写が得意なひとだな、面白い監督だなと評価していた。
映画監督としては、たしかに才能があると思った。
だから擁護出来るのであればしたいが、…ないなぁ、微塵もないなぁ。
発端は『週刊文春』による告発記事。
榊が関わるワークショップに参加した若手女優4人が、性行為を強要されたという内容のものだった。
榊は「一部を否定」しつつ謝罪のコメントを発表したが、
それにより、本来であれば今週末より上映予定だった『蜜月』は公開中止の措置が取られている。
性被害のトラウマを抱えるヒロインを描いた『蜜月』を、性的加害者が監督していたという皮肉。
じつはこれより数年前に、ある女優さんが監督名を伏せた状態で同じような被害に遭ったこと、遭っている女優の卵が多いことをSNSで訴えていた。
現在の状況を踏まえて読み返せば、伏せた名前が榊英雄であることが「はっきり分かる」内容のもの。
『文春』には、ここで引用するのを躊躇う文言が並ぶLINEも公開されており、
ここまで証拠が揃い過ぎていると、本人の弁明を聞く前に「まっくろ」認定するほかないだろう。
「枕営業」ということばが死語になりそうでならないところを見ると、そういうことも「まだ」あるかもしれない。
しれないが、極端な話をすれば、あってもいいとは思うが、それは、はっきりと両者の利害が一致した場合にかぎるというか、そこに少しでも強制性などがあればNGだろうよ、そりゃもちろん。
この件で救いがあるとすれば、暴露される流れに『蜜月』の脚本家が関わっていたこと。
自分が関わった作品だもの、お蔵入りを回避したくなると思うんだよね。
しかし義憤にかられ、公表に踏み切った。
弱者の声を拾った関係者が居るってことは、業界が変わることが出来るという可能性の証明だもの……そう思いたいし、変わらなくちゃいけないはずだよ。
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明日のコラムは・・・
『オスカー予想2022 最終版』
ひとつの映画とひとりの監督だった。
前者は名作とされる『ラストタンゴ・イン・パリ』(72)。
監督は信奉者も多いベルナルド・ベルトルッチ、主演はマーロン・ブランドとマリア・シュナイダー。
冒頭に映し出されるフランシス・ベーコンの絵画が強烈な「愛の名作」ではあるものの、
強姦場面において、ベルトルッチとブランドは「共謀」し、シュナイダーに詳細を知らせないまま撮影をおこなった…とベルトリッチ本人が発言したことから大バッシングが起こった。
ここで問題にすべきは、迫真性・リアリティ、もっといえば「ゲージツ」のためなら、善意は置き去りにされていいのか? ということ。
シュナイダーはこの映画に出演したことで深く傷つき、後年も「その余波」に悩まされることになった。
自分は映画作りにおいては道徳や倫理は捨てていい、犯罪に関わらないかぎり―という考えではあるものの、助監督だった崔洋一が「神聖な撮影現場だった」と回想する『愛のコリーダ』(76)と比べ、ベルトリッチの現場はあまりにも野蛮ではないのか? とは思う。
後者はもっとひどい、、、というか、これは明らかに犯罪。
コロナにより去年客死(享年59歳)した韓国の鬼才キム・ギドク。
キムは(女優に対する)撮影中の暴力やベッドシーンの強要だけでなく、プライベートでも複数の女優からハラスメントや性的暴力を告発されていた。
裁判の結果は「黒」だとして、コロナで死ななくとも新作は撮ることが出来なかった環境にあったと思われる。
榊英雄は、日本のギドクなのだろうか。
自分は毎年ブログに発表している年間ベストにおいて、このひとが監督した『捨てがたき人々』(2014)と『木屋町DARUMA』(2015)をランクインさせている。
ヒリヒリした描写が得意なひとだな、面白い監督だなと評価していた。
映画監督としては、たしかに才能があると思った。
だから擁護出来るのであればしたいが、…ないなぁ、微塵もないなぁ。
発端は『週刊文春』による告発記事。
榊が関わるワークショップに参加した若手女優4人が、性行為を強要されたという内容のものだった。
榊は「一部を否定」しつつ謝罪のコメントを発表したが、
それにより、本来であれば今週末より上映予定だった『蜜月』は公開中止の措置が取られている。
性被害のトラウマを抱えるヒロインを描いた『蜜月』を、性的加害者が監督していたという皮肉。
じつはこれより数年前に、ある女優さんが監督名を伏せた状態で同じような被害に遭ったこと、遭っている女優の卵が多いことをSNSで訴えていた。
現在の状況を踏まえて読み返せば、伏せた名前が榊英雄であることが「はっきり分かる」内容のもの。
『文春』には、ここで引用するのを躊躇う文言が並ぶLINEも公開されており、
ここまで証拠が揃い過ぎていると、本人の弁明を聞く前に「まっくろ」認定するほかないだろう。
「枕営業」ということばが死語になりそうでならないところを見ると、そういうことも「まだ」あるかもしれない。
しれないが、極端な話をすれば、あってもいいとは思うが、それは、はっきりと両者の利害が一致した場合にかぎるというか、そこに少しでも強制性などがあればNGだろうよ、そりゃもちろん。
この件で救いがあるとすれば、暴露される流れに『蜜月』の脚本家が関わっていたこと。
自分が関わった作品だもの、お蔵入りを回避したくなると思うんだよね。
しかし義憤にかられ、公表に踏み切った。
弱者の声を拾った関係者が居るってことは、業界が変わることが出来るという可能性の証明だもの……そう思いたいし、変わらなくちゃいけないはずだよ。
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明日のコラムは・・・
『オスカー予想2022 最終版』
こうした悪しき事は絶えてほしいです
それが当たり前になっちゃうと、捨て身のひとしか俳優を目指せなくなります。