Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

A-N-KA

2024-11-30 00:10:00 | コラム
そこまで寒がりではない、、、と自覚していたのですが、
歳かな、毎日ガタガタ震えながら布団に入る感じになってきたので、早速「あんか」を出しました。

日中は暖かだけれどね、
自分が寝るのは午前9時~10時くらいなので、まだそこそこ寒いのよ。

う~~~ん、心地よい。
結局は、起きるころにはベッドから放り出して床に落ちているのですが、最初の20分・・・いや30分か、そのあいだだけは必要かなって。


ちなみに暖房は、今冬でいちどだけ「すっげ寒い日」につけました。
それだけで電気代が爆上がりするからね、しばらくは起きている時間帯は「着る毛布」を羽織って、寝るときは「あんか」を用い、節電を心がけます^^


あんか→ポール・アンカ
ベタ過ぎるチョイスですが(^^;)(^^;)(^^;)



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明日のコラムは・・・

『とーちゃん、がんばれ。 + 2024年11月コラムの目次』
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令和版・海外俳優列伝(174)チャズ・パルミンテリ

2024-11-29 00:10:00 | コラム
52年5月15日生まれ・72歳。
アメリカ出身。

日本人ではちょっと発音しづらい「Palminteri」という姓でピンとくるとおり、両親はイタリア・シチリア移民。
けれどもかえって、この「しづらさ」により自分なんかはいちどで覚えた俳優さんでもあります^^

派手なキャリアではないけれど、出てくるとうれしいひと。

舞台上がりの演技力はまちがいないものがありますからね、そうでなければクセモノ揃いのこの映画できちんと目立つことなんか出来やしませんよ。



<経歴>

意外なのが…ドルフ・ラングレンと旧知の仲で、というのも俳優として頭角を現すまでのあいだ、ラングレンと同じ施設で警備員をしていたそうです。

へー!

舞台などで端役をこなしつつ、89年に戯曲『ブロンクス物語』を書き上げる。
自身の少年期をもとにした物語―本作が注目されたのは、これが「一人芝居」だったこと。

18のキャラクターを、パルミンテリ自らが演じてみせたのです!!

評判を聞き実際に観劇、えらく気に入った俳優デ・ニーロが自身の監督デビュー作にこの物語を選ぶ、、、


そんな風にして一気に注目を浴びました。



少し遡って・・・。

映画俳優デビュー作は、91年のスライ出演作『オスカー』。

93年に映画版『ブロンクス物語』でデ・ニーロと共演、

翌年はウディ・アレンの傑作『ブロードウェイと銃弾』(94)、


さらに『ユージュアル・サスペクツ』(95)とつづくわけですから、きっかけさえあれば一気に最前線に行けることもあるんだな!と驚かされます。


ギャング・マフィア系の役柄が多くなるのはイカツイ系の見た目なので仕方ないのかな(^^;)、
そのほかの出演作に・・・

『ジェイド』(95)、
クルーゾー監督の大傑作をリメイク、目をひん剥いて口を尖がらせながら頑張ったパルミンテリではありますが、どうしたって主演ふたり(シャロン・ストーン×イザベル・アジャーニ)の妖しい魅力には敵わない『悪魔のような女』(96)、


男くっさいアクション『狼たちの街』(96)、『アナライズ・ミー』(99)など。

2004年、『NOEL ノエル』で監督デビューを果たす。
キャリアの築きかたが、ゲイリー・シニーズさんに似ているかもしれませんよね。

ちょっと最近、スクリーンにはご無沙汰です。
舞台が忙しいのかな、寂しいですよパルミンテリさん!!


次回の列伝は、チョウ・ユンファさんから。

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『A-N-KA』
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令和版・海外俳優列伝(173)チャウ・シンチー

2024-11-28 00:10:00 | コラム
62年6月22日生まれ・62歳。
香港出身。

向こうでの表記は「周星馳」、
日本人でこの並びに「…うん?」と思うひとは読書家でしょう、由来は作家・馳星周なのですから^^

フツーにしていればハンサムガイなんですけど、それをよしとしない、というか、たぶんそれだと自分が楽しめないのかな、コメディに全振りすることによって映画界における存在感を放った異色のひとです。


代表作は、やっぱりコレ。
彼女も、えがったですなぁ!!



<経歴>

無綫電視の俳優養成所第11期生。

子供番組で「悪いお兄さん」を好演、絶大な人気を誇ったそうです。

88年の『カウボーイ・ダンディ』あたりから映画界に参戦、
しかし日本では無名にちかい存在で、このころの出演作は軒並み未公開となっています。

自分もほとんど観ることが出来てないですが、ソフト発売はされているので・・・

『超アブない激辛刑事 カリー&ペッパー』(90)とか、タイトルが面白いので興味は引きますね(^^;)


(本人は香港を離れずに)出演作が海を越えていくのは、90年代のなかごろから。
成龍が本格的にハリウッド進出を果たすのもちょうどこのころで、それはまぁ偶然でしょうけれど、スターが入れ替わっていく時代でもあったわけです。

94年―『0061 北京より愛をこめて!?』に主演、タイトルのとおり007のパロディで、自分にとっての初シンチーでありました。

内容は「あって、ないようなもの」なので、さっぱり覚えてませんが、そーとー笑った記憶だけは残ってます。
そうか、このひとはパロディのひとなんだなという認識。

トレビン警部=レスリー・ニールセンみたいな?

それはまちがいではありませんでした、次に注目された96年の『食神』は・・・
監督も兼任し、ヒロインのカレン・モクに不細工メイクを施して好き放題やらかす。



バカだなぁ、でも面白いじゃんこのひと!って。

『喜劇王』(99)を経た2001年、『少林サッカー』で国内興行を塗り替える大ヒットを記録。
本作は日本はもちろん全世界にも受け入れられ―あれですね、インドの『RRR』(2022)現象にちかいのかもしれません。

以降も・・・
『カンフーハッスル』(2007)、

『西遊記~はじまりのはじまり~』(2013)、


『人魚姫』(2016)などでスマッシュヒットを記録。


ひとつ変化があったのは『西遊記』からは完全に監督業に専念、


これは、作品のクオリティを「より」上げたいと考えたゆえ、、、なのでしょうか。

その心意気、おおいに買いたい。
ですが、俳優としても魅力的なのだよなぁ!!

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令和版・海外俳優列伝(172)チャールトン・ヘストン

2024-11-27 03:30:00 | コラム
23年10月4日生まれ・2008年4月5日死去、享年84歳。
アメリカ出身。

元祖マッチョ俳優、、、といってもスライやシュワ氏のような鍛え上げられた、SF的な筋肉ではなくナチュラルな身体。
ジムで器具を使ったりプロテインを飲んで鍛えたというより、日々の生活で・労働で自然と付いた感じの筋肉。

よいわるい、ではなくってね。
そんな感じ。

しかし新しい映画ファンほど、全米ライフル協会のドンとしてのインパクトが強くネガティブなイメージを抱くのかも。


と同時に公民権運動家としての活動にも積極的で、評価するべきおこないは多いはずなのですけれど、銃社会の権化のような悪いイメージのほうが…まぁそれだけ「あの映画」の力が強かったということでしょう。

それはともかくとして、ハリウッド黄金期の後半50~60年代に大活躍したスターであることに変わりはありません。




<経歴>

ノースウェスタン大学卒。
在学時より演劇部で活躍し注目を浴びる。

卒業後に陸軍に入隊、第二次大戦中は爆撃機B-25の無線士として軍務につく。

退役後にあらためて俳優業を目指し、ブロードウェイでキャリアを築き始める。

映画俳優デビュー作は、50年の『虐殺の街』。

当初から目立った存在で、下積みといえる期間はなかったみたいです。

セシル・B・デミルによる大作『地上最大のショウ』(52)、『真紅の女』(53)、『テキサスの白いバラ』(55)を経た56年、モーゼを熱演した『十戒』により自身のポジション(偉人を演じるならこのひと!みたいな)を確立させる。

オーソン・ウェルズの大傑作『黒い罠』(58)、
グレゴリー・ペックと共演、ウィリアム・ワイラーによる西部劇『大いなる西部』(58)、

戦車競走もすごいが、後半の展開がほとんどキリストにまつわるエピソードであることが(割と)衝撃の『ベン・ハー』(59)、


『エル・シド』(61)、『北京の55日』(63)、『偉大な生涯の物語』(65)、サム・ペキンパーと組んだ『ダンディー少佐』(65)などなどなどなど、肌を露出させながら大活躍を繰り広げる。
これはべつに皮肉なんかではなく、上半身がハダカのまま物語を展開させるということは、それなりの身体でないと「もたない」んですよ。

『猿の惑星』(68)は、「もつ」でしょう。
そういうことなのだと思います^^



ここから迷走していくシリーズ『続・猿の惑星』(70)、『ジュリアス・シーザー』(70)を経た72年、『アントニーとクレオパトラ』で監督業にも進出。


以降も・・・
『ソイレント・グリーン』(73)、
『エアポート'75』(74)や『大地震』(74)、
『ミッドウェイ』(76)、『原子力潜水艦浮上せず』(78)・・・などに出演するも、60年代までのように批評・興行面の双方で成功するような作品を連発することは(残念ながら)ありませんでした。

90年代に入ると、ゲスト的な役割が多くなり・・・
『クライシス2050』(90)、『トゥームストーン』(93)、

異様に眼帯が似合う『トゥルーライズ』(94)、


『マウス・オブ・マッドネス』(94)、

冒頭のナレーションを担当した『アルマゲドン』(98)、

『エニイ・ギブン・サンデー』(99)、『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001)、

そしてドキュメンタリーの『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)に「悪玉」として「強制」出演、
ひとんちの庭に「死んだ子どもの遺影」を置いて帰るムーアの演出もどうかな…と思いましたが、事件の直後に集会を開いちゃったヘストンも悪かったのだと思います。

この映画公開の翌年2003年、アルツハイマー病であることを公表し全米ライフル協会会長を辞任しました。

2008年4月5日、享年84歳で死去。
死因は明らかにされていませんが、やはりアルツハイマーの影響でしょうか。


『ベン・ハー』も『猿の惑星』もクリアな映像と特殊効果で「再生」されていますが、
ファーストインパクトとヘストンの熱演は凄まじいものがあって、オリジナルのほうがきらきら輝きつづけています。

昔はこういうのもテレビで頻繁に放送されていました、またやってくれてもいいのに…。

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祝! 祝祝祝祝祝祝祝祝祝祝^^

2024-11-26 00:10:00 | コラム
祝、オアシス日本公演!!

約1年後の話ですが、もう抽選開始…東京の2DAYSのみなので争奪戦も激しそう(^^;)

とりあえず参戦しました。

しかし面白いなぁと思うのは、
VIP席は7万円なのだけれど、格闘技観戦に慣れてしまうと大晦日なんて最前列は55万円だからね、脳がバグって「7万?たいしたことないね」って思っちゃうところ。

充分高いのにね~。

以下、自分が参戦した海外アーティストの公演で強く想い出に残っている3選^^


マドンナ…「ブロンド・アンビション・ツアー」

90年だったと思う、これが生まれて初めての海外アーティスト公演でした。

※そのときのものではないけれど。。。



レディオヘッド…「サマーソニック2003」

代表曲『Creep』の大合唱。
この空間に存在することが出来て、ほんとうに幸福でした



ローリングストーンズ…「ア・ビガー・バン・ツアー」

2006年だったかと。
このひとたちの公演に行きたいと願ってから10年以上が経過、、、まさに念願!歓喜し感泣しましたぜよ。



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