ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

高温超電導材の開発競争に火をつけたチュー教授にお目にかかりました

2011年02月27日 | 汗をかく実務者
 2011年2月11日に、住友電気工業は「臨界電流値が200アンペアと大電流を流せるビスマス系高温超電導線『DI-BSCCO』の量産試作を開始した」と発表しました(「DI-BSCCO」は住友電工の高温超電導線の商品名です)。今春を目指して、量産体制を整備しているそうです。住友電工は、高温超電導線を事業化しようと務めている数少ない企業の一つです。

 住友電工は2004年にビスマス系高温超電導線の“工業製品”化に成功し、現在、臨界電流値180アンペアのビスマス系高温超電導線を量産していると発表しています。2006年1月に、臨界電流値200アンペアの試作品を開発したと発表していました。つまり、約5年かかって事業化に向けた量産試作体制ができたということのようです。

 高温超電導材は、1986年にIBMチューリッヒ研究所のアレックス・ミューラーさんとジョージ・ベドノルツさんがランタン系酸化物(La-Ba-Cu-Oペロブスカイト系)が超電導体(超伝導体)になることを発見し、“高温超電導”ブームを起こしました。この功績で、お二人は1987年のノーベル物理学賞を受賞しています。

 実は正確にいえば、ランタン系酸化物が超伝導現象を示していることを学術的に証明したのは、東京大学の田中昭二教授のグループです。ただし、ランタン系酸化物は超電導を示す転移温度が30K程度で、安価な冷却材である液体窒素を利用することができませんでした。

 実際に、高温超電導材の実用化に火をつけたのは、米国ヒューストン大学のポール・チュー(Paul Chu)教授です。イットリウム系酸化物系(化学式はYBa2Cu3O7のY-Ba-Cu-Oペロブスカイト系)が、液体窒素温度(77K)を超える、転移温度(Tc)90Kを持つ超伝導体であることを発見し、実用化への道を切り開いたからです。現在、高温超電導材として一番開発されている材料です。日本以外の国々は、イットリウム系酸化物での高温超電導線材などを実用化しつつあります(日本はイットリウム系酸化物とビスマス系酸化物の両方を実用化する戦略を立て、実行しています)。

 そのチュー教授が2月中旬に来日され、お目にかかる機会を得ました。




 日本側の著名な研究者・大学教授などと基礎研究などの取組方や多額の研究資金を投入する大型の研究開発プロジェクトの進め方などを、淡々と理詰めで議論されました。

 チュー教授は、IBMチューリッヒ研究所のミューラーさんとベドノルツさんがランタン系酸化物が超伝導体になる発見をしたことを知ると、自分たちの研究テーマを、もっと高温で超伝導になる、実用的な酸化物を探索することに、すぐに切り替えました。1987年に入ると、酸化物超伝導体の研究ブームが世界中で起こり、世界中の大学や研究機関が熾烈(しれつ)な探索争いを始めていました。

 ヒューストン大のチュー教授のグループは、ある探索戦略に基づいてイットリア系酸化物が高温超電導体であることを発見します。この研究成果を学術論文にまとめ、学術雑誌に投稿しました。その投稿の際に、ある工夫をしたことがよく知られています。学術雑誌に学術論文を投稿し、掲載されるためには、その投稿論文が掲載するのに値する内容を持っているかどうかを同じ専門分野の学術専門家が、内容を審査するレフリー制度が採用されています。このレフリーの多くは大学や研究機関に所属する、いわばライバル研究者です。

 このため、イットリア(Y)超伝導体の研究成果の論文を投稿時にはイッテルビウム(Yb)と表記していました。実際に、イッテルビウム(Yb)酸化物が新しい高温超電導材候補との噂が広がり、高価な元素のイッテルビウム(Yb)の購入発注が増えたとの風評も流れたそうです。チュー教授のグループは投稿論文の校正時に、「イッテルビウム(Yb)は誤植だとして、すべてイットリア(Y)に直した」そうです。こうした工夫によって、イットリア系(Y-Ba-Cu-Oペロブスカイト系)が転移温度90Kの新しい高温超電導材であることを、学術論文に掲載できたそうです。そして、イットリア系の第一発見者がヒューストン大のチュー教授のグループである事実が守られたとのことです。

 自分たちの研究業績を守る工夫も、研究開発能力の一つといえそうです。

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