ヒトリシズカのつぶやき特論

起業家などの変革を目指す方々がどう汗をかいているかを時々リポートし、季節の移ろいも時々リポートします

TLOの構造改革に成功した坂井取締役にお会いしました

2010年10月30日 | 汗をかく実務者
 関西TLOは大学の研究成果から産まれた知的財産を、企業などに技術移転する株式会社です。
 1998年に創業した関西TLOは一時、倒産がささやかれる所まで追い込まれ、大胆な構造改革を断行してV字回復した企業です。その関西TLOの抜本的リストラとなる構造改革を企画し指揮した坂井貴行取締役にお目にかかりました。


 坂井さんは外見は筋肉むきむきのスポーツマンです。特に、この写真を撮影した時は、ラガーマンそのものでした。坂井さんはラクビーの名門の同志社大学で活躍したラガーマンです。話し方も、熱い闘志を示す体育系的な表現が多い方ですが、見かけと異なり、実は“知将”の方です。冷静に戦略・戦術を練る方だからです。

 TLOは「Technology Licensing Organization」の頭文字で、「技術移転機関」と翻訳されます。日本では大学に関連する組織としてつくられ、平成10年(1998年)12月に関西TLOなどの4機関が、文部科学省と経済産業省に事業が承認され、「承認TLO」第一号として技術移転事業を始めました(承認を受けると、両省からさまざまな支援を受けることができます)。技術移転事業とは、大学の教員や研究者が見いだした優れた研究開発成果を、特許などの知的財産として権利化し、その知的財産を企業などにライセンスして対価を得る事業です。技術移転を受けた企業は、その知的財産を活用して独創的な製品やサービスを開発し、販売して事業収入を得ます。自社の中央研究所の代わりに、大学や公的研究機関が優れた技術シーズとなる「知」を企業などに提供する役目を果たす訳です。

 関西TLO(正確には、「関西ティー・テル・オー」です)は京都駅のすぐ近くに拠点を構える承認TLOです。設立当初は、関西圏にある京都大学などの国立大学や立命館大学などの私立大学などのいろいろな大学の知的財産を手がける広域TLOとして出発しました。関西圏の大学群の研究成果を一手に引き受けることで、多数の優れた研究成果の中から、企業が欲しがりそうな特許などの知的財産を選び抜いて、企業へのライセンスが成り立つ可能性を高め、技術移転事業を成り立たせる作戦でした。当初は、この作戦が当たって、同社は技術移転事業で順調に収入を伸ばしました。

 
 上図は関西TLOの技術移転事業の収入の年度変化です(この図は関西TLOが作成したものです)。

 ところが、平成15年度(2004年度)7月から文部科学省は知的財産本部整備事業を始めました。この結果、各有力大学は学内に知的財産本部(実際の名称は各大学で異なります)設けたことで、TLOの技術移転事業の前提が大きく変わりました。承認TLOの多くは各大学との技術移転事業の役割分担を再構築せざるを得ない厳しい局面に立たされることになりました。この辺は、具体的にはかなりややこしい話なので、説明はここまでにします。

 こうした厳しい局面の中で、関西TLOは特定の大学と密接な関係を持たない広域TLOだったことがかえって仇(あだ)となり、株式会社としての存続を再検討する事態にまで陥りました。この結果、同社は2006年10月に抜本的なリストラを実施する生き残り策を実施しました。“経営維新2006”と名付けた技術移転事業の構造改革を推進した立役者は、坂井取締役でした。

 関西TLOが採用したのは“大学共同経営型”TLOに変身する構造改革でした。各大学から、知的財産本部の業務を支援する知的財産マネジメントの業務委託を受け、特許などの知的財産化したものを、企業などにライセンスするマーケティング業務に特化し、その技術移転によって収益を上げるビジネスモデルでした。

 このビジネスモデルを実践するには、技術移転の営業に優れた営業担当者を社内に抱えることが必要になりました。このため、従来のように外部の企業などからの出向者を営業担当者の中核に据えることを止め、優秀な若手を正社員として雇用し、社内で営業の専門家に育成する人事制度に切り替えました。優秀な若手を採用する際に坂井取締役が確認する質問があるとのことですが、今後の正社員の採用の正否に影響するため、公表は差し控えます。

 若手と中堅の正社員を優秀な営業担当者(関西TLOは「アソシエイト」という呼称を職名に採用しています)に育て上げた結果、関西TLOは22007年6月に和歌山大学と、2008年4月に京都大学と、それぞれ技術移転事業での“知的財産マネジメント”の業務委託契約を締結することに成功しました。その後も、奈良県立医科大学、大阪府立大学と同様の業務委託を受けています。坂井さんは「業務委託契約には至っていないが京都工芸繊維大学、同志社大学、九州大学とも協力態勢をとっています」と説明します。

 現在、国立大学系が学外に関連企業として設けた外部型の承認TLOの多くは厳しい経営状況に陥っています(私立大学が学内に設けた承認TLOの経営状況は原則、非公開なので不明です)。例えば、2008年7月に筑波大学系の株式会社筑波リエゾン研究所が、2009年3月に北海道大学系の株式会社北海道TLOが、2010年6月に長崎大学系の株式会社長崎TLOと静岡大学系などの財団法人浜松科学技術研究振興会(静岡TLOやらまいか)がそれぞれ廃業しました。現在、46機関ある承認TLOの中で、技術移転事業などで黒字を出しているのは10機関程度と推定されています。こうした厳しい状況に追い込まれている承認TLOは、関西TLOの構造改革を見習って立ち直ってほしいと思います。彼らが立ち直って、各TLOの技術移転事業がうまく行き出すということは、日本の企業の新製品・新サービス開発が成功することになり、産業振興になるからです。

 坂井さんが考えたTLOの構造改革は、日本でイノベーション創出が成功する確率を高めることになると想像しています。

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4 コメント

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ストライベック (フリクション)
2024-07-19 17:28:33
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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世界自動車販売の動向 (グローバル・サムライ)
2024-07-19 17:27:05
やはり世界を引っ張るハイブリッド日本車の技術力の前に、EVシフトは不調をきたしていますね。特にエンジンのトライボロジー技術はほかの力学系マシンへの応用展開が期待されるところですね。いくらデジタルテクノロジーを駆使しても、つばぜり合いは力学系マシン分野がCO2排出削減技術にかかってくるのだとおもわれます。
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大学の研究成果はそのままでは・・ (TKOとPKO?)
2010-11-02 20:34:52
大学の技術シーズを特許化して売る承認TLOがうまくいかないのは、大学の研究成果はそのままでは役に立たないものばかりだからです。
事業を想定しないで出した特許はクレームが事業化を想定していないため、役に立ちません。このため、多くの承認TLOの技術移転事業は失敗続きです。しかし、最近は教授の研究成果を基に、共同研究をし、その中から生まれる成果を特許化する動きが増えています。TLOが特許を「使えるものにする」ことができるTLOはうまく行き始めています。
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TLOや大学特許に対する疑問 (狂い咲き)
2010-11-01 06:31:35
実は8年ほど前、弊社関西事務所の責任者が関西TLOと契約し、東京地区の民間会社への特許紹介業務を引き受けました。

私を含め東京事務所のメンバーが熱心でなかったため、成果はゼロでした。もともと、大学の特許に違和感があったせいもあります。

今回、クロスカップリングの鈴木教授が、”特許を取らなかった”⇒”多くの人が利用してくれた”⇒”ノーベル賞に結びついた”の三段階論法をお話になしました。

税金で運営される大学、研究所(特に、国立、公立系)は、特許をとる必要はないのでないか?と常々思っている。”本邦初公開”のようなコピー研究でない面白い研究をドンドンやってもらい、海外を含めた民間はしっかり利用させてもらう。それでやっと、高い税金が生きるというものです。
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