第十一章
すでに日は暮れている。画工は観海寺に行く。月の光で、眼下に海が開け、眺めがいい。
和尚は東京をうらやましがり、電車に乗ってみたいと言うが、画工はつまらないし、うるさいという。しかも東京は探偵に「屁の勘定」をされると言う。東京は誰かに監視されるような社会のなのだという。和尚は那美について語る。那美は嫁ぎ先から帰ってきてから、色々なことに気になるようになり、和尚のところに法を聞きにきて、「訳のわかった女」になったという。
那古井の住民たちが那美を気違い扱いをしているのに対し、和尚は那美をまともな判断のできる女だと判断しているのである。ということは那美の奇抜な行動には何らかの裏の意味を匂わせることになる。
和尚のところに修行に来ていた泰安という若僧に「大事を窮明せんならん因縁に逢着」させて、よい智識(仏法の指導者)になりそうだと言う。この泰安は床屋で話題なった僧である。床屋は那美を気違いだと言ったが、和尚の話を聞くと泰安を目覚めさせた女だということになる。これを聞くと那美は画工に対しても同じように接しているのではないかと感じる。画工に何かを悟らせようとしているように見えるのだ。