アカデミー賞の候補になっている映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』を見た。象徴的な事物をちりばめながら、登場人物の心理を描く。さらに見るものに精神的な圧力を与えていく心理戦を挑む。緊張感が最後まで続く見事な作品だ。ただし主人公のフィルと、その弟ジョージの妻ローズの子供のピーターとの描写がたりないような気がする。そのために最後が唐突な感じがしてしまい、あざといストーリーのような印象を受けてしまう。
監督 ジェーン・カンピオン
出演 フィル・バーバンク、ローズ・ゴードン、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット・マクフィー
いくつかのポイントを上げる。
1.ピアノ
フィルは、妻にピアノを買ってあげる。ローズは実はピアノがそんなにうまいわけではなかった。一人で練習を続けるがうまく弾けない。フィルがそれを見て、馬鹿にするシーンがある。なんということのない場面であるが、精神的に追い詰められていく状況が、象徴的にに描かれている。すごい場面だ。
2.ウサギ
ウサギが何度か出てくる。ピーターが捕まえたウサギを母に見せる。ローズはかわいがるが、次の日、ピーターはウサギの解剖をしている。ピーターの異常性が描かれる。さらにピーターとフィルがウサギを追い詰めるシーンがある。けがをしたウサギをピーターは簡単に殺してしまう。いよいよピーターの残忍さが観客の心に刻まれる。同時にその場面で、フィルが手にけがをすることが最後につながる。構成がうまい。
3.ロープ
フィルとピーターは仲良くなり、ロープをあげることを約束する。そのロープが「事件」の鍵になっている。しかしそれはその時点ではわからない。わからないながら、何か「意味」がありそうだという予感を、そのころには観客も感じ始めている。そして後で思い返してみれば、ピーターの行動の意味が見えてくるのだ。
以上のように象徴的なサインがちりばめられ、そのサインが重苦しい緊迫感を作りながら、直接見えてこない真実のストーリーを語るのである。見事としか言いようがない。
ただし、このサインの意味は後になってやっとわかってくるのだ。しかもゲーム的にわかってくる感じもする。それはフィルとピーターの描写が物足りないからである。もちろん、映画評論家はこれで十分だと言うだろう。しかし一般の観客がそれで足りるだろうか。今後の評価を待ちたい。