国語の授業で『千と千尋の神隠し』の分析的読解をやってみようと思い、準備しています。キーワードごとに分析していこうと考えています。まだ構想段階ですがメモ的に書いていきます。
四つ目のキーワードは「山の神々」。
千尋の一家は引っ越しをしてきます。場所は郊外の丘陵地帯にできたニュータウンのようです。なぜ引っ越したのか。映画を見る限り特に隠された事情があるとは思えません。車のナンバーは多摩ナンバーです。おそらく、貸家暮らしだった家族が少し不便な郊外の丘陵地帯のニュータウンに一軒家を買って引っ越したのでしょう。
さて、自動車は道を一本間違えて、舗装されていない道に迷い込みます。その道には鳥居があったのですが、邪魔になるからなのか、道のわきに移動させられています。そこには神様の祠があります。その山は神々が住む山だったのでしょう。しかし今は新しい住宅街ができ、さらにはテーマパークまでもできていました。しかしそのテーマパークも今は閉園し廃墟となっています。つまり山の自然は、人間によって破壊されたのです。
家族は行き止まりで車を降り、荒廃した建物を通り抜けます。通り抜けた先はテーマパークの残骸があります。父と母はそこで食事を始め、食べ過ぎて豚になります。バブル時代の日本人を表しているようです。
夜になると、神々が船に乗って人間の世界から、この山に集まってきます。人間の世界では透明だった神々は、この世界では姿を現します。そして「油屋」という名の「湯屋」で疲れをいやします。その「油屋」を仕切っているのが湯婆婆です。
本来、この山は神々の居場所でした。しかし人間が奪い去り自分たちのものにしてしまい、神々の居場所が奪われたのです。人間は川を生みたて人間の住処にしたように、山を削って人間の住処にしたのです。人間は神々にとっては迷惑な存在です。ここに作品のテーマが明確に表れています。
湯婆婆は悪人のように描かれます。しかし以上のことを考えてみると、この湯屋を経営している湯婆婆は正しい行いをしていると考えることができます。神々のために湯屋を経営し、しかもその湯屋に人間が入ることを許しません。湯婆婆は悪者扱いされがちですが、冷静に見てみれば筋の通ったことをしているように思われるのです。