私の大切な師匠、宗林正人(まさんど)先生がお亡くなりになった。館友が届いた時から、何か胸騒ぎがしていた。自分の体調不良もあり開封していなかったが開けてみた。しかもいつもは冊子から読むのに、今日に限って新聞・学園報から開く。まるで知っていたかのように、宗林先生の訃報をみつけてしまう。確か森下先生の時もそうだった。恩師の死を知るのは辛い。暫くぼ~っとしてしまった。卒論で稚拙な研究論文、いや、あれは作文だな・・・。そのレベルのものに、「君は理科研究の基本、自らの足で現地を歩いて資料を集めまくりましたね。これについての文献は沢山出ていますが、歩き回って探したことに意味があるんです。」と最大級の賛辞をくださった。本当に嬉しかった。退任記念講演のあと理科室に集まり、近況報告したとき、通級指導のあまりの辛さに辞めてしまおうかと愚痴を零したら「あなたに『一隅を照らす』という言葉を贈ります。私が長年研究してきたアブラムシはとてもちっぽけな生き物ですが、農家の方々にとってはこの生態を知ることがとても重要です。ほんの一部の人たちにしか関係ないかもしれませんが、でもこれを研究することでその人たちの役に立つならそれは必要とされる研究なのです。あなたが言葉の障害に悩むこどもたちの教育に、例えほんの一つの面だけでも関わることができるなら、それは必ずこどもたちに必要とされる教育になるはずです。他の誰にでも経験できる教育ではありません。選ばれたあなたにしかできないことなのです。頑張ってごらんなさい。」通級指導教室が平成5年にスタートしてから四年目、私が通級指導担当に異動させられたばかりの頃でした。その一言を戴けたから、通級指導担当を現役愛知県教員で誰よりも長く続けて、最長老になっている。あと十年勤務することになるので、32/38年通級指導担当をすることになる。宗林先生に出会えて本当に幸せでした。どうぞ安らかにおやすみください。
入院生活って、つまらない。規則正しくて、何もすることがなくて、流石に七回もやってると、そこらの看護士より詳しくて、次はこれだからと先を読んで進めていると、看護士と一緒に確認しながらやってくれと叱られる。いや、あなたが時間になっても来ないから忙しそうだなと気を遣っているのに・・・。
年を取るとやはりいろんな不備に目が行く。若い子が今一つ情熱をもって仕事に臨まないのはどこの世界も同じなのか、働き方改革の名の下に、大切なものを切り捨てようとしていることに気付かない日本人。「それ何か意味有りますか?」という発言をする若者を見ていると、こいつもか・・・。と哀しくなる。私の若い頃はみんな自分のやりたいことを発言してボロクソに叩かれても、何がどういけないのか、どうするべきなのか、先輩方の話の中から自分でヒントを見つけて改定案を三回も五回も出して、実行に漕ぎ着けたものだ。今の人達はすぐググって「無意味だって載ってますよ!無駄ですって!」と、自分が失敗しないように、良い言い方をすれば要領よく生きるのだ。失敗は成功の元という言葉さえ「時代遅れ」と思っている。だから、ネットに頼って失敗したとき頭が真っ白になる。対処できない。二次案がない。もちろん、その失敗はいつか生きてくるわけだが。
人生、無駄な失敗などないことをこの年になると痛いほどよく知っている我々オジサン達をうまく使いこなせば、彼らも沢山勉強できて経験値があがるのにねぇ…。患者が畜尿カップ持って「薬入れるから近くの看護士に言って、と言われたんだけど。」って聞いてるのに、「担当看護士を呼んできます」とか「担当が居なかったんですけど、そこで待っててくれます?立ってるの大変ですか?」とか言ってないで、防腐剤入れること分かってるんだから、「私が入れます」くらい臨機応変にできないのかなぁ?トイレに五分ほど立たされた私は悲しかったよ!そこの男性看護士くん、君に言ってるんだよ。いや、もちろん他の職場の若者たちにも。向上心のないヤツはどんな仕事やっても身に付かんよ?イヤなオッサンだねぇ・・・。
それにしても流石は病院食!たった1日で3キログラム体重減るわ、空腹時血糖値が200代から100代に落ちるわ、かなり厳しい。あと8日間、頑張ります!