終はかくのごとき・・・?
平成30年6月5日(火)
暑さにも少し慣れてきた。
7時過ぎると、歩行禅も暑し。
今朝も多賀城市の歌枕末の松山にお邪魔。
寳國寺参拝!
2017(平成29)年 7月13日 14:28~
末の松山の麓にあり。
「末松山」の山号を有す。
初めは隣障寺と称したが、出羽国から
当地に移り住んだ天童頼澄の法名から
寶国寺と改め、天童氏の菩提寺となる。
「おくのほそ道」本文に、
「松のあひあひ皆墓はらにて、はねをかはし
枝をつらぬる契の末も、終はかくのごときと、
悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを
聞。」と綴られている。
曽良は、「末の松山」について
「塩カマノ巳午ノ方三十丁斗。
八幡村ニ末松山寶国寺ト云寺ノ後也。
市川村ノ東廿町程也。
仙台ヨリ塩カマヘ行ハ右ノ方也。
多賀城ヨリ見ユル」
と、名勝備忘録に記している。
寳國寺も明記されている。
その説明板。
山門
本殿参拝
木碑ではちょっと寂しい哉?
「終はかくのごきなり」だとしたら・・・?
後に、正岡子規や与謝野鉄幹なども訪れている。
平成30年6月5日(火)
暑さにも少し慣れてきた。
7時過ぎると、歩行禅も暑し。
今朝も多賀城市の歌枕末の松山にお邪魔。
寳國寺参拝!
2017(平成29)年 7月13日 14:28~
末の松山の麓にあり。
「末松山」の山号を有す。
初めは隣障寺と称したが、出羽国から
当地に移り住んだ天童頼澄の法名から
寶国寺と改め、天童氏の菩提寺となる。
「おくのほそ道」本文に、
「松のあひあひ皆墓はらにて、はねをかはし
枝をつらぬる契の末も、終はかくのごときと、
悲しさも増りて、塩がまの浦に入相のかねを
聞。」と綴られている。
曽良は、「末の松山」について
「塩カマノ巳午ノ方三十丁斗。
八幡村ニ末松山寶国寺ト云寺ノ後也。
市川村ノ東廿町程也。
仙台ヨリ塩カマヘ行ハ右ノ方也。
多賀城ヨリ見ユル」
と、名勝備忘録に記している。
寳國寺も明記されている。
その説明板。
山門
本殿参拝
木碑ではちょっと寂しい哉?
「終はかくのごきなり」だとしたら・・・?
後に、正岡子規や与謝野鉄幹なども訪れている。