銘仙館でいろいろな銘仙を見たので、「我が家にも有った」と思い探してみました。
ありました。
と
です。
私と妹が子供のころに着ていたのかもしれません。もう70年以上たっているものです。
織り方など銘仙館で説明を見てきたので、じっくりと見てしまいました。
経糸が白の物を絵柄を使って赤で柄を塗りこんで、いろいろな処理をして織り機にかけ、横糸は赤で織ったのでしょうね。
白の経糸に色を付ける前に練習にと新聞紙に色付けしたものを頂いてきました。
母は和裁が上手で好きだったので反物で買って、私と妹にお正月に着せようと思って縫ってくれたのでしょうね。秩父は私の実家とは近かったので手に入ったのでしょう。
母が亡くなった時に洗い張りをして(洗い張りを預かったというメモがついていましたから。)、近くに在った紺屋に頼んだのでしょうね。
元のような反物になっていたものを私が裂き織に使えるなと思って貰って来たものです。
こんなものを見ていると子供のころのことが懐かしくなってきます。
年のせいかな。
私がどちらの柄を着ていたのかはわかりません。70年以上前のこと写真など有りませんから。
母に逢って聞いてみたくなりました。
銘仙館に連れて行ってもらったおかげでいろいろなことを思い出して懐かしくなりましT。
ありました。
と
です。
私と妹が子供のころに着ていたのかもしれません。もう70年以上たっているものです。
織り方など銘仙館で説明を見てきたので、じっくりと見てしまいました。
経糸が白の物を絵柄を使って赤で柄を塗りこんで、いろいろな処理をして織り機にかけ、横糸は赤で織ったのでしょうね。
白の経糸に色を付ける前に練習にと新聞紙に色付けしたものを頂いてきました。
母は和裁が上手で好きだったので反物で買って、私と妹にお正月に着せようと思って縫ってくれたのでしょうね。秩父は私の実家とは近かったので手に入ったのでしょう。
母が亡くなった時に洗い張りをして(洗い張りを預かったというメモがついていましたから。)、近くに在った紺屋に頼んだのでしょうね。
元のような反物になっていたものを私が裂き織に使えるなと思って貰って来たものです。
こんなものを見ていると子供のころのことが懐かしくなってきます。
年のせいかな。
私がどちらの柄を着ていたのかはわかりません。70年以上前のこと写真など有りませんから。
母に逢って聞いてみたくなりました。
銘仙館に連れて行ってもらったおかげでいろいろなことを思い出して懐かしくなりましT。