日々雑感 ~写真と思い~

今日と言う日は、二度と来ない。 
だから今日を大切に・・そんな私のデジカメ散歩 

* 月命日 *

2012年10月25日 | 雑感

「今日は月命日ですから、コーヒー一緒に頂いて下さいね」 こんな朝は関西弁で言わない。 丁重に。
「おう」 お線香の匂いと、意味が分かっているので、夫は快く返事をした。  
次男なのでお仏壇はないが、額に飾った義父の遺影に炊きたてのご飯、水、頂き物など、お供えをする場所がある。
義父にはお決まりのデミタスカップ、私たちはお砂糖を入れないが義父のカップにはいつもしっかりお砂糖を入れる。 

甥っ子の結婚の時のお返しの一部、今は殆どが実用的にカタログが多い中で、新婚旅行のお土産に加えて夫婦で選んでくれたカップ。
それも又いいなぁと思う。  コーヒーカップはどこにでも何種類もあるが、新しく気分を変えて使うのもいいもの。
午後の来客にはたっぷり目のカップがいいが、会社でも毎日飲んでいる夫の、朝には少し小さめな格好のカップがいい。
内祝いの品、時には「あの子たちらもらったのよ」と言いながら、若い子が選んでくれたカップに敬意を表して、時に出番を演出してあげる。  
コーヒーを飲んでいる間なりとも、甥っ子夫婦のことを話したり、2人の日常を思い浮かべて和んでいるのである。

7時過ぎに電話が鳴った。  7時から7時半に向けての電話は、大抵の場合保育園児のいる息子か次女の家からである。
(熱がまたでたんやな・・やっぱり)
昨日熱が下がったと言っていたから今日は行けると思ったらしいが、朝また熱が・・
私にしてみればそれまで40度近くあったのだから、下がったと言っても食も少なく体力的に一日は念の為休ませたらいいのではと思うが、
私も大変だろうと気も使っているのだろう。
保育園へなつめを送り、仕事に向かう次女。 道路までかんたを迎えに行く。  見た目元気になったんだけど。

今日またかんたと一日を過ごす。
元気ではあるが、咳と鼻・・そして熱。  可愛そうになぁ。  
今朝、義父にコーヒーをお供えした時、(昨日も一日有難うございました。 今日もみんなを孫たちをよろしくお願いします)と手を合わせた。
孫の顔を1人1人思い浮かべながら、母が毎日そうしているように。


* 近くにいてやれると言う事 *

2012年10月23日 | 雑感

朝、三十軒掘りを泳ぐカモたち、お母さんと子供たちかな?

昨日から降っている雨、一日降った。
次女は仕事はお休みの日。  かんたは休むので、夫と車でなつめを保育園へ送って行った。  近ければこそ、仕事に行く前の夫に車を出してもらえる。 

お昼次女宅へ。  ヨーグルトしか食べられないかんたは、大好きなたこやきなら食べると言うので”風風”へ寄った。  
焼いてもらうのに時間がかかり、持って行った時には寝てしまっていた。 
なつめは午後、来年小学校へあがるための説明会や制服の採寸があるので、次女は長女の車でなつめを保育園へ迎えに行き、小学校へ行った。
長女が帰国している時は、何かと言うと車を出してくれるので、雨の日など大助かりである。 

高熱のあるかんた、寒い・・と言えば布団をかけてやり、そうしたかと思うと熱いと言い、落ち着いて寝られないようだ。 
ひろとと、1週間違いの4月生まれ。  保育園では、月数が多い分しっかりしているので、どうしても先生の手をかけないで、むしろお世話係。  
その精か、何があっても殆ど泣いたりせずに辛抱するくせがついているようだ。  
先達て保育園で遊んでいる最中、転んでコンクリートに頭をぶつけたそうだ。 たまたま見ていた先生は、かなり痛いはずなのに涙しながらも我慢している
かんたを抱いて「かんちゃん、泣いてもいいのよ」と言ってくれたそうだ。 
幼児期の4月生まれと3月生まれでは、随分と成長のほどが違う。 1年近い差があるのだから。 
「かんちゃん、みんなにやさしくしているよ」そう言う健気な姿を見ると、子供ながらクラスの子の状況を見て我慢していると思うと目頭が熱くなる。  
親としては皆と同じように手をかけてもらいたいと思うだろう。 ひろともかんた同様だったので、息子夫婦も次女と同じ事を良く言っていた。

今、子供に辛抱や我慢を教えることは難しい時代。  親が日々、色々なことで教えなければ大切なそんな心は育ちにくい。
だから団体生活の中で、みんなに合わせたりすることが大事なひとつの要素になってくる。
かんたの4月生まれ、得な事とそうでないことがあるだろうが、三つ子の魂・・いい意味で今の辛抱や我慢は生きて行く上で大事に育って行くに違いない、
そう思っている。  だから日々、いいことをした時は思いっきり褒める、自信をつけさせることがとても大事だろうと思う。 

なつめ連れ帰宅した次女が言う。
「こんな時下の子が熱とかで見てもらう事が出来ない人はどうするんやろうね。 ほんまお母さんがいてくれるから有難いわ」
近所なので見てもらえてあたり前ではあるし、そう思ってくれている事は分かっていても、言葉にする事は大切だと思う。 
夫婦でもそうだ、空気みたいな存在・・暗黙の了解と言えども、ありがとう・・助かってる・・お互いに感謝の言葉は必要だと思う。
”ありがとう”の感謝の気持ち、心にエッセンスを加えたようなもの、言われた方も言った方も気持ち良くになるに違いない。

お隣の奥さまは娘さんが検診とかあると、下の子を見に朝早くから京都まで行かれる。
息子のところも次女の所も車で10分以内。  これから寒くなったら、私たちの出番も多くなるだろう。 
近くにいてやれるので、ママたちは仕事を休まないでいいし、夫が出勤する前に迎えに行き、帰宅後送れる、そんな事柄をもとても有難いと思っている。


* 朝から・・ *

2012年10月22日 | 雑感

かんたは土曜の夜から40度近い熱だったので、日曜の朝休日診療所へ行った。  昨日は家で安静にしていたが、熱は下がらない。
保育園を休みあずかることが分かっていたので朝歩いた。
ハトくんにハッと。  朝から~、やるわね~。  撮るのもためらったほど、うまくは撮れなかったけれど雰囲気。

かんたは食欲も体力もなし。 DVDを見ながら横になって過ごした。  寝たり起きたり・・測る度にあがる熱。
休日診療所は一日しか薬が出ないので、夜病院へ行かなくてはいけない。
先々週はゆいちゃんが熱だった。  ひろとも3歳までは風邪をひいたり、良く熱を出した。 
保育園でもらったりするので良くあずかった。  かんたの寝顔を見ながら4人の孫たちを思う、そんな頃を経てみんな年々しっかりしてきたなぁと。

夕方長女の車で次女はかんたを病院へ連れて行った。  
RSウィルスではないようだ。  保育園でも同様の症状の園児たちも少しづつ増えてきているらしい。  
次女とかんただけ降ろして、長女はなつめと私たちを迎えに来てくれた。 梅田のヨドバシへ行く為に。 

以前夫の誕生日にプレゼントしたウォークマン、殊のほか喜んでくれて毎日通勤の往復使っている。
先日家族みんなで釣りをしたとき、夫は上着のポケットに入れていたのを知らずに、私は洗濯機で洗ってしまったのだ。
落としたのなら引き揚げて間にあったかも知れないが、念入りに何度も洗ったし柔軟剤まで浴びているのだからどうしようもない。
夫にとっての必需品なので、ネットで機種の違うのを買った。  携帯の小さい版みたいなのを。 これは充電していれば車でもイヤホン無しで聞ける。 
今まで車で出かけるときなど、2人でイヤホン片方づつしてお気に入りの曲を聞いていた。 まるで仲良しみたいに。
付属のイヤホンは巻き取り式では無いので、使いやすい巻き取り式のイヤホンを買いに来たのだ。  

買った後は食事に。 韓国料理、”韓のおしり”二度目。  
奇妙な名前だが、おしりとは韓国語でいらっしゃいと言う意味らしい。 最後の雑炊、チーズたっぷり・・これが美味しかったなぁ。  
かんたの熱があるのに次女には申し訳なかったが、長女が2日後香港へ行かなければ食事しなかったかも知れないからごめん。  

 


* 朝、ウォーク  *

2012年10月21日 | 雑感

(よし! 今日は気合入れて歩くぞ、写真は撮らんとこ!)
なのにカメラはポシェットに入っているし。  日々の流れで、手が勝手に入れたと見える。
少しづつ木々の葉色が変化しているのが分かる。  葉の色づき・・・秋色だ。

1周5分。 早足で歩く。  膝が悪いなりに気の精か、地面への抵抗力がなんとなくしっかりしてきたようなそんな気がしている。
これは嬉しい。 歩けない日もあるが、チャレンジ記録表へ記帳と言う義務感のお陰で気持ちを奮い立たせることが出来る。 

おじいちゃんおばあちゃんの仲間同士が公園のぐるりで会うと、「おう」とか言いながら立ち止まってしばし語らう。
家に帰れば1人かも知れない人、夫婦でも会話の少ない人もいるであろう。  
朝の新鮮な空気、声を出すということはいいことだ。 私のように黙って歩いているよりはずっといい。
そんな人々の様子を微笑ましく眺めることが出来るのも、ウォーキングの楽しみである。  
反対周りの人と出会うと、その人はどんな人なんだろう、家族は? 家庭は? とか一瞬思ったりすることがある。  
NHK朝の連ドラ、”純と愛”の愛くんのように内面は見えないが。

いつも6時半に体操をしている人たちの輪。  誰かは分からないが、1人おばさんが大きな声で号令をかけて体操をしている。
イチ・ニィ・サン・シ・・ゴウ・ロク・シチ・ハチ・・  結構かなきり的な声は、公園に響き渡っている。  
ウォーキングでなく毎日体操。 終わったら解散。 家へ帰る人あり、カフェでモーニングするひともあるだろうか。

最近思う、せっかく朝の早くから出てきているんだもの、みんなが声を出したらもっといいのに、と余計なことを思うようになった。
号令をかける人、1人がやり得である。  
それぞれ声を出したら絶対気持ち違うのになぁ・・、家に帰って家族に接する気持ち違うのではないだろうか。
365日(では無いかも知れないが)継続の力はかなり大きいのに。  ほんとおせっかいなこと思っている。 



公園の周囲を歩く人たち。
「おはよう~」とか、「おひさしぶり~」「げんきやった?」等々、3人対4人のグループの人たちが立ち止まりめいめいに話はじめた。
「おばちゃん、おなかひっこんだやん」 「ほんまや、すごいなぁ」 「頑張ってるもんね」 
「そうやろ、先生がな、歩かんと歩けんようになるで~歩きやいっつも言うねん、歩いてたら体重減ったわ」 「そうやろ、うちらも頑張ろう」
話の主人公は70を過ぎていると思われるおばちゃん。 

(ん? 聞き捨てならないぞ! いいね、いいね~) 生の体験談は貴重だ。
まだまだ敢えて行う事さえ、身についていない私には、大きな励みの会話である。  
今朝、グリーンヒルズを歩くのをやめて、公園に切り替えたのは、この会話に出会うためだったのかな?
足取りが心もち軽くなったのは、気の精か。
顔の表情がゆるんでいるのは間違いない。 そのあとの私は。  ポシェットのカメラは4回ほど出動した。


* 親の願い *

2012年10月20日 | 雑感

生前の父は何かと言うと、「兄弟仲良うにな」が口癖だった。
母は子供の頃いつも「家族の和が大事」と言っていた。  「自分が見て、いいなぁと思う事は、自分にプラスにして、良くないなぁと思うことは
自分の中からマイナスにして行くこと」 「人間一生が勉強、一生が努力、がんばろうで!」 電話の最後にはいつもそれである。

今自分の人生を思う時、黙っていても親の後ろ姿は子供を良きにつけ悪しきにつけ導いて行くものだが、いつもそこに言葉を添えて子供を励まし
続ける、そんな親って・・すごいと思う。  
親の子から、子の親となり、その親の子が所帯を持つ、また子の親となる。 そんな流れの中で自分はどう接し、どう導ける親であろうかと。

子育てが終わったと良く言う。 私はいつまでも助言してくれる母を思う時、子育ては一生続いている、親の責任は一生・・と思ってしまう。
だからいじめや犯罪や青少年のそれらを見るとき、悪いのは果たして子供なんだろうかと思ってしまう。

姉と電話で話した。
姉の長期入院のお陰で、私も何度か足を運べてそれを実家や妹たち、姪っ子にも写真を編集して状況報告をすることが出来た。
長い入院故に、千葉や因島の妹たちもお見舞いに行こうと相談した。 せっかくならと私と長女もそこに加わった。

姉には私が長女と見舞うとしか言ってなくて、サプライズ・・姉のあのときの驚きと言ったらない、声が出なかったもの。 そりゃそうだ。
あの頃目滅入っていたと姪が言ったが、お見舞いが大きな励みとなり心の支えとなったようだ。  四姉妹の貴重な写真が出来たし。
それと言うのも、私たち兄弟がそれぞれに帰省したとき、快く迎え精一杯にもてなしてくれる兄夫婦、その要があってこそだと言う事。
それを送った時、母がどれほど喜んだであろう。 もしも私がその年になって、そんな子供たちの姿を見たらどんなに嬉しく幸せに思うだろうか。

今度の出来事はもしかしたら、両親の願いに添えた・・そんなことではない?
だからそれは姉の長い入院のお陰よと言った。  姉も歩けるようになったし。

私にも3人の子供たちが家庭を持っている。 
これから先いつどんな事があるか、夫婦もそして子供も苦労することがあるかも知れない。
しかし私たちの先が短くなった時、子供たちを眺めた時に多少の苦労はあろうとも兄弟が仲良く生きているとしたら、どんなに安心だろうか。
仲が良ければ励まし合い、助け合っていける。 そんな事がらは育てた親としては最高の幸せではなかろうか。
私たちだって、これからが本気の勝負、どう老いて健康がどんな形になるか未定なのだから。

「お姉さんのお陰、手術のお陰やよ。 来年傘寿を迎えるお母さんに、一番に喜んでもらえたと思うよ」
兄弟仲ように・・両親が言い続け思い続けてきた事がら。 
言葉にこそ出さないが、私も子供たちへの願いであり、集まる事同じものを食すること、それを考えるのは、母の生き方があればこそである。  
生きている限り、子育ては終わっていない・・と、母を見ながらそう思っている。