歳を重ねると楽しいとか賢くなるとか・・・・みんな戯言なんだよ。

感じるままに、赴くままに、流れて雲のごとし

そして月の光はオレンジ色に変わっていった。

2019-01-09 | 旅行
少し緊張して僕は彼女に言った。
「もしよければこちらのテーブルでご一緒しませんか?」
「…。」
「迷惑だったかな?」
無言で彼女は立ち上がっり、僕を見もせずに僕の席へ歩き席についた。
彼女の手にはナプキンがしっかり握りしめられていた。その振る舞いがなぜか微笑ましかった。
そして僕を上目遣いで睨み付けながら言った。
「皆上小枝です。あなたは…?」
「沢木勉です。」
やけに大きな声だった。周りの客が揃ってこちらを向いた。僕は少しだけど動揺してしまった。
彼女な左に顔を向け窓の外の雑木林を見ていた。
「お一人様ですか?」
「そうです。」
「部屋は隣でしたよね」
「そうです。」
とりつく暇がなかった。
「どちらから?」
「神戸から来ました。」
関西弁ではなかった。
「そう、随分遠くからですね…。」
「そうでもないです。クルマの運転が好きなんです。」
給仕が慌てた素ぶりもなく彼女の食器を移動させ、ワインを彼女のグラスに注いだ。
血の色のワインは彼女の手に良く似合っているように思えた。
「明日はどちらへ行くのですか?」
「とくに…決めてはいません。」
「まだ、紅葉には早いみたいですね」
なんだか、誘ったことを少し後悔し始めていた。
そんな僕の心を見透かすように彼女は
「あまり無理しなくてもいいんですけど…」
キッパリと言ってのけた。
「そんなことはない。少し動揺してるだけです。迷惑だったかな?と。」
「いえ。嬉しいです。とても。」
「それなら良かった。こういった誘い方に慣れていないもので。」
また、嘘をついたと心の中で囁いた。
「嘘でしょ」
「嘘じゃないです。」
「そうかしら、あなたの部屋に文句を、言いに伺った時、誘っていらっしゃいましたよ。」
「そう見えたら済まない。」
「謝られると、困ります。なんだか立場がなくなってしまいます。」
「おっと、それは失礼。そんな気持ちじゃなくて、ご一緒できて僕も嬉しいです。」
「それじゃ。乾杯しましょう。」
「乾杯!」
雑木林の暗闇であの狸が笑っているのを感じた。
遠い記憶の彼方からこんなシーンが蘇ってきた。

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