日本が、マリアナ沖海戦で敗れサイパン島を失ったところで、太平洋戦争の勝敗は、ほぼ決していた。
本来、冷静な立場にたてば、ここで和平を乞うという道もあった。
それでも、あきらめきれずに、なんとか一回大勝利をおさめ、有利な条件で講和に持ち込みたいと願いつつ決戦を呼号していたのである。
それが、なまじ
台湾沖航空戦で大勝利をおさめたと発表してしまったために、日本は戦争に負けているのではなくて、勝っていることになってしまった。
以後、大本営発表による幻の戦果の連呼のもとで、日本は絶望的な戦いをつづけることになり、
沖縄や本土空襲や原爆投下やソ連参戦など、数々の悲劇を生むことになる。
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(海軍鹿屋基地)
もうひとつ、特攻作戦に与えた影響を指摘しておきたい。
大本営発表は、もはや歯止めがきかなくなった。
レイテ沖海戦以降、頻繁に行われるようになった航空機による特攻も、
そのつど大戦果が報じられた。
しかし、特攻の事態はと言えば撃沈した空母は商船改造の数隻にすぎなかった。
にもかかわらず大本営はアメリカ軍空母部隊を殲滅するほどの大戦果があがっていることを自ら信じ込むようになっていく。
そして、その結果、さらに大規模な特攻を企画するようになり、特攻が常態化し、
ついには一億総特攻、つまり国民すべてが特攻という掛け声が生まれるのである。
もし特攻が、
その犠牲の大きさに比して、さほど大きな戦果をあげてはいないと冷静に分析することができていれば、事態はちがったものになっていたにちがいない。
特攻という常軌を逸した戦い方が、後の日本人に対する世界の人々の目を、どれだけ偏見に満ちたものにしたか。
それを考えると、特攻を肥大化させ助長していく一因となった幻の大戦果創出のメカニズムがもたらしたものの大きさに、あらためて愕然とせざるをえない。
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「幻の大戦果 大本営発表の真相」 辻泰明 NHK出版 2002年発行