mugifumi日誌

海外旅行の体験のほか園芸、料理などの生活雑感を思いつくままに綴っています。

世界史の謎がおもしろいほどわかる本:楊貴妃

2010年05月14日 | 本と雑誌

 日ごろ、人生とは?などという硬い本ばかり読んでいますと、頭も硬くなるためか考えが暗くなりがちですので、海外旅行好きにふさわしい明るく陽気な面白い本がないのかと思っていました。

 そんな気持ちで我が家の本棚を眺めておりましたら、「世界史の謎がおもしろいほどわかる本(三笠書房)」という本が目に入りました。

 そして、「はじめに」を」読んでみましたらー現代に残された数々の歴史ミステリーを紐解く、とあります。

 世界史には、世界的ベストセラーとなったダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』に取り上げられたような謎に満ちた出来事が無数にあるようです。

 例えば、秦の始皇帝の出生の疑問、クレオパトラは美人ではなかった?、ジョン・F・ケネディ銃撃事件の真相などをあげています。

 また、ペルーのナスカの地上絵やストーンサークルといった、造られた目的すらわかっていない不思議な遺跡の存在など、世界史の謎はつきることがない、ともいっています。

 この本は、その一端を紐解き、読者のみなさんをミステリアスな「世界史の裏側」に招待しようー、というものですので、大変、面白そうですね。

 そこで、早速ですが、今日は美人の話をしたいと思います。クレオパトラではなく、楊貴妃ですね。

 題して「国を滅ぼすほどだった?-楊貴妃のあやしい魅力」です。

 楊貴妃のことはみなさんご存知ですよね。その美貌を称して世界三大美人?(クレオパトラ、楊貴妃、小野小町)と記憶しています。(後でJTB旅物語さんの「世界三大」を調べよう!)彼女が生きていた時代は、中国の唐王朝第6代皇帝玄宗の時代でした。

 玄宗皇帝は、712年、28歳で即位して、政治改革を次々に行い、混乱していた唐の政治を安定させました。おかげで国は繁栄し、李白や杜甫などすぐれた詩人が輩出するほど、文化も発達したそうです。

 しかし755年といいますから、即位してから43年後に皇帝が重用していた節度使(辺境警備軍の司令官)の安禄山が突然反乱を起こす「安史の乱」という事件が起きます。

 その反乱の理由が絶世の美女として有名な楊貴妃をめぐる三角関係だったというのがこの本の主張です。楊貴妃が安禄山をそそのかした?そうではないようです。

 楊貴妃という人は、楊玉環という名で玄宗皇帝の息子、寿王の妃だったのですが、玄宗が見初めて寿王と離婚させて後宮に迎えたということのようです。(この話は小生も知っていました。)

 楊貴妃は容姿だけではなく知性もすぐれ、琵琶や舞踏の名手だったそうで、61歳(即位後33年)の玄宗は、27歳の才色兼備の美女にすっかり夢中になり、彼女に「貴妃」の称号を与え、彼女の一族を高官に取り立てた、といいますから、驚きですね!

 でも、どこかで聞いたような話ですが、そうなると、政治は混乱しますよね。政治の実権を握った楊貴妃の親類、楊国忠という人物が専横政治を行ってしまい、「奸臣・楊国忠を除くため」という口実を安禄山に与えてしまうわけです。

 でも、安禄山の狙いは、「玄宗を倒して楊貴妃を奪うことにあった」というのですから、楊貴妃がいかに美しかったか、まさに「あやしい魅力」があったのだと思います。

 こういう話を知っていれば、二人が遊んだという西安の華清池も違った目で見られたかも知れませんね。

 次回は、三国志で有名な諸葛孔明の「三顧の礼」の真相をお伝えしましょうか?

 題して「三顧の礼」は、諸葛孔明が行なっていた?というものですが、面白くない?

 ところで、美女といえば、三国志では「貂褝」ですが、英雄呂布が美女に翻弄される姿は滑稽ですね。美女に弱いのは呂布だけではない!そうですね。