フレデリック・フォーサイスの『オデッサ・ファイル』を読みました。
だいぶ前に入手したものの、積読状態になっていた一冊。今回は、小説記事としてこの作品を紹介したいと思います。
フレデリック・フォーサイスという人は、国際謀略サスペンスというようなジャンルで有名な人です。
最近書いてきたプログレ系の記事ともちょっとつながってくるところがあります。
たとえばピンクフロイドの「戦争の犬たち」という曲がありましたが、フォーサイスに同じタイトルの作品があります。それは単にタイトルが同じというだけですが、この作品が映画化されていて、その映画で音楽を担当しているのが、エマソン、レイク&パーマーのキース・エマソンだったりします。
で、『オデッサ・ファイル』です。
オデッサと聞けば、旧ソ連、現在はウクライナにある地名をまず思い出します。それで冷戦を背景にしたソ連のスパイがという話で、いまのウクライナ戦争につながるようなエピソードも出てきたりするのではないかと思っていましたが……読んでみると全然違っていました。
ここでいうODESSAとは、かつてナチスドイツで蛮行のかぎりを尽くしたSS(親衛隊)の生き残りが戦後につくった組織。Organization Der Ehemaligen SS-Angehorigen の略ということです。
彼らは、戦後のドイツにおいて、戦犯追及の妨害やナチの思想・行動を正当化するプロパガンダなどの活動を行っていたといいます。
また、オデッサは、「敵の敵は味方」という理屈で、イスラエルと敵対するアラブ諸国に力を貸していました。それが中東戦争にからんできて、国際謀略サスペンスになるわけです。
フィクションではありますが、事実をもとにしている部分も相当あります。
その区別は私の知識では判然としないところも多々ありましたが、少なくともメインテーマである“オデッサファイル”というものは実際に存在したようです。
オデッサはナチの残党が作った秘密結社のような組織で、その構成員たちは素性を隠してドイツ社会に潜伏しているわけですが、そんな彼らの名簿のようなものが密かに存在していました。これが白日の下にさらされれば、オデッサは窮地に陥る。決して部外者の手に渡してはならない……まさに映画のような話ですが、こういうことが現実にあったわけです。
このオデッサファイルというものをテーマにしているだけでも、読み応えのある作品となっています。
これがいわゆるマクガフィンとなってサスペンスが展開されるわけですが、オデッサファイルは単なるマクガフィンといってしまえるものでもありません。
オデッサという組織の存在や、それが形成されるにいたった歴史もまた、本作の重要なテーマであるでしょう。
『オデッサ・ファイル』は、ナチのような無茶苦茶なことをやった国が過去の歴史とどうむきあうのかという難しさを考えさせられる作品でもあります。
一般国民の間には過去のことにはあえて触れたくないという感情もあり……そこにオデッサのプロパガンダ工作もあるわけです。ドイツの警察は逃亡しているナチの戦犯を捜し出して裁きにかけることになっているわけですが、内実ではあまりそうした活動に積極的ではない。積極的にやろうとする人物がいると、人事面で冷遇されるようになるとか……戦争責任追及に表立って反対こそしないものの、暗黙のうちに避けているという微妙な空気があるようです。このあたりは、ドイツと同盟国だった日本も、他人事ではないでしょう。
この小説の主人公は、いくらか個人的な動機から調査を開始しますが、あちこちで壁にぶつかります。サスペンスということなので、オデッサ側の妨害もあるわけですが、むしろ、過去と向き合うのを避けようとする一般国民の姿勢のほうが障壁となっているようでもあります。
幾重もの困難を潜り抜けて、主人公は最終的に追い続けてきた獲物“バルカン”と直接対峙します。
自分たちこそが正しく、愛国的であり、戦後の若者を誤った考えを吹き込まれている……と主張するバルカンに対して、主人公は毅然と反論します。SSとその残党であるオデッサを「ドイツが生んだ最もけがらわしいクズ」と喝破するのです。そして、オデッサファイルが公表されたことによってオデッサは致命的な打撃を受け、イスラエルに対して画策されていた危険な陰謀も未然に阻止されるのでした。
しかしながら、オデッサが完全に壊滅したわけではありません。
ネオナチは、21世紀にいたるまで根強く存在し続けています。
オデッサというのは、実際には単一の組織ではなく、ナチの残党やその共鳴者たちのゆるやかな結合体だったようです。中東のテロ組織のようなもので、どこかに頭があるわけではなく、ゆえに全体を壊滅させることは難しいという……したがって、オデッサと呼ばれることはなくとも、その結合体は今にいたるまで存在し続けているということでしょう。
最後に、ちょっとピンクフロイドの名前が出てきたので、またロジャー・ウォーターズの近況について。
ロジャー・ウォーターズが、反ユダヤ的であるとして、ドイツでのライブが中止になったという話を前に書きましたが、また似たような別の件ももちあがっています。ロジャーが、ベルリンでのライブでSS風の衣装で登場したということで警察の捜査を受けているというのです。
彼の場合は、ナチの残党と関りがあるとかいうようなことではないでしょうが……しかし、ひねくれ、逆張り思想でナチズムを肯定するようになってしまう者がいる、それがヒトラーの亡霊をいつまでも生きながらえさせてしまうというこの問題は、なかなか根深いものがあるなと思わされます。