ロック探偵のMY GENERATION

ミステリー作家(?)が、作品の内容や活動を紹介。
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モスクワ・コーリング

2023-07-18 20:55:37 | 時事

ここ最近、このブログでは、モスクワピースフェス関連の話が何度か続いています。

そこで、ゴーリキー・パークという旧ソ連のバンドの名前が出てきました。
ストーンズ記念日の記事では、彼らは今何を思っているのかというようなことを書きましたが……それで、ふと思い立って調べてみると、なかなか興味深い事実がいろいろ出てきました。今回は、そのへんのことを書いてみようと思います。



まず、ゴーリキー・パークの現在についてですが、彼らはなんと、昨年活動を再開しています。
ただ、メンバーチェンジがあり、ロシア人とアメリカ人の混合バンドになっているということです。

そこでベースを弾いているのが、マルコ・メンドーサという人なんですが、この人は、アメリカ人です。
セッションミュージシャンをやりつついろんなバンドにワンポイントリリーフ的に在籍したりする感じの人のようで、たとえばホワイトスネイクでベースを弾いていたことがあるとか……
そして、2021年ジャーニーのライブでベースを弾いている動画がありました。ジャーニーも、ときどき内紛みたいなことを起してメンバーチェンジということがあるバンドですが、2020年ごろ地味にベースの件でもそういうことがあって、もめてる最中だったのでサポートベーシストに入ってもらったみたいな感じでしょうか。
参考までに、その姿を確認できる動画を。

Journey - "Any Way You Want It" - Live Video from Lollapalooza 2021 | @journey

で、そこでベースを弾いていたマルコ・メンドーサがゴーリキー・パークのベースになってるということなんです。

その新生ゴーリキー・パークの初ライブという動画があります。

Группа ПАРК ГОРЬКОГО / GORKY PARK (6 песен). Фестиваль Российского Рока SNC-35. Москва, 28/08/2022

思い出していただきたいのは、これが去年の話だということです。
去年の8月なので、ウクライナ戦争の真っ最中。そこで、ロシア人とアメリカ人の混合バンドがモスクワでライブをやることなどできるのか? と思うんですが、やっているのです。
ドラムは本来のメンバーではない人がサポートでやっているようですが、ベースはマルコ・メンドーサが弾いています。
一年前にジャーニーでベースを弾いていた人が、戦時中のロシアでライブをやってるというのがにわかに信じがたいのですが……しかし、これはやはり、マルコ・メンドーサなのです。左肩に「愛」という漢字のタトゥーが入っていて、それが目印です。
昨年の8月となると、アメリカ人がロシアに入国するのは何かいろいろ面倒がありそうに思われます。しかも、ミュージシャンという特殊な形態とはいえビジネスとしてとなれば……

私が推測するに、おそらくマルコ・メンドーサのポジションはサポートでやるわけにはいかなかったということがあるものと思われます。
この動画をみるかぎり、このバンドでのマルコは中心的な存在のようにも見えます。曲作りにも参加していて、リードボーカルをとることも。なので、一時的なサポートメンバーで補うことができず、なんとしてでも本人が入国する必要があったのではないかと。

そのマルコが曲作りに加わり、リードボーカルをとっている曲にChurch of Rock'n'Roll というのがありました。

  俺は毎日教会にいくんだ
  ロックンロールの教会にね

 という歌。

  おふくろはいつもいう それは悪魔の歌だと
  頭も魂も失って 脳みそもいかれちまうと
  おやじはいう そいつは音楽じゃなくてただのノイズだと
  だけど俺はいつだって、そいつを選ぶのさ

  エルヴィスにチャック・ベリー、ビートルズにローリングストーンズ
  オービソンにヘンドリクス、デルタ・ブルースにスティーヴィー・レイ・ヴォーン
  やつらが教会を建てた ロックンロールの教会を
  
  俺のいうことをよく聞いてくれよ
  俺はいつだってルールを破る 自分のやり方でやるんだ

なかなかオールドロックンロールファンの心をくすぐる歌詞じゃないでしょうか。

もう一曲、このステージで注目されるのは、Peace in Our Timeという曲。
これはファーストアルバムの収録曲であり、ボン・ジョヴィのジョン・ボン・ジョヴィ、リッチー・サンボラのコンビがゴーリキー・パークに提供した曲です。
そのオーディオ動画を以下に。
先述したボン・ジョヴィの二人がバックコーラスで参加し、サンボラはギターも弾いているとのことです。

Peace in Our Time

こんな歌詞です。

  扉を叩くんだ
  誰かいるか? ちゃんとわかってるやつが
  それともお前は、空が落ちてくるのを待ってるだけの
  ただの悲劇の英雄気取りなのか?
  俺は小洒落た絵を描くためにここいるんじゃない
  目を開けてみろよ
  平和が必要なんだ ささやかな平和が
  俺たちは生き抜かなければ
  俺たちの時代に平和を 俺たちの心に平和を
  誰もが十字架を背負ってるのさ
  教えてくれ 俺たちはここからどこへ行くのか
  俺の心には平和が必要なんだ
  俺たちの時代には平和が必要なんだ

聞きようによっては、ロシア国民をアジっているようにも聞こえます。
いまのロシアだったら、この歌をやるのも相当な覚悟が必要だったんじゃないでしょうか。

さらにもう一つの注目ポイントとして、途中、バンド創設時のボーカルであるニコライ・ノスコフもゲスト出演しています。
この人が星条旗をあしらった衣装で登場しているのも、意味深です。
ゴーリキー・パークの再結成、そしてこのライブは、ウクライナ戦争に異を唱えるべくいまのロシアでやれるぎりぎりのことをやったということなんじゃないか……そんなふうにも思えます。
前回、ウクライナ戦争のさなかで披露されたスコーピオンズの Wind of Change を紹介しましたが、かつてモスクワにおける平和の祭典でスコーピオンズと共演したゴーリキー・パークがそれに呼応しているかのようです。復活した鉄のカーテンの向こう側で……


で、タイトルのモスクワ・コーリングなんですが、これはゴーリキー・パークの曲です。
去年このブログで紹介したウクライナのバンドの「キーウ・コーリング」というのがありました。あれはクラッシュのカバーでしたが、「モスクワ・コーリング」はゴーリキー・パークのオリジナルです。もちろん、そのタイトルはクラッシュの「ロンドン・コーリング」を意識したものでしょう。
その動画。

GORKY PARK ` MOSCOW CALLING | Valmiera, Latvia, 1998

今回の再結成以前にも、ゴーリキー・パークは一時的な再結成というのを何度かやっているようで、そのうちの一つです。


ついでにもう一曲、ゴーリキー・パークの曲を。

前回の記事で、モスクワピースフェス出演アーティストらによるコンピレーションアルバムを紹介しましたが、ゴーリキー・パークはこのアルバムにも参加していて、フーのMy Generation をカバーしています。
スコーピオンズのI Can't Explain と同様、彼らはこの曲を自身のレパートリーにしていて、MVがあります。

GORKY PARK ` MY GENERATION | Official Video, 1990

My Generation はフーの代表曲であり、このブログのタイトルも半分はここからきています。
お前たちがなんといおうと、俺は俺のやり方で勝手にやる……そんな歌でした。
それはまさに、ロックンロールの教会の教えです。
体制に盲目的に従っているだけでは、いずれとんでもない地獄の淵に引きずり込まれてしまうかもしれない。秩序自体が間違っているときもありうるのだから、秩序に抗うことが正義になるときもある……それこそが、ロックンロールの触媒作用なのです。
そのエネルギーが欠如していたことが、ロシアの現状につながっているんじゃないでしょうか。
ゴーリキー・パークは、なんとかそこに風穴を開けようとしているのではないか。彼らもまた、「ロックを信じる者」であるがゆえに……
フーの後裔といえるバンドの一つであり、「ロンドン・コーリング」を歌ったクラッシュの The Call Up という歌を以前このブログで紹介しました。

 召集に応じないのもお前次第だ
 俺は死にたくなんかない

というこのスタンスが、この30年の間にロシアで培われているべきものだったのでしょう。
ゴーリキー・パークの活動再開は、今からでもそのスピリットをロシアに注入しようということなんじゃないでしょうか。



スコーピオンズの名曲を振り返る

2023-07-15 21:44:24 | 過去記事

Scorpions - Wind Of Change
ひさびさに音楽記事です。音楽ジャンルでは、前回UFOについて書きました。その関連アーティストということで、今回はスコーピオンズについて書こうと思います。スコーピオンズは、マイ......


過去記事です。
スコーピオンズについて書いています。

最近このブログで何度かスコーピオンズの名前が出てきていたので、ちょっと振り返ってみようかと。



スコーピオンズの名前が出てきたのは、たとえばロバート・フリップの夫婦漫才でとりあげていた Rock You like a Hurricane。
本人たちのバージョンの動画を載せておきましょう。

Scorpions - Rock You Like A Hurricane (Official Music Video)


また、ごく最近の記事で、スコーピオンズがモスクワミュージックピースフェスに出ていたという話がありました。
そのフェスにおけるパフォーマンスの動画がスコーピオンズのYoutubeチャンネルにあります。

Scorpions - Still Loving You (Moscow Music Peace Festival 1989)

東西の融和を象徴するようなフェスですが、その裏では誰がトリをつとめるかという件で大モメになり、ボン・ジョヴィがその大役を担うことにモトリー・クルーが激怒したという……


ちなみに、このときのメンツを中心としてコンピレーションアルバムも作られました。

 
オジー・オズボーンがザック・ワイルドのギターでジミヘンの「紫の煙」をカバーとか、そういうかなりレアな音源が含まれている一枚ですが、このなかでスコーピオンズはフーの I Can't Explain をカバー。
彼らはこの曲を自分たちのレパートリーにしていて、オフィシャルMVもあります。

Scorpions - I Can't Explain (Official Video)


ここからは、最近のスコーピオンズに関する話題を。

元記事は、スコーピオンズ最大のヒットである Wind of Change について書いていました。
それが2020年の今頃のことですが、ちょうどその頃、Wind of Change は、CIAがソ連崩壊のために作らせたプロパガンダ曲というような話が界隈を騒がせていたそうです。私はそのときは知らなかったんですが……
まあ、よくある都市伝説的な話というか、どうも後付け陰謀論のような臭いが感じられます。
ロックが冷戦を終結させた――というのは後から考えればそんなふうにもいえるかもしれないという話であって、その当時の諜報機関の人間がロックを利用してソ連を崩壊に追いやろうなどと考えるものかどうか。

ちなみに、昨年、ウクライナ戦争がはじまった直後、スコーピオンズがライブでこの曲を披露した動画があります。

Scorpions. Las Vegas, 2022-03-27 Wind of change for Ukraine.

「ウクライナの人々に捧げる」として、ちょっと歌詞を変えて歌いました。
変化への希望を歌ったあのときから三十年あまり……こんな状況で、こんなふうに歌わなければならなかったのです。


タイトルは、Rock Believer。
「ロックを信じる者たち」――およそ半世紀にわたってやってきたレジェンドバンドがこういうタイトルの作品を発表したというだけでも、胸に迫ってくるものがあります。

ボーカルのクラウス・マイネによる全曲解説というのがあって、そこでマイネはタイトル曲についてこう語っています。

長年、大勢の人間がロックは死んだと言うのをくり返し耳にしてきたが、世界には今もロックを信じる者が何百万人もいるという事実が、そんな連中の誤りを証明している。俺たちのファンは世界最高だ。いつかどこかでまた会おう、なんといっても俺たちは、きみらと同じ“ロック・ビリーヴァー”なんだから。
 
頼もしいではありませんか。

このアルバムは、コロナ禍において制作されたということもあってか、社会に訴えかけるような内容の歌も多くあります。

たとえば、Paecemaker という曲。

Scorpions - Peacemaker (Official Video)

アルバムの発売が3月11日ということなので、ウクライナ戦争を受けて作った曲ではないでしょうが……しかし、そんなふうにとれる歌詞もあります。

 邪悪な獣は今でもまだ生きている
 わかっていたことさ
 永遠の愛を 戦争を止めてくれ
 光が差してくる
 明日はもうすぐそこまできているんだ
 いま未来はお前の手の中にある
 おぼえているか
 そう、俺たちならできる

この曲に関するクラウス・マイネの解説は、次のようなものです(原文ママ)。

最初はただの言葉遊びだった。Peacemaker bury the undertake ~平和の使者よ、葬儀屋を葬れ。さて、これはどういう意味だ? これほど多くの人々がコロナのせいで、あるいは残忍な戦争他、無意味な犯罪のせいで亡くなり続けている今、葬儀屋は残業して働いていると思われる。パンデミック後の平穏な世界は、そいつらには休んでもらって平和をもたらす者が手綱を握る時代になるだろう。夢のような話だって? 想像するのは勝手だろう…

 ロックに世界を変える力があるのなら……泥沼化しつつあるロシアの戦争を止めることもできるでしょうか。「ロックを信じる者」としては、そう願いたいところです。




ストーンズ記念日 ローリング・ストーンズ、レコードデビュー60周年……そしてニューアルバム制作中

2023-07-12 19:39:50 | 日記

今日7月12日は、「ローリング・ストーンズ記念日」。

ローリング・ストーンズが、はじめて公衆を前にしてライブをやった日……ということです。

先日ビートルズ記念日ということで、ビートルズのファースト、セカンドアルバムが60周年だということを書きましたが、ストーンズのほうは今年でレコードデビュー60周年となります。
彼らがシングルCome On でデビューしたのが、1963年のことなのです。
 
Come On (Mono)

しかしながら、記念すべきデビューシングルであるにもかかわらず Come On はストーンズの曲としてあまりポピュラーではありません。チャック・ベリーのカバーなんですが、この曲でのデビューはレコード会社の意向で、本人たちにとっては不本意だったらしく……ライブでやることもほとんどないようです。

ただ、チャック・ベリーが気に食わなかったということではありません。

もう一つ、チャック・ベリーのカバー Roll Over Beethoven。

The Rolling Stones - Roll Over Beethoven (Saturday Club, 26th October 1963)

ビートルズもカバーした一曲。
「ベートーベンをぶっ飛ばせ」というのはロックンロールを象徴するようなタイトルだということを、以前書きました。こういった曲をカバーしているところからも、チャック・ベリーというレジェンドをストーンズの面々が最大級にリスペクトしていたことは確かなのです。キース・リチャーズはチャック・ベリーにぶん殴られたりもしてるわけですが、それはあくまでも一つの挿話。だいぶ前にキースがチャッ・ベリーやジェリー・リー・ルイスらと共演する動画を紹介しましたが、あんなふうに交流が続いていたのです。


さて、ストーンズといえば、最近ニューアルバムを制作しているということでも話題になっています。
レコードデビュー60周年でまだ新作を出すというのは、なかなかすごいことです。
そのレコーディング風景として、キース・リチャーズがスタジオでギターを弾く様子がツイッターで公開されています。


この新譜には、かつてストーンズでベースを弾いていたビル・ワイマンも参加しているとのこと。
確執が消えずにいたのか脱退以降ストーンズとからむことはほぼなかったようですが、今回は、チャーリー・ワッツの追悼という意味合いで参加することになったそうです。
ついでに、このアルバムにはポール・マッカートニーやエルトン・ジョンも参加しているんだそうで……UKロック60余年の集大成のような作品なのかもしれません。


最後に……
先日、1989年に当時のソ連で行われたモスクワピースフェスティバルというフェスの話をしましたが、そこにソ連のアーティストとして登場していたゴーリキー・パークというバンドがいます。
彼らがストーンズの「サティスファクション」をカバーした動画がありました。

Рондо feat. Gorky Park - Satisfaction

ロックンロールが冷戦を終結させる力になった、などともいわれるわけですが……このゴーリキー・パークの面々は、いま何を思っているでしょうか。



Billy Joel - Piano Man

2023-07-10 23:17:36 | 音楽批評

今回は、音楽記事です。

前回から、プログレというところをちょっと離れてきましたが、もう一つの流れ、「今年で50周年を迎える名盤」というところにフォーカスしていきましょう。

そういうわけで、今回のテーマはビリー・ジョエルが1973年に発表した『ピアノマン』です。

 

ビリー・ジョエルにとってはセカンドアルバムで、これが出世作となりました。

そのタイトル曲「ピアノマン」。
ビリー・ジョエルのヒット曲というのはもう数多くあるわけですが、そのなかで代表作のひとつに数えていいでしょう。

Billy Joel - Piano Man (Official HD Video)

特に多くの言葉はいらないでしょう。
ビリー・ジョエルという人がミュージシャンとしてもっている才能には関しては、文句のつけようもありません。ヒットするべくしてヒットしたということです。
一応豆知識的な話として、このアルバムには駆け出しのころのラリー・カールトンが参加しているとか……まあ、そういった点でも重要なアルバムといえるかもしれません。



この1973年というのが、プログレのひとつの黄金期ともいえる年で、それは、グレッグ・レイクがいうところの「真面目さと娯楽のバランス」が絶妙だったというような話をELPの記事で書きました。

そして、73年のピアノマンでブレイクしたビリー・ジョエルもまた、「真面目さと娯楽のバランス」のなかで揺れ動いてきたアーティストといえます。

プログレ的な意味でこそありませんが、ビリー・ジョエルは「真面目さ」の方向も兼ね備えている、あるいは兼ね備えていたい、と思っているようなのです。
つまりは、ブルース・スプリングスティーンのようなことをやりたいと。
それで、80年代ぐらいになってそういう方向性の作品を発表するようにもなりました。

しかし、ニュージャージー出身のブルース・スプリングスティーンに比して、ニューヨークっ子であるビリー・ジョエルは都会的でおしゃれなセンスの持ち主というイメージをもたれがちなのです。これが、「社会的なメッセージを込めた歌を歌う」というようなこととは致命的な齟齬をきたします。したがって、ビリー・ジョエルがそういう側面を出そうとしてもうまくいかないということになります。

私の個人的な感覚としても、ビリー・ジョエルのこの手の歌はあまりピンとこないことが多いです。
ブルース・スプリングスティーンほどの深みがないというか……

たとえば、そういう方向性の曲としてよく知られる Goodnight Saigon という曲があります。

Billy Joel - Goodnight Saigon (Official Video)

ベトナム戦争を題材にした歌で、つまりはブルース・スプリングスティーンのBorn in the USAのような歌を作ろうということでしょう。
しかし、この歌に関しては、結局ベトナム戦争というものをどう考えているのか、みたいなことがよくいわれるようです。
ベトナム戦争というものがどうであれ海兵隊に属する兵士個々人に政治的な問題は関係ない、彼らはあくまでも国のために戦う英雄だ、みたいなことをいいたいんだと思いますが……しかしどうにも、釈然としないものがあるのです。
このMVで描かれる、海兵隊員たちの日常風景……ベトナム戦争というものを考えたとき、やはり彼らの戦友としての連帯意識といったことに素直に共感できない部分が出てくるわけです。
良識というものはある種の欺瞞をはらんでいて、あえて良識を徴発する偽悪的な態度によってその欺瞞を暴く――というのがロックのもつ触媒作用の一つだと私はいってきました。
しかしビリー・ジョエルの歌を聴いていると、その「欺瞞をはらんだ良識」の内側にとどまっているように感じられるのです。その良識という仮面の奥に切り込んでいかないというところが、つまりはブルース・スプリングスティーンほどの深みがないというところなんでしょう。代表曲の一つ Honesty はそういうことを歌った歌でもありますが、その Honesty の詞でさえ、私には同様に感じられます。 
ビリー・ジョエルはそのものずばり「エンターテイナー」という歌を歌ってますが、やはり基本的にはエンターテイメントの側の人なのです。

あるいはそういうところが幸いしたかもしれないと思えるのが、ソ連ツアーです。

1987年、ビリー・ジョエルはソ連ツアーを敢行しました。
当時のソ連はペレストロイカの最中で、東西和解ムードのなかで西側のアーティストが訪問するということがありました。
バンドとしては、先日の記事でちょっと名前が出てきたユーライア・ヒープの88年公演が初だったということですが、ソロアーティストとしては、ビリー・ジョエルがそれよりも前にやっています。
これに関しては、意地の悪い見方をすれば、「ビリー・ジョエルぐらいなら来させても大丈夫だろう」みたいな感覚がソ連側にあったんじゃないかとも思えます。もっとガチな……たとえばレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンみたいなバンドだったら、ステージで何をしでかすかわからないとソ連当局も二の足を踏んだのではないかと。

ちなみに、オジー・オズボーンやボン・ジョヴィ、モトリー・クルーといったHM/HR系の大物がソ連で「モスクワ・ミュージック・ピース・フェスティヴァル」をやったのが、89年のこと。
このフェスも含めたソ連での体験をもとにしてスコーピオンズが冷戦終結の希望を歌う Wind of Change という曲をヒットさせたのは前にこのブログでも書いたとおりですが、ビリー・ジョエルもまたソ連でのツアーに大きなインスピレーションをえたようで、「レニングラード」という曲を発表しました

Billy Joel - Leningrad (Official Video)

この曲の中に歌われる「ヴィクトル」というのは、実在の人物。

ヴィクトル・ラジノフは第二次大戦中のレニングラード包囲戦で父親を亡くした戦争孤児で、サーカスのピエロをやっていたんだそうです。
サーカスのピエロとして子どもたちを笑顔にさせる――そこにビリー・ジョエルは、インスピレーションを得ました。
  
  彼が見つけ出した一番の幸福は
  ロシアの子どもたちを喜ばせることだった

と「レニングラード」では歌われます。
それはまさに、「エンターテイナー」ということでしょう。
ピエロというのはエンターテイナーの方向に振り切った存在であり、そういう存在をとりあげているがゆえに、「レニングラード」という曲はGoodnight Saigon のような釈然としない感じがない……と私は評してます。
ここにおいて、ビリー・ジョエルは、「真面目さと娯楽のバランス」を「娯楽」の側から釣り合わせたといえるんじゃないでしょうか。これはこれで、音楽というもののあり方だと思います。


ちなみに……

「レニングラード」とはソ連時代の呼び名で、もともとの名は「サンクトペテルブルク」。今のロシアでもその名で呼ばれるこの街は、かつての帝政ロシアの首都であり、先述したモスクワピースフェスが開催された地であり、また、プーチン大統領の出身地でもあります。
いまひとたび、「レニングラード」の歌詞を引用しましょう。

 あのまぶしい10月の陽射しのなか
 僕らは知った 子ども時代は終わってしまったのだと
 そして僕は友人たちが戦争に行くのを見ていた
 彼らは何のために戦い続けるのだろう?
  
ビリー・ジョエルとヴィクトル・ラジノフは旧ソ連で出会って以来交友関係を持ち続けているそうですが、今のウクライナ戦争という状況を果たしてヴィクトルはどう見ているんでしょうか……



PANTAさん、死去

2023-07-08 21:10:08 | 日記


頭脳警察のPANTAさんが亡くなりました。

リアルタイム解析を見ると以前このブログで書いた頭脳警察の記事の閲覧数が伸びていて、もしかしたらと思ってたんですが……またしても、ショッキングな訃報でした。
健康面の不安という話はありましたが、そこから復活し、まだまだ活動していくものと思われてもいましたが……

以前の記事で私は、頭脳警察を「一つ一つ灯し火が消えていく中で最後に残ったろうそく」と表現していました。
その最後の火が消えてしまったのか……という思いですが、しかしそれでも、燃え続けている火はあるし、新しくともるろうそくもある。今は、そう信じていたいところです。