手稲は最高!

手稲在住30年、手稲って本当にいいなって常々思っています。時に触れ、折に付け思いついた事を、取り留めなく書いてみます。

昨日 詩吟のブログに送信した記事が掲載になっていなかった

2015-06-27 19:29:11 | 詩吟関係
 biglobeのブログに昨日送信した記事がトラブッて掲載されなかった。ちょっと原因が分からない。それで、改めてここに書いてみます。

 昨日のブログに書いた通りですが、棚を整理していたら赤い表紙の巻物が出てきた。開いてみたら巻紙用の奉書紙に筆字で書かれた感謝状だった。私が札幌西陵高等学校で定年退職した折、詩吟の弟子さんたちが退職祝いをしてくれた、その時お二人の方がこれを開きながら読んでくれたものだと思いだしました。ちょっとこのまま忘れ去るのももったいないと思い詩吟のブログに書き留めたつもりだったのです。改めて、このあとに書き写してみます。

     感謝状

 サムエル・ウルマン作 「 青 春 」

 『 六十歳であろうと十六歳であろうと、人の胸には驚異に惹かれる心、おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも、見えざる駅逓が心にある
 人から神から、美、希望、よろこび、勇気、力の霊感をうける限り君は若い』
 
 まさに先生のことを詩(うた)っているよな詩だと思います。私たちはほとんどみな、詩吟の何たるかも知りませんでした。先生の導きをただひたすらたよりに「詩吟の世界」に足を踏みいれました。少々知ってみると「雄大にして幽遠」なる世界でもあるのだなあーと思います。もしかして迷子になるかも。
 私たちは煩雑な日常性を離れ、一時吟詠に心身をゆだね、また吟友と語らい興じあうのも素敵なことだと思っているのです。  吟にしても、語らいにしても「この場」が用意されているからできる幸せ 先生がらっしゃらなければこの場は存在しませんでした。先生有難うございました。

 箸にも棒にもかからないような、私たちに興味を持ってくださって、忍耐強く教え導いてくださいましたこと感謝に耐えません。重ねて先生ほんとうにありがとうございました。

 私たち、結構くせ者揃いの顔々ですがいつも、ウルマンの「青春」を地で行っているような先生ならば必ずやいつの日か、私たちを「平和郷」の”吟遊詩人”に育ててくださると信じています。

 感謝状がお願い状にもなりましたが型やぶりの私たちらしいと御受容下さい。

 先生の第二の人生も花あるステージであることを平和吟友会会員一同心から祈っています

          平成三年四月二十七日
                      平和吟友会  文責   加藤しずえ
                                  畑島 弘子



 以上が中身でした。加藤さんは平和吟友会創立の立役者のような方でした。息子さん雄大君と共に励んでくれたのです。また畑島さんは少し遅れて入られた方ですが、この企画を考えたのも畑島さんだったのだろうと想像しています。


 こんな後押しがあったから、先日の創立30周年記念大会ができたのでしょう。まさにはなを咲かせていただきました。

 当時のことが懐かしく思い出される。みんな本当にありがとう。</font>
 
コメント
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