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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

戯曲を翻訳すること

2011-01-20 | 演劇
 1月17日、ご縁があって第3回目となる「小田島雄志翻訳戯曲賞」の授賞式に参加させていただいた。(会場:東池袋の劇場あうるすぽっと)
 
 今回の受賞者と対象作品は次のとおりである。
○平川大作氏
「モジョ ミキボー」(オーウェン・マカファーティ作、鵜山仁演出)、主催:「モジョ ミキボー」実行委員会、平成22年5月4日~30日、下北沢OFF・OFFシアター
○小川絵梨子氏
「今は亡きヘンリー・モス」(サム・シェパード作、小川絵梨子演出)、企画・製作:シーエイティプロデュース/ジェイ.クリップ、平成22年8月22日~29日、赤坂レッドシアター

 この賞は、チェーホフ四大戯曲の名訳で知られるロシア文学者・湯浅芳子の名を冠し、外国戯曲の上演と翻訳・脚色で優れた成果をあげた団体・個人に贈られる「湯浅芳子賞」が2008年に第15回をもって終了したことに危機感をもった小田島雄志氏が周囲の強い勧めもあって創設したもので、小田島氏の「独断と偏見による」いわば個人的な色合いの強い賞である。
 とはいえ、今では唯一の翻訳戯曲を対象とした賞であり、後進の道を開くという小田島氏の強い使命感に満ちたものなのだ。
 「このささやかな賞を受け取っていただけるかどうか不安だったが」という遠慮がちな言葉に始まる小田島氏の選評も、来賓として祝辞を述べられた松岡和子氏の後輩への励ましと配慮にあふれた言葉、それに対して感謝を述べた受賞者二人の挨拶も先輩への尊敬や仕事への意欲や畏敬の思いに満ちて感動的だった。

 受賞されたお二人の仕事は、単に上演戯曲を翻訳したにとどまらず、積極的に芝居づくりに関わっていることが特徴的である。
 これは英語ではない、といわれるほど難解なアイルランドの作家オーウェン・マカファーティを訳した平川大作氏は、稽古の過程で俳優達と積極的に関わり、ディスカッションしながら彼らの理解を助けていったというし、小川氏にいたっては自ら演出もしている。
 小川絵梨子さんはいまニューヨークと東京を本拠地としながら日本戯曲の英訳にも取り組んでいる1978年生まれの若手演劇人である。まさに後世畏るべし。これからが楽しみな人材だ。

 平川氏は、その挨拶の中で、自分は関西を拠点として活動している人間なのだが、今回の受賞作のように、その翻訳戯曲が上演されるのが東京でしかないということに今の演劇状況の困難さを感じるというようなことを話しておられた。
 作品はOFF・OFFシアターでほぼ1ヶ月間上演されたわけだが、それでも観客動員はそのキャパから計算して2,3千人というところだろうか。その膨大な労力に比して何とも生産効率の低い仕事なのだ、演劇は。

 小田島氏に伺ったところでは、この賞をつくった思いとして、戯曲翻訳家の演劇界での地位向上という意味合いもあるのだとのことだ。
 例えば、一つの作品が上演される場合、そのポスター等ではスター演出家や作者の名前は大きい活字が組まれるが、翻訳家は申し訳程度に小さく扱われることが多い。
 最近の事例では、あるスター俳優が演出も兼ねて、小田島氏訳の作品を上演することになったのだが、演出家は勝手に作品を改訂したうえ、自らの名前を潤色者として大きくのせたとのこと。
 まあ、ポスターの名前の大きさはともかく、舞台上で俳優の肉体をとおして発せられる言葉は生き物であり、舞台や座組みによってその翻訳戯曲にも手を入れる必要が生じる。そうした創造過程において翻訳家が軽視されているという状況に小田島氏は危機感を感じているのである。

 この意義ある賞によって現在の演劇状況に何らかの変化のあることを期待したい。ささやかではあるけれど、その小さな取り組みのもつ意味は極めて大きい。