頭蓋骨に燈る裸電球 目蓋に眩い朧月 山羊の眼をして雨を眺める 牛は墓場のように寝添べっている 後頭葉で白いドアが開いた 私は少しだけ … 午睡に消えた . . . 本文を読む
鏡の前の私 と 鏡の中の「私」
二人の私はお互いを見詰め合う。
表面とは、この私と「私」の間、
「と」という隔たりと、その消失である。
《見ること》が「と」という隔たりを解消し、
鏡の表面に誘われ、閉じ込められるとき、
「と」という《私》が新たな実在へと取って代わる。
私の瞳は、既に、私の、ではなく、
イメージに先行され、イメージに彩られた、
誰といって名も無き《彼ら》の眼差しに占められ . . . 本文を読む
例えば、鏡の前で化粧をする女たち。素の私を去って、有りうべき自己イメージへと到達しようとする願望。私は不在となり、仕上げられたイメージとしての即自性を「実在」として生きること、この「代自性」。このメタ自己。
イメージへと自己を収斂することは、私に再会したいという鏡のナルチシズムを超克するだろう。深層的な深みをはぐらかして、「表面」と化すること。鏡は対自性を取り持つ道具ではなく、ある《不在のプレ . . . 本文を読む
光のように直進する闇とはないものだろうか。
* * *
光は闇を打ち消す。が、闇は光を打ち消せない。
* * *
不動者は「運動」に負ける。
不動者は、汲み置きの水のように腐るだけか…
人気blogランキングへ
ポエムブログ 短詩・五行歌 . . . 本文を読む
眠れぬ夜の旅人 重力に抗う鳥たちよ 過去の思念も、意味も喰い散らせ 砕けた記憶の残骸は 夜空に降る街の星屑 五体が千切れる程に、疾走せよ! 音符を掻き混ぜ、不眠の渦に投げ込め 蜂のように響きを歪ませ メロディはいらぬ、Distorted! 君を映す全ての鏡は叩き割られた 世界を追い越し 未だ見えぬ瞬間をうならせろ!
. . . 本文を読む
月下の姉の果樹園は暗闇を探照する 窓辺で頓狂な夕顔が風前に笑い咲く 素足の砂浜
遠くを通過する捕鯨船 封鎖された国境の唇 壁の鼓膜に鳩時計が羽毛を震わす 台所で刻まれたのは、私か、時か? 海峡のパスワードは変更済みか 花の種子は着床せず 再び眠りへと、駅の扉が軋り 夜は施錠された
. . . 本文を読む
銅鑼に響く太陽 今日も神サマは 地球儀を廻している 世界は砂漠の蜃気楼 会社も家庭も生活も 高画質の映像だ 無音の街に バラが咲いている イヌだけが やけに…リアルに吠えている . . . 本文を読む
『1972-1991 頭脳警察』を聴く。頭脳警察という名前を初めて耳にしたのは、ラジオの深夜放送が流行っていた中学校三年の頃だった。
何しろ、ファースト・アルバムのジャケットが、三億円事件犯人の指名手配モンタージュ写真を全面にあしらい、内容も「世界革命戦争」を「宣言」するものであった。アルバムが即発売禁止となり、頭脳警察はアルバム・デビューと同時に伝説化してしまったバンドだった。追ってセカンド・ . . . 本文を読む
頭蓋の洞窟に雨が降る 望み見れば、断崖である 誰もが海市で働いている 鳥のみが自由である。 さぁ、大脳司令官の投薬だ 君の胃袋の淡水魚にエサをやる時間だ 辺縁系に昇った星々は唄う 犬の旦那の御用はきくな、と。 駿雨よ、駆けよ 浮華を押し流し 出塵せよ! そして、君は雨後の夕暮れとともに 夜へ向けて、ゆるやかに狂うのだ 私とは、永遠の他者である。
. . . 本文を読む
キャスリン・スチュワートの『アスペルガー症候群と非言語性学習障害』(明石書店,2004)によれば、全米人口の約1%(270万人)がNLDであり、男女差はなく、学習障害の子供の10%がNLDだそうである。(NLDはDSMに公式に認定された臨床単位ではない。)
以下は、前掲書(p27~30)からの引用情報である。
NLDの機能不全の主要な分野として、
・情報処理と組織化・系統化スキルの障害
・視 . . . 本文を読む