雨が降るたびに、庭のアジサイが色づいている。
青や桃色の花弁を開き始めている。
パキシルをこの一週間、毎朝10mg飲んでいる。
確かに抗うつ剤としては、良く効いているのだが、
夕方になると、頭の中がだるいような、脳が苦しいような、
とにかく、すっきりしないやや辛い気分に陥るのである。
昨夕は雨降る中、
電車に乗りパソコンの夜間講習に行った。
山手線に乗り込んだら、すぐに気分が悪くなり、
やや乗 . . . 本文を読む
夏めいた陽射しの中、昼食用にパンを買いに、
JR線路脇のスーパーまで自転車で走る。
焼き上がったパンを3個に、
4リットル百円のナントカ還元水も汲んでから、
自転車に乗ろうとしていたら、
風に吹かれて、赤い小さな虫が飛んできた。
淡い水色の半そでシャツの袖にとまった。
赤地に黒の玉模様の甲羅が、
一瞬ツッと、光を反射して輝いた。
可愛らしいてんとう虫だった。
町角に五月の風はさわやかに流れて . . . 本文を読む
昨日、
パキシルを初めて飲んでみたら、抜群の効果があったことを記した。
朝に10mg飲んだら、気持ちが澄んできて、体を動かしたくなり、
台所や風呂場など家中の掃除をしても、ほとんど疲れを感じなかった。
夕食後にもパキシルを10mg飲み、夜の10時頃に眠気が強くなったが、
漫然と読書をしつつ、12時前に寝た。
今朝は、7時に目が覚めたが、又眠り、9時に目が覚め、又眠り、
10時半にようやく寝床から . . . 本文を読む
まだ五月だというのに、夏日のように暑い。
だるくて気分も塞いでいて、面倒な予定ばかり立て込んでいて、
毎日が鬱陶しくなっていて、今週の診察日に、
主治医に「山で死にたいんですよ。」と率直に訴えた。
今すぐ死んでも良いし、将来の話でも良い。とにかく「山」がいい。
主治医は、私の希死念慮がどの程度かを尋ね、
処方薬のSSRIを、ルボックスからパキシルに変更された。
私は統合失調症で発病しているが、現 . . . 本文を読む
「我があるから敵があり、我がなければ敵もない。」
だいぶ以前に、武術家の甲野善紀さんの講演会で耳にして、
ハッとさせられた言葉である。
江戸中期に流布したという『田舎荘子』の中の一編、
『猫の妙術』は、武術の書らしいが、初めて読んだとき大変面白かった。
甲野さんの最初の言葉は、道に通じた先人ならば、誰が述べていても
おかしくないが、『猫の妙術』から引かれているようにみえる。
『猫の妙術』は、 . . . 本文を読む
善(よ)く士為(た)る者は武ならず。
善く戦う者は怒らず。
善く敵に勝つ者は与(くみ)せず。
善く人を用うる者は之が下と為(な)る。
(出典:『老子』小川環樹訳注、中公文庫)
『道徳経』第68章の冒頭「不争の徳」について記された個所である。
一行目は、「武士」のような言葉と、形容矛盾を抱かれる向きもあろうが、「武」の字義は、「矛」を「止」めるものの意であると言われている。そんなことと重ねて、 . . . 本文を読む
玄侑宗久氏の『龍の棲む家』(文芸春秋)を読む。
痴呆症の父と、介護する息子、若い女性ヘルパーの物語である。
そんな話とは知らず、私は、サラサラと流れる水のような文章に
自然と浮かんでは、心地良くたゆたい運ばれていた。
70代と思しき父親は、元市役所勤務の課長であり、既に妻は亡く、
介護をする息子・幹夫もヘルパーの佳代子も、バツイチの独り身、
さらに隣家に住む幹夫の兄も、妻に先立たれたシングルで . . . 本文を読む
近頃、天気が悪く、肌寒い。
ジィジは、朝から近所の得意先に機械の出張修理で出掛けている。
バァバは、火曜日になると、嫁に行った妹の所に出掛けてしまう。
私は留守番である。
不動産の資産運用を勧める建設会社の営業がひとり来た後、
町内会の関係者が、一人一人別々に、三人来た。
二人は、名前を名乗ってくれたが、三人目が分からない。
父は昼に帰ってきますと言うと、また来る、と言ってた。
12時頃、ジィ . . . 本文を読む
昨日、患者会でXさん(男性)から被害妄想の訴えがあった。
内容は、盗聴、盗撮、集団ストーカーの被害に遭っているというもの。
特に盗聴に神経質になっているようで、電波の専門的な研究をしている
とかで、だいぶその方面でカネが掛かったのだそうだ。
彼は、この被害を「現実問題」であって、心の問題とは違う、
本当に自分の身に起きている事実だ、と主張して止まない。
私自身も、妄想体験があるので、彼の気持ちは . . . 本文を読む
吉村昭氏の『海も暮れきる』(講談社)を再読してしまった。
同書は、俳人の尾崎放哉の後半生を描いた作品である。
放哉は、一高ー帝國東大ー一流企業管理職という
エリート・コースにありながら、酒癖の悪さで身を持ち崩し、
妻とも別れて、漂泊の身の上となった人物である。
各地で寺男を転々とし、托鉢をしたりで糊口を凌ぐが、
肺疾患を病み、友人のつてで小豆島の貧しい庵に、
晩年の地を得て、大正末年四月に42 . . . 本文を読む