お楽しみはこれからだ❣️

本と映画とテレビと鉄道をこよなく愛するブログ

「顔」は「生き様」を表す

2004年12月30日 | エッセイ・日記・意見
「顔」は、その人の「生き様」を表している様に思います。政治家に「柔和な顔」の人がいるでしょうか。NHKの海老沢会長は、どうしてあんなに「ヒール(悪役)顔」なのでしょうか。その人の「生きてきた道」、そして、現在の「心模様」が「顔」に表現されるのですね。「さゆり」という京都の舞妓を主人公にした映画をスティーブン・スピルバーグが製作します。オーディションをやって選ばれたのは、日本の女優ではなく、あのチャン・ツィイーでした。チャン・ツィイーといい、韓国映画「僕の彼女を紹介します」の主役をやった女優といい、やはり、良い意味での上昇志向がとても強いのだと思います。プロ意識ですね。日本の映画やドラマを見ていると、やはり名前優先主義で、ちゃんと演技の勉強をしていない人が多い様に思います。かつて、高峰秀子、田中絹代、阪東妻三郎、三船敏郎、志村喬、などなど、出ているだけで、「顔」から、オーラが出ている俳優が日本にもたくさんいました。そういう人達が現在なかなか出てこないのは、先程も書きましたが、「良い意味での上昇志向」(飢餓感)が「今の日本」にはないからだと思います。アメリカでも、そういう意味では、出てくるだけで、オーラが振りまかれる、それだけの「芸」を持った俳優は少なくなっていると思います。だから、大作は多いけど、ちゃんとした脚本の小品の映画が少なくなった様に思います。ケリー・グラント、グレゴリー・ペック、キャサリーン・ヘップバーン、ヘンリー・フォンダ・・・そして、リー・マービンやアーネスト・ボーグナインの様な個性派も少なくなってきている様に思います。
ドラマの現場にいた時、思ったのですが、僕がドラマの仕事を初めてした20年位前と、最近では助監督のモチベーションがかなり変わっているのですね。前は、「監督」になる為に「助監督」をしているんだという「狼」のような「上昇志向が強い奴」がいましたが、最近は「監督」になりたい、というより、「ドラマの現場」にいて、俳優さんと一緒に仕事してるんだ、というミーハー助監督が増えている様に思います。そういう助監督を怒るとすぐ辞めてしまうんですね。特に、男はすぐ辞めてしまいます。助監督のセクションだけでなく、どこのセクションも女性が進出してきて、女性の方が怒られても辞めないですね。何か、話題がいろいろ跳んでしまいました。
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「携帯」の新しい「形態」

2004年12月30日 | 携帯電話・電話
「携帯電話」は、今では完全に必需品です。写真が撮れたり、音楽が聴けたり、いろんな付加機能がついていますが、「通話」以外の機能でこんな機能がついていたら面白いなあと思う機能を考えてみましょう。まず、とても現実できですが、「懐中電灯」。これは遭難した時、携帯で連絡を取って助かったという例が最近多いので、便利かも。ただ、バッテリーを食うので、光ファイバーの様な電力の消費量が少ないものが必要かもしれませんね。それか、電波時計の様に、携帯に「ソーラー充電機能」をつけるとか。FAXとの複合機はできないですかね。多分、現在も、FAXプリンターを携帯に接続すると「携帯に来たFAX
をプリント・アウトできるとは思うのですが。「携帯電話」と「たまごっち」が合体した「携帯っち」というのはどうかなぁ。つまり、友達がいない、恋人がいない人でも、「携帯っち」という友達といつでも行動を一緒にでき、友達を「育てていく」という「孤独な人用アイテム」です。「ストーカー機能付き携帯」というのはどうかなあ。これは、GPSを搭載していて、同じ「ストーカー機能付き携帯」に電話すると、いちばん最短時間で会える様に、ナビになっているのです。「恋人同士」で遊ぶのも良いし、これはお奨めしませんが、好きな人が「ストーカー携帯」を持っていれば、その携帯の番号を入力するだけで、好きな人のいるところまで、ナビしてくれるという優れもの。お店に「ストーカー機能付き携帯」を置いておけば、お客さんが迷わず、お店に来れるという使い方もあります。あとは、「体温計」や「血圧計」と合体させた「健康携帯電話」。これは良いでしょ。それから、子供に持たせる携帯電話には、「非常ベル」がついていて、その「非常ベル」が作動すると、携帯電話会社のアラームが鳴り、すぐさま、携帯のGPS機能が作動し、誘拐などの犯罪を減らす携帯。
車の運転中に携帯で通話する事が禁止になったので、「スピード違反取締り」や「オービス」に近づくと知らせてくれる携帯。「お財布携帯」以外にも、いろいろあるでしょ、携帯の未来は・・・。
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「スポーツ」と「賭け事」に興味が無い!

2004年12月30日 | エッセイ・日記・意見
「スポーツ」と「賭け事」にほとんど興味が無いのは何故でしょう。子供たちも「サッカー」や「柔道」を習いに行っているし、僕自身、「バスケットボール」を中学・高校・大学と11年(大学を一年留年しているので)やったにも関わらず、たまに、「マラソン中継」を見る位で、プロ野球は「巨人ファン」なのですが、昔からそれ程、熱狂した事は無く、「文系」だからでしょうか。唯一、去年のワールドカップバレーの女子チームの闘いぶりには、早く家に帰ってきて、一喜一憂しました。それぞれの個性が際立った面白いチームという事もあったのでしょう。サッカーは「ベッカム」が来日しても興味は無いし、話はグーンと飛びますが、「韓流ブーム」でいろんな人が来日しても、興味が沸きません。
「賭け事」の方は、自分自身が参加してやる「麻雀」(もちろん、賭け麻雀などはしてませんよ)以外の「競馬」「競輪」「競艇」「オートレース」などには、全く関心がありません。だって、そうした賭け事でいちばん儲かるのは、「胴元」にきまっているのですから。「競馬」は中でも、「馬の美しさ」が好きという理由で、廻りにも「競馬ファン」は多いのですが、話についていけません。「パチンコ」も今、ブームですが、パチンコ屋に入りたいという欲望がないのです。なんと、自分は「無趣味」な人間だと思ってしまいます。「読書」「映画」「旅」・・・入る店は「本屋」「DVD・CDショップ」「薬局」位でしょうか。あとは、「病院」は土曜日なんか、三軒掛け持ちして廻って、「自己負担金」は結構払っています。何かに熱中できる人は素晴らしいし、羨ましいと思います。「バイク」「ゴルフ」「スキューバ・ダイビング」・・・めんどくさがりやさんなのです。電気製品を買っても、基本的に説明書は読まない人ですから。たくさん、知らない機能が眠っているんだろうなあ~と思いつつ、いつも使っています。「賭け事」をしないのは、根本的にケチなのかもしれません。それと、はまると熱くなり、どんどんいってしまう自分が怖いんだと思います。
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「タイム・カプセル」

2004年12月30日 | エッセイ・日記・意見
子供の頃、近くの公園とかに、「さくまのドロップ」のカンカンにいろんなものを入れて、タイムカプセルを作った事はありませんか。大阪万博の時、松下館がタイム・カプセルを展示し、万博終了後、大阪城の天守閣の前の土地に、二つのタイム・カプセルを埋めました。一つは、2000年に開封するもの、もう一つは1970年の2000年後の3970年に開封されるものなのです。このタイム・カプセルに入れた中身が大阪城の目の前の、博物館の二階に、「タイム・カプセルの部屋」として、展示されていたのです。2000年にすでに一つ開封していますから、今でもその展示を続けているかどうか分かりませんが、いろんなものが中に入っているのです。「テレビの台本」「学校の通信簿」「コンドーム」「ハエ」「新聞」・・・これらを見ているだけで、番組ができそうな、ありとあらゆる分野の物がありますので、是非一度、大阪城に行った際は立ち寄って見て下さいネ。1970年、日本は「高度成長期」の真っ只中にいました。こんな社会で2005年を間もなく迎えるとは一体、誰が想像できたでしょうか。奈良の女児殺害事件の犯人が逮捕され、新潟中越地震が起こり、タイを中心に大きな津波被害が出て・・・悲しいニュースが多すぎます。
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「日本の美しい雲」と「監督の贈り物」

2004年12月30日 | 映画・DVD・ビデオ
ある俳優さんから、聞いた話です。彼が木下恵介監督の映画に出ていて、実際に体験した事です。夏でした。木下監督は「雲」にこだわります。「雲待ち」と呼ばれる、「良い形の雲が来るまで待つ」という事も多かったようです。その日のロケも、「雲」を待っていました。暑い夏ですから・・・今みたいにロケバスに冷房がついている時代でもないので・・・キャスト・スタッフとも、着物をはだけて、監督の指示を待っていたそうです。長い時間が経ち、みんなだらけていたところ、急に木下監督は、主演の若い女優に、「すぐ、あの土手に上がって全力で走れ!」と指示を出しました。着物をはだけていた女優さんも、訳も分からず、土手に上がり、全力疾走です。「そこで止まれ!!!」監督が叫びます。続いて、「右を向いて!!!」「はいっ、OK!!!」。そのシーンが出来上がった映画で一番泣けるシーンになったそうです。マカ不思議。
次の話は、木下監督の助監督の書いた本に載っていた話です。木下監督と言えば、宝塚映画で撮影をする事になり、関西での撮影は初めてで、役者も知らないという事で、オーディションをする事になりました。いよいよ、明日がオーディションという日、監督のところに行った助監督に、木下監督は「オーディション、やっといてよ」と言い出すではありませんか。助監督が慌てて、「監督、そんな事言わずに、来て下さい」と頼んだら、「じゃあ、僕はいかないけど、オーディションに来た人の顔写真と住所を聞いといてよ」と木下さんは言うのです。助監督は監督の指示通り、オーディションに来たすべての人の顔写真を撮り、住所のリストを作りました。そして、監督のところにそれを持っていくと、まず、写真を二つのグループに分け、そのうちの一つのグループの人たちの住所録を作り、助監督にこう言うのです。「これから、日本橋の高島屋に行きますよ」。助監督は、監督とともに高島屋に行き、高島屋でも最高級品の「海苔のセット」を住所録に載った人達に送ったのです。「今日はオーディションに来てくれてありがとう。お疲れ様でした」と監督の自筆の感謝状を付けて。当然、巨匠・木下恵介監督から、最高級の「贈り物」が届くのですから、送った人、全員から、木下監督の自宅に礼状が届いたそうです。
そして、監督は、写真とその礼状で、出演する人を決めたのです。監督の意図は、こういう事でした。やはり、映画に出るのですから、ある程度の外見(顔)は必要です。それで、全員の写真を撮らせたのです。外見がOKになったら、今度必要なのは、「知性・感性」です。それを「贈り物」に対する、礼状の文面を読んで判断し、出演者を決めたのでした。「優雅な時代」と言ってしまえばそれまでですが、木下監督の才覚の一端を垣間見た様なエピソードでした。
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「花魁ショー」と「ヘビ花火」

2004年12月30日 | エッセイ・日記・意見
浅草の「花魁ショー」は、言問通に面した、浅草寺の裏手の「浅草5656会館」だと思います。行ったのが四年位前なので、もうやっていないかもしれませんが。
子供にとって、「お正月」とは結構「苦痛の時間」でした。もちろん、「お年玉」を貰えるのは嬉しいのですが、貰ってしまうと、大人たちは、酒を飲み出し、延々と話に花を咲かせます。当時は、テレビゲームのようなものもなく、持って行った本を読んで「早く、大人の会話」がおわらないかなぁ~と、思っていたものでした。その自分が今、大人になり、酒を延々と飲んで、酔っ払っているのですから、「光陰矢の如し」です。それとグルグル世代は回っているのですね。当時の「お年玉」は五百円だと少なく感じ、千円でまあまあ普通かなと思い、三千円くれると嬉しい気持ちでいっぱい・・・といった相場でしょうか。大阪万博の頃の話です。それと、今みたいに、正月2日位から、営業している店は皆無に近く、せっかくお年玉を貰っても、好きな本を買いに行けなかった想い出があります。今は、百貨店やスーパーも2日から開いている所がありますから、便利になったものです。それに、「コンビニ」というスーパー便利なお店がたくさんありますから。ここでも、飢餓感が失われ、なおかつ、「日本」という四季のある素晴らしい国から季節感を奪ってしまったのです。そういえば、ゲイラ・カイトという外国製の凧が流行った時期かぎありましたが、今では見かけません。ゲイラ・カイトはどこに行ってしまったのでしょうか。それと、季節は違いますが、「ヘビ花火」という火をつけると、黒い錠剤状の「ヘビ花火」がモコモコと増殖していくというものですが、皆さん、憶えていますか。
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「紅白歌合戦」の応援メッセージ

2004年12月30日 | テレビ番組
昔の「紅白歌合戦」の応援電報で、「南極の昭和基地」から必ず毎年来ていて、「外は白いっぱいの南極です」という電文だったのを憶えています。昨日の過去の紅白歌合戦を振り返る番組を見ながら、そんな事を思い出しました。確か、「昭和基地」は無人化されたのですよね。富士山の山頂測候所も無人化されましたが。年末年始、禁酒を誓いましたが、昨日、焼酎のお湯割りを飲み始めると、ボトル一本、空けてしまいました。意志の弱い事。それにしても、特番をやっていますが、なかなか見たいと思う番組が無いですね。今日は「ザ・ベストテン2004」です。
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