宗教における神だとが霊魂だとか死後の世界について、いろいろ本を読んでみたけれど、結局、お釈迦様の教えが一番いいと思っている。
どういう教えかというと、知らないことについては語らないという態度である。
いわゆる無記という考え方だ。
霊魂だとか死後の世界だとか抽象的な議論は、現実の生活に存在する苦しみを解決するためには、役にたたないからだ。
ただ、逆に言えば、そのような議論が苦しみを取り去るのに役に立つのなら、否定する理由はない。
また、客観的に霊など存在しないけれど、統合失調症の人、麻薬を常用して幻覚を見た場合、閉所に長時間閉じ込められた人、などは実際に霊をみる。
だから、主観的には存在するともいえる。
その意味で、神やら霊やらを、私は否定しない。見たという人がいたら、そのこと自体は信じる。
だが、この点が重要だけれど、その霊のいる世界と私の世界とは共有不可能である。
厳密に言うと、世界は人の数だけあるからである。
ここを抑えておくと、「お前の肩に守護霊がいるぞ」と言われても、「そうですか、あなたの世界には、私の肩に守護霊がいるのですね」と受け流すことができる。
ただ、この神やら霊やら死んだ後の世界という概念が、人々にどのような影響をあたえるのかといったことについては、すごく興味がある。
仮想空間における幻想は、実際に人間の身体に影響を与えるのである。
それを利用して、心の闇を治療することも可能である。
逆に、それを悪用して、詐欺的な行為を行うことも可能だ。
包丁が、野菜を切ることもできるし、人を殺すこともできることと同じである。
包丁自体、良いも悪いもない。