すごーく昔の話だが、築地でバイトしていたことがある。店からバイクで食材の入った荷物を、場内のトラックまで運ぶ仕事。
そこにちょっと変わった運転手がいた。
「おはようございます」とトラックの運転手に言うと
「何か用か九日十日」(なにかようか、ここのかとうか)と運転手のおじさんが笑いながら言う。
最初、なんのこっちゃと思っていた。まあ、ダジャレみたいなことか、と思っていた。
このおじさんは、よくこんな感じのことを言っていた。
「すいませんねん、亀は万年」「sorry、ソーリー、ヒゲソーリー」とか、あとは思い出せないが、そんな感じの言葉。
バイトもやめてしまって、何年か経って、このおじさんが言っていた言葉が、「付け足し言葉」というものだと知った。
それを知ったとき、はあ、そうだったんだと、衝撃を受けたのを覚えている。
「付け足し言葉」
ただ、最近はあまり使われていないようだ。
例えば、有名なものに、
「驚き桃の木さんしょの木」これは驚いたときに使う言葉だ。
「あたりき車力よ車ひき」これは、当たり前だ、と言うときに使う言葉。似たので「当たり前だのクラッカー」というのがある。
いくつか並べて見るので、自分で使い方を考えてみてください。
「蟻が鯛なら芋虫ゃクジラ」「嘘を築地の御門跡」「恐れ入谷の鬼子母神」「おっと合点承知之助」「その手は桑名の焼きはまぐり」「何だ神田の大明神」
知ってるのもあると思いますが、現実に使っているのを聞いたことがない。
「ここのラーメンおいしいですよね」って言われて
「あたりきしゃりきよ、くるまひき」と僕が言ったらちょっとおかしな人だと思われるかもしれない。
じゃあ、なぜ、昔の人はこのような付け足し言葉を言っていたのだろうか?
まず、考えられるのは、付け足し言葉には勢いがあるから、場を活気づけるために使っていたのではないか。
よく東京の地名が出てくるから、江戸っ子の言葉ではないかと推測する。
実際、言葉に出してみると、江戸っ子の活きのいい雰囲気が出てくる。
次に、ちょっとオヤジギャグに近い感じがするから、相手をクスっと笑わせたいときに使うのではないか。
付け足し言葉を使うと、ちょっとだけ周りの雰囲気が和む感じがする。
ただ、使い場所を間違えるとひんしゅくを買うのはオヤジギャクと同じである。
さらに、ちょっと照れがあるときにも使える気がする。
たとえば、素直にありがとうが言えない場合とか。
具体的に言うと、好きな女の子にありがとうって言うのが恥ずかしいときに「ありがトウモロコシ」と言ったりして、おちゃらける。
そう考えると、この付け足し言葉は、今でもそこそこ使えるんじゃないかと思っている。
例えば、彼女とか奥さんとかにLoveを言うのが恥ずかしかったら、「あいし、照る照る坊主、てるぼーず」とか。
くだらなすぎるが、きちんと相手に言わないと気持ちは伝わりま、せんねん、亀は万年、とかね。