驚きのニュースが入ってきた。
あの成毛滋さんが亡くなった。 色々な思い出がある素晴らしいギタリストだった。 孤高のチャレンジャーというイメージが強い。 自分にも音楽にもそれは厳しい人だったと思うけど、その人間性は本当に良い人だった。
始めて成毛さんのプレイを聞いたのは日本中の多くのギターファンがそうだったように、フジTVの勝ち抜きエレキ合戦だった。 フィンガーズというインストバンドのプレイしたヴァイオリンの名曲 <チゴイネルワイゼン>は脅威のテクニックで当時のエレキギタープレイヤーの常識をはるかに上回ってお釣りがくるほどで、それは強力だった。
その後の活躍はギターファンならば皆知っていて、説明の必要なしだと思う。 個人的には十代終わりの頃よくフェステイヴァルや色々なコンサートで一緒になったりした。 今 色々と 記憶の糸を手繰り寄せて思い出していたところだが、、
たしかTVのフィンガーズ以降に始めて実際に氏とあったのは多分、69年に新宿は花園神社の裏にあった当時我々の虎の穴てきな本拠地、、パニックというビートクラブでだったと思う。
ツノダさんと一緒にきて、何故か誰かの歌ったイエスタデイを弾いていった、私のギターをお貸ししたのかもしれないが覚えていない、その時 エンデイングでFのメイジャースケールをバラバラバラ、、と弾いたのだ、、当時17歳の私の辞書にそのようなものはなく、、内心、、流石のチゴイネルワイゼンだ、、と驚いたものだった、、。
しかし、驚いてばかりいるわけにもいかないので、私も当時の自分のバンドでがんばってべろべろべろ、、と弾いていた訳だ、、、このべろべろべろ、、とばらばらばらが仲良くなるわけがなく、、当時は知っていて知らない人同士だったように思う。
その後70年代に入り、たくさんのライヴをご一緒したのだが、一番のベストギグは赤坂のサンラザールというお店で一緒にプレイしたときの成毛さんのプレイだったように記憶している。 盟友ツノダさんと繰り広げたインプロヴィゼイションの極みはそれは強力だった、、、SGスペシャルがいい音、良い粘りを出していた。
第一回目の日本ロックフェステイヴァルというコンサートや日比谷野音の数々のコンサートで一緒になった頃だった、、。
そんな感じで数年が経って行った。
(*注この記事はアクセスも多いのでPart1とPart2を一緒にまとめました。)
77年になり当時の自分達のグループ CREATIONはかなり組織だった動きをしていた、簡単に言うとたくさんの人たちがバンドのために働いてくれていたわけだ、、、いわいるライヴハウスという我々の原点のような場所ではなかなか演奏する機会がなくなってきていた。
その頃日常的にプレイするグループとして ALLSTARSというバンドを作り大好きな曲をプレイしていた、、これは楽しかった、、話は前後するがその頃共通の友人を介して、成毛さんとまた出会うわけだ。
氏の自宅スタジオに遊びに行って、実際始めてゆっくり話をしたのかもしれない。 自宅にも一回泊めてもらったりした。 朝起きて、グランドピアノの前で何か弾いて、色々話をした。 話が音楽理論の話になり、これ知っている? あれ知っている? と聞かれた、、知らないことも多く。とても為になるレクチャーをしてくれた。たしか、自然倍音列とJazzテンションのレクチャーだったように記憶している。
結局、夕方の中華料理は彼がご馳走してくれたことは言うまでもない。 小さな小さな財布に4つ折にした一万円札が入っていたり、、ユニークな面も見せてくれた。
また、当時成毛は日本拳法に凝っていて、自宅の敷地内に立派な道場もあった、そこで裏拳の打ち方なども熱心に指導してくれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(*注 ここから、このカッコ内の記述は2023年加筆)
( この日本拳法が後日、夜の毛利スタジオの駐車場での決闘で役に立つことになるそうな。某有名人とちょっとした行き違いからもめて決着をつけるべく、ボクシンググローブまで用意された決闘に発展したとか、しなかったとか、蛇足だが去年プロレスのイベントで久しぶりにあった高中くんと成毛さんの話になり、この話になって喜んでいた。 )

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
続き、、
勿論、それほど長く深い付き合いがあったわけではないと思うが、一つ一つの思い出がとてもインパクトの強いものだった。
近年 日本に私がライヴに行くとよくリハーサルに遊びに来てくれていた。 まだまだ長生きして色々なことが出来る人だったし、誠に残念このうえもないのだが、、考え見ると、クロコダイルで何回か会えて、お話が出来て、、本当に良かったと思う。
( その時の写真を加えました。)
成毛さんの日本ギター界発展に尽くした功績とその情熱、そして数々の名演奏は末永く後世に伝えられていってほしいものです。