For Crying Out Loud By ギタリスト竹田和夫

ロスアンジェルス在住のギタリスト 竹田和夫
何でも書いちゃいます。For Crying Out Loud !

最近の便利物、、

2007年04月29日 | ロスアンジェルスから
このブログは色々書きたいこともあるのだが、、ありすぎちゃって、、自分の中でトピックが起承転結しちゃって、、、書く前に終わったりしちゃうことが多いのです。

光陰矢のごとし、、、昔の人は偉かった、、、。

最近の便利物、、色々ありすぎちゃって使い方覚えるだけで大変な時間がかかる。
その例、、、1、 Band In A Box,,,一昔前はシークエンサー、バッキングマシン等はミュージッシャンの必要品で日々の練習に活躍していたわけです。 これのPC版、、譜面もプリントアウトしたり、自分で曲も作れたりと便利物、、でも面倒な操作も結構ある、、。 新しいメーカーの携帯電話やDVDカムコーダーの説明書並み、、

次にヤーデージスコープ、、これは趣味の世界の最新優れもの、、アウトドアスポーツが好きな人はこれにて自分のいる場所より、目的の場所までの距離や情報がいろいろわかるというものだ。 GPSで測るトップノッチのものから望遠鏡の優れものタイプまでいろいろある、、。 これも慣れるまでちょっと大変、、、

LAは流石にそろそろ夏の様相を呈してきた、、あったかいぞ!!!

映画も面白いものをたて続けに見ている、、、ここ最近のベストは The Queenだ。 エリザベス女王がダイアナの事故死後のヒステリックな世間の騒ぎの中で、長い英国王朝のトラデイショナルな価値観をいかに壊さず、しかも一般市民のためを思い自己を捨て去り対処するか、、この激動の一週間のエリザベスの心の動きを描いた、、今年度アカデミー主演女優賞を取った傑作だ。

これを見ると英国王室の歴史と伝統、人々の為の王様、、ヨーロッパで最強にしてもっとも影響力のある王位に着くということの何たるかを、垣間見ることが出来る。

どのようなイデオロギーを持っているかは全く別の話としても、とても興味深く、又、よく表現された傑作だった。

見た後にいろいろ考えさせられた。機会があったらどうぞ、、お勧めです。
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とてもとてもとても面白い映画を見た!!!

2007年04月18日 | ロスアンジェルスから
英語のタイトルは Children Of Men
クライヴ オーエン主演、共演 ジュリアン モーア 、近未来の世界 2027年、この地球は人類滅亡の危機に瀕していた。 子供が出来なくなっているのだ。

地球温暖化、行き過ぎたウーマンリヴ、グローバリゼイションが生んだ人種間のひずみ、物質文明の行き過ぎた結果としてのヒューマニズムの大幅な欠如、、これが生む人間同士の不信感、、、 武力が全てと思う政治の生んだ哀れな結末、、、

これだけの、実に現在、そして近未来的にこの星が抱えるであろう大きな問題のすで手を、まったく上手く一つの映画のテーマとして表現している。 プラス、映像芸術としての画面の表現の素晴らしさ、、、まったく凄い映画だった。

個人的に絶対来年のアカデミーを取って欲しい。 いや、取らなくてもここ数年自分が見た映画の中でぴか一にナンバーワンの映画だ。

去年見た、デパーテッドも面白かったがこれを100点とすると、100万点上げちゃう! そのくらいシューリアル、、英語で言うなら スリアル!だった。

最後の方に一揆を起す不法移民とイングランド軍の市街戦の場面は実際本当にたまに当たっちゃうんじゃないかと怖くなるくらいの迫力、この部分だけでもプライヴェートライアン以上、

その後、生まれた赤ん坊に控えおろうしちゃう人間達、、後光が指しちゃって、、涙も出る間隙の場面、、、これはスコセッシがウイレムダフォーで描いた<最後の誘惑>ほどの宗教的深さも見せる、、

エンデイングテーマのジョンレノンの歌はあまり好きじゃないが、それ以外の音楽もなかなか凝っていて70年代の香りもレトロスペクテイヴに使っていた。 例えば”Ruby Tuesday” パープルはロッドエヴァンス在籍時の秀作”Hush”,,,ある場面の空にはピンクフロイドの豚も空を飛んでいたり、、見所満載。

これは見逃せません、、10年に一度の傑作映画じゃないかな、、。
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マシカ イン ヴァージニア工科大学

2007年04月18日 | ロスアンジェルスから
すでに色々なメデイアを通してこの事件のことは知っていると思うが、32人の大学生が同じ学校の生徒の拳銃で亡くなった。

同じような事件はアメリカでは頻繁ではないが思い出したように発生している。 亡くなった人数がこれまでで最高の32人ということで、アメリカ国内では大騒ぎとなっている。

拳銃は地元ヴァージニアの銃砲店で10分でクレジットカードにて買ったそう、弾丸こみで$571ドルだったそうだ。 

オーストリア製のグロック9mm、そしてヒットラーの愛用でも知られるワルサーの22口径の2丁。

驚いたことにこんなことがあっても、拳銃が巷にあふれていて誰でも簡単に買えること、そのこと自体には何の問題も無いとするアメリカの社会だ。

拳銃があるということが異常なことなのに、そのことを指摘する声は本当に少ない、、同学校のある生徒は、こんなことがあったので丸腰では学校に行けない、自分も武装したいと語っていた。

悪名高き全米ライフル協会の本部があるのがきしくもこの事件が起こったヴァージニアだというから皮肉な話だ。

TVを見ていて感じたことは最近のアメリカ人は本当に打たれ弱い国民だということだ。 9.11の時も同じように感じたが、勿論犠牲になった尊い命の数々は本当に本当に心から可愛そうだ、不運だなあ、、と思う。 

思うが、思った次の瞬間には史上最悪の大統領の下に世界で最も問題のある国としてのアメリカ、その国内事情、国民の多くの意識、末の世を先頭に立って走り続けているおろかな国としての姿も浮かんできてしまう。

こんな国じゃなかったのだけど、ここ2,30年の間に世界の問題を作る国になってきているようだ。

ユートピアはどこにもないかもしれないが、せめてもう一度原点に返って、資本主義のデカダンスから脱却して、人間の真心とか、思いやりとか、物を大事にするとか、優しさは弱さではなく、時としては強さにもなるということとか、武士は食わねどたか楊枝とか、、(?) なんか精神世界の深さ、、インテンスなものへの回帰を期待したいものである、、、。
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6月に、、

2007年04月13日 | ロスアンジェルスから
日本に行きます。 今回は2週間ちょっとの旅です。 首都圏中心に数回ライヴをやる予定です。
さっき、電話で昔からの知り合いと話をしました。 上手く良くと何かコラボレイションができるかもしれない、、

まだ、具体的なことは何も発表できる段階ではないけど、、実現すると結構面白いライヴになりそうです、、。

こうご期待、、

LAは衣替えの時期になりつつあるので、ギターのほうも昨日衣替えしました。
Heritageのハローボデイを念入りに磨いてケースにしまい、335を取り出し、、弦を変え、、、ちょっと微調整、、、だんだん少しずつ生音が大きくなってきたような気がするのですが、もっと大きな音がすると良いのですが、、あと、2,3年するとそうなるのでしょうか、、、

どちら様もハッピーウイークエンド!
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成毛滋さんの思い出

2007年04月06日 | ギター&音楽 
驚きのニュースが入ってきた。
あの成毛滋さんが亡くなった。 色々な思い出がある素晴らしいギタリストだった。 孤高のチャレンジャーというイメージが強い。 自分にも音楽にもそれは厳しい人だったと思うけど、その人間性は本当に良い人だった。 

始めて成毛さんのプレイを聞いたのは日本中の多くのギターファンがそうだったように、フジTVの勝ち抜きエレキ合戦だった。 フィンガーズというインストバンドのプレイしたヴァイオリンの名曲 <チゴイネルワイゼン>は脅威のテクニックで当時のエレキギタープレイヤーの常識をはるかに上回ってお釣りがくるほどで、それは強力だった。

その後の活躍はギターファンならば皆知っていて、説明の必要なしだと思う。 個人的には十代終わりの頃よくフェステイヴァルや色々なコンサートで一緒になったりした。 今 色々と 記憶の糸を手繰り寄せて思い出していたところだが、、

たしかTVのフィンガーズ以降に始めて実際に氏とあったのは多分、69年に新宿は花園神社の裏にあった当時我々の虎の穴てきな本拠地、、パニックというビートクラブでだったと思う。 

ツノダさんと一緒にきて、何故か誰かの歌ったイエスタデイを弾いていった、私のギターをお貸ししたのかもしれないが覚えていない、その時 エンデイングでFのメイジャースケールをバラバラバラ、、と弾いたのだ、、当時17歳の私の辞書にそのようなものはなく、、内心、、流石のチゴイネルワイゼンだ、、と驚いたものだった、、。 

しかし、驚いてばかりいるわけにもいかないので、私も当時の自分のバンドでがんばってべろべろべろ、、と弾いていた訳だ、、、このべろべろべろ、、とばらばらばらが仲良くなるわけがなく、、当時は知っていて知らない人同士だったように思う。 

その後70年代に入り、たくさんのライヴをご一緒したのだが、一番のベストギグは赤坂のサンラザールというお店で一緒にプレイしたときの成毛さんのプレイだったように記憶している。 盟友ツノダさんと繰り広げたインプロヴィゼイションの極みはそれは強力だった、、、SGスペシャルがいい音、良い粘りを出していた。

第一回目の日本ロックフェステイヴァルというコンサートや日比谷野音の数々のコンサートで一緒になった頃だった、、。
そんな感じで数年が経って行った。

(*注この記事はアクセスも多いのでPart1とPart2を一緒にまとめました。)

77年になり当時の自分達のグループ CREATIONはかなり組織だった動きをしていた、簡単に言うとたくさんの人たちがバンドのために働いてくれていたわけだ、、、いわいるライヴハウスという我々の原点のような場所ではなかなか演奏する機会がなくなってきていた。  

 その頃日常的にプレイするグループとして ALLSTARSというバンドを作り大好きな曲をプレイしていた、、これは楽しかった、、話は前後するがその頃共通の友人を介して、成毛さんとまた出会うわけだ。 

氏の自宅スタジオに遊びに行って、実際始めてゆっくり話をしたのかもしれない。 自宅にも一回泊めてもらったりした。 朝起きて、グランドピアノの前で何か弾いて、色々話をした。 話が音楽理論の話になり、これ知っている? あれ知っている? と聞かれた、、知らないことも多く。とても為になるレクチャーをしてくれた。たしか、自然倍音列とJazzテンションのレクチャーだったように記憶している。 


結局、夕方の中華料理は彼がご馳走してくれたことは言うまでもない。 小さな小さな財布に4つ折にした一万円札が入っていたり、、ユニークな面も見せてくれた。

また、当時成毛は日本拳法に凝っていて、自宅の敷地内に立派な道場もあった、そこで裏拳の打ち方なども熱心に指導してくれた。

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(*注 ここから、このカッコ内の記述は2023年加筆)

( この日本拳法が後日、夜の毛利スタジオの駐車場での決闘で役に立つことになるそうな。某有名人とちょっとした行き違いからもめて決着をつけるべく、ボクシンググローブまで用意された決闘に発展したとか、しなかったとか、蛇足だが去年プロレスのイベントで久しぶりにあった高中くんと成毛さんの話になり、この話になって喜んでいた。 )



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続き、、

勿論、それほど長く深い付き合いがあったわけではないと思うが、一つ一つの思い出がとてもインパクトの強いものだった。 

近年 日本に私がライヴに行くとよくリハーサルに遊びに来てくれていた。 まだまだ長生きして色々なことが出来る人だったし、誠に残念このうえもないのだが、、考え見ると、クロコダイルで何回か会えて、お話が出来て、、本当に良かったと思う。

( その時の写真を加えました。) 

成毛さんの日本ギター界発展に尽くした功績とその情熱、そして数々の名演奏は末永く後世に伝えられていってほしいものです。

コメント (3)
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