花火、牛、カラス、雲、蚕…ときて、今は「川」です。
なんのことかというと、めまぐるしく移ろう目下のマイブーム。
なので、2月には東京発の、
「秘密の利根川ツアー」なるものにまで参加してしまいました。
新潮講座の一環で、国土交通省職員の河川のスペシャリストが同行・案内してくれるバスツアー。
お昼の定食を食べながら拾い読みした「週刊新潮」で、小さな案内を見つけ、
これは行くしかあるまい、と勘が働き、弾丸日程で参加してきたのですが…。
悔しいですが、あれほど面白いツアー、初めて、かもしれません。
何せ、現役の国交省職員の方、利根川上流河川事務所の所長自ら案内してくれるのですから、
ふつうでは見られない利根川のあんなところも。こんなところも。
昭和22年9月に発生したカスリーン台風の利根川決潰跡。
川が形作った、埼玉・群馬・栃木の三県境。
国の貯水池計画で強制買収された旧谷中村。
足尾鉱毒事件の田中正造は、強制収容される当日までここに住み続けて抵抗したそうです。
利根川の「釈水水門」。現在、くい打ちの工事中。
ヘルメットをかぶって、いざ現場へ!
歴史、地形、暮らし、自然、管理。
たった一日で、いろんな角度から利根川を見たバスツアー。
「いやぁ…ここまでの内容のツアーは、とてもとても私には企画できないです」
終了後、あっさり兜を脱ぎました。
でも。
昨日の「我が街再発見ツアー」、湊川隧道は、利根川ツアーには及ばぬまでも、
なかなか面白かった、のではないでしょうか。
もとは平清盛の福原京のあたりから新開地へと流れていた神戸の旧湊川。
天井川で洪水を繰りかえし、神戸と兵庫の町を分断していたことからも、
付け替えを求める声が大きくなり、西へと水路を変える工事が行われます。
そうしてできたのが、今の新湊川の流れです。
天王谷川と石井川が合流したところが、新湊川の起点。
掘削され、地面よりもずいぶん低いところを流れています。
その新湊川の付け替え工事が行われた明治30年、
会下山(えげやま)という小高い丘の下に川をくぐらせるために掘られたのが「湊川隧道」。
日本初の河川トンネルとして、大工事の末に完成しました。
平成12年には、新湊川トンネルが完成し、その役目を終えますが、
その歴史的価値から保存が決まり、月に一度、一般公開されています。
昨日は、その公開日に隧道内で行われたアコースティックギターのミニコンサートへ。
なんと、参加のお客様のなかに、
明治の湊川隧道の工事に「私のヒイジイサン」が関わってたのよ、という方もあり…。
この隧道、〇〇さんのヒイジイサンが作ったのかぁ…。
我が街神戸の、なんと奥深いこと。
川ブーム、まだまだ続きそうです。
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◆国土交通省 北海道開発局の職員の方にご案内いただきます◆
北海道150年記念企画 公共施設見学ツアー「知床横断道路 除雪特別見学」
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